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90日目 このタコ

 3月31日金曜日…地球滅亡まであと11日。


 早朝から誰にも何も告げずに独り家を出た私はまだ日の昇りきる前の町を歩く。

 白んだ空はまだ冷たくて、春になりきってない感じがした。今日は気温が低いらしい。上になにか羽織ってくればよかったなと、後悔。



 桐屋蘭子には時々独りになりたい時がある。

 今日がそれ。


 目的もなくフラフラと町を散策し、金もないのにコンビニに寄ったら小学生がこんな時間からたむろしてた…

 自転車を店の前に停めて顔を突き合わせてる子供達。小学4年生と見た。


「チミ達」


 蘭子が声をかける。世にいう職務質問ってやつだね。

 子供達の目に警戒の色が宿る。


「こんな時間に何してるのかね?」

「……」「……」「……別に」

「別にってことはないだろ?今日は平日だよ?学校は?」

「……」「……」「……まだ春休みだし」


 私の視線がキッズの手元に。ウエハースだった。


「……最近は色んなウエハースがあるよね。なんのカード?」

「『退魔伝説』」

「大麻電鉄?」

「退魔伝説だよ。知らないの?ゲーム」「退魔伝説やってないなんて遅れてるね」「家に帰ってママの乳でも吸ってな嬢ちゃん」


 ……なんだこいつら(怒)


「チミ達、こんな朝早くからウエハースなんて食べていいと思ってるのかね?朝ごはん食べられなくなるだろ?」

「……」「……」「……なんの用?」

「職務質問。拒否権は無いよ。さぁ、答えなさい。こんなに沢山ウエハースを買う理由はなんだい?」

「……」「……」「……欲しいカードが出ないんだ」


 なんでもこの退魔伝説ウエハースに封入されてる天帝デギオンなるカードが欲しいんだと。


「……強いの?その点滴で祇園って」

「天帝デギオンだよ」「もう帰れ、お前は」「かっこいいんだぞ」

「……ふーーん…」


 ……一応ヤ〇オクで調べてみたけど、天帝デギオンは400円くらいで叩き売られてた。トレーディングカードってのとは違うんだろうか…


 ……そういえば朝ごはんまだだったな。お腹空いた。


「……ねぇ。その天敵のオレオ、お姉ちゃんが当ててやろうか?」

「え?」「天帝デギオンだって」「そんな事出来んのかよ」

「出来る。でも金がない」

「……」「……」「……」

「あといくら残ってる?」



 カードの種類は25種類もあるらしい。

 そのうちの1種、スーパーレアというレアリティのカードが天帝デギオンなんだとか…

 確率を計算するのが面倒になった蘭子は考えるのをやめた。


 店頭にはまだ10個程のウエハースが残されてる。箱を開けてそのまま置いてある形だ。


「……ふむ。恐らくこの店にデギオンが居る可能性は低い」

「え?」「なんでそんなこと分かんだよ」「なんでだよ」

「ワンボックス20個入りらしい…カードは全部で25種類…つまり、ワンボックス内に1枚も被りがないとしても、ワンボックスで全てコンプリート出来るわけじゃない」


 少年達が真剣な眼差しで聞いてた。

 レジの兄ちゃんまでも、だ。


「スーパーレアは調べたところ1番レアリティが高いみたいだから…多分封入枚数は1番少ないはず。ワンボックスに必ず全種が入ってるわけじゃないという事は……恐らくデギオンの封入率はかなり低いだろう」

「……」「……」「……へぇ」

「この店に今出てるボックスはもう半分売れてる…そして君の持ってるそのカード…」


 鼻水を垂らした少年の持ってるカード…縁がキラキラしてた。

 鼻水をティッシュでかんでやる。


「それは多分レアリティの高いカードだ…それが1枚出てるという事は…多分このボックスの残りにもうレアカードは入っていない」

「……」「……」「……へぇ」

「他の店を当たった方がいいね」




 少年団を連れて次のコンビニへ…

 そこには手付かずのウエハースがどっさりと残ってた。ここは会社とかがいっぱいあるエリアで、客層もサラリーマンに限定される。


「……ここならばあるいは」

「ほんとに天帝ギデオン出るの?」「僕らもうあんまりお小遣いないよ?」「嘘だったらしょーちしないぞ?」

「私を誰だと思ってんの?桐屋蘭子だよ?」

「「「だからなんだよ」」」


 ウエハースを一つ手に取る。


「……カードは剥き出しで入ってる」


 スマホを取りだしてライトを点けた。

 キッズ達、何をしてるのだろうという顔だけど、これは昔からあるサーチ方法なのだ。



「パッケージを少しズラして…下からスマホのライトを当てるとな…」


 なんということでしょう。中のカードが少し透けて見えるではありませんか。

 コツは中のウエハースとカードをズラしてやることです。


「スーパーレアは枠がキラキラしてるだろ?」

「すげー」「なにが入ってるかわかるじゃん!」「師匠!」


 …これはキラカードじゃない。


「しらみ潰しに探すんだ」

「「「いえっさー!」」」


 探索が始まると同時に「あのすみません」って声をかけられた。

 もしやファンかな?って振り返ったらシマシマ模様のお兄ちゃんが立ってたんだ。一旦凄んでおこう。


「( ・᷄ὢ・᷅ )」

「そういう事はちょっと…」

「( ・᷄ὢ・᷅ )?」

「いや…あまり商品をガサガサ触られると?」

「( ・᷄ὢ・᷅ )ア?」

「……警察呼びますよ?」

「( ・᷄ὢ・᷅ )…」

「( ・᷄ὢ・᷅ )」

「( ・᷄ὢ・᷅ )(汗)」

「( ・᷄ὢ・᷅ )(怒)」


 …例え警察が出てきても退けない事情があった。

 構わずガサガサやってたら諦めたのか店員が引っ込んでいったので、私もガサガサ。


「師匠!光ってる!」


 キッズの1人がついに宝物を掘り当てた。確かに縁っこの方がライトの光を浴びてキラキラ光ってた!

 間違いない…スーパーレアだっ!


「それだ…それが天啓ギプソン--」


 ファンファンファン…


 店の前の駐車場に白黒のサイレン付き車両が停まったのを見て、私は朝食と引き換えに晩御飯を失った事を悟った。


 ********************


 コンビニの迷惑客ごときにパトカーで出動してしかも4人がかりだった大人げない公的権力を前に私らは屈辱の謝罪を敢行。

 しかし目的のウエハースは買わせてもらえた。

 …でも天帝デギオンじゃなかった。


 キッズ達からの罵声を浴びつつ目的のウエハース(朝食)を持ってやって来た高台公園。時刻は午前11時。


 …スーパーレア以外にもキラカード沢山あったらしい。


 今日あった事をウエハース売ってる会社に報告して「封入率下げるからこんな事になるんだよ(怒)」とクレームを入れたらガチャ切りされた。オペレーターは多分新人で、出だしから「はい?」と社名も名乗らないクソッタレっぷり。


 …あとカザカザし過ぎてウエハースはボロボロに割れてた。


 粉を撒き散らしながら草の上にケツを下ろして町を見下ろす…


 私はこの場所の景色が好きだ。

 町の奥の更にその先まで見渡せるこの場所に立ってると自分の先に無限の世界が広がってる事を思い出させてくれる。世界の広さ、空の大きさを知ったら勇気が湧いてくるんだ。


 …地球滅亡まであと11日。

 4月10日にこの町に隕石が落ちてくる。

 この高台から私はそれを見るんだ…


「…あと少し……」


 口から零れる呟きがカラスの鳴き声に被ってかき消される。無言で上を睨んだらカラスが雄大な空に向かって羽ばたいていくところでした。


 んべちょっ


「あっ!?あの野郎クソ落としてきやがった!?」


 ふざけんな。


 何度も見上げた空には雲ひとつない。平和だ。

 誰も居ない高台公園に静寂が流れていく。空を見上げてると本当にこの世界が終わるんだろうかと疑問がいつも頭を過ぎる。

 いや…この音ひとつしない世界。もう実は世界は終わってるんじゃないかと錯覚させる。


 3月が終わる。

 明日から4月。

 地球滅亡まで10日。


 両手で数えられるだけの残された時間。

 元旦から今日までの90日を振り返ってみる。


 やり残しはないか?

 悔いはないか?

 笑顔で…死ねるか?


「…雅どうしよう……」


 お父さんはどこで何をしてるだろうか…




 突然お父さんの顔が頭に浮かんだ。こんな事を思い出すのは、ここに初めて来たのはお父さんとだったからかな……


 寝っ転がって目を閉じると、時間を遡るような感覚があった--


 ********************


「……だれ?」


 雲が薄く白く伸びてる。空色のキャンバスに白い絵の具を伸ばしたような空の下で、日差しに晒された高台公園。

 生い茂る木々の隙間を幼女は見つめてた。


 動物かな?って思った。

 こんな茂みの中に人が居るわけないし…

 つまり日本語での問いかけにあまり意味はない。言語というコミュニケーション能力に依存した彼女ら人類は原始的ににゃーとか、わんわんとか、ウキーとか鳴くことは卒業したのだ。


 かつて天に届く程高い塔を建てようとした人類は神の怒りを買って、言語をバラバラにされコミュニケーションが取れなくされてしまった…という話を幼稚園児の彼女は思い出してた。

 しかし言葉の壁というのは厄介でありながら、少しの努力で超えていける。この話を思い出す度に神様も随分中途半端な罰を与えたものだと、バベルの塔くらいで機嫌を悪くした短気な神を幼女は笑うのだ。


「≒⇐Θ#&@+==<?>」

「…え?」


 呼びかけに応答があるなんて思ってなかった幼女は目を丸くする。

 言語なのか鳴き声なのか…ただ、動物が発するには不自然な、意味を感じさせる発声に幼女は身構えた。


「&⇐@☆☆&:#〘 〙」


 …やっぱりなにか言ってるぞ?


 神様は案外考えてたのかもしれない。

 言語によるコミュニケーションに依存した人類にとって、未知の言語というのは少し、不安を煽る。

 向こうは伝えようとしてるのにこっちは相手が何言ってんのか分からないってのは、色んな意味で不安になるもんだ。


 なんて……


 考えたら茂みが大きく揺れた。




 --触手だった。


 水っぽい、スライム…みたいな?ぽよぽよした見た目の触手っぽい何かがにゅっと這い出してきた。


 思わず尻餅を突く幼女。


 よく分からないものに遭遇した時、近づくのはリスキーだけど、かといってなんなのか分からないまま逃げ出すというのもそれはそれで消極的すぎる。

 危険があるのかどうか、見極めてからでも遅くない。


 まだ小学校にも上がってない割に研究者魂が宿ってる幼女は一定の距離を取って観察することにした。


 触手が増えた。


「@&*-?=≒&@*‹›#♪:⇐/$」


 …やっぱり何か言ってるぞ?


 這い出した触手に引っ張られるみたいに茂みの奥から球体も姿を出した。上が少し見える程度のそれは、触手と同じように水みたいな質感の、青い球体。まさにスライムの塊って感じ。

 球体内…というか、球体や触手そのものが水であるような感じで、中で気泡がポコポコと昇ってる。内部が発光してるような、薄らと光を放つその色彩は宇宙を映してるようで綺麗だった。


 球体が不規則に蠢く。

 球体内部に突然、2つの点が出現した。


 それは黒くて、チョコレートみたいな丸だ。

 小さな球体は球体の中を泳ぐように蠢いて、やがて幼女を正面に捉えるように2つが真横に揃った。


 丸の中に何かが出現した。

 というより、開いたと言った方が正しいのかもしれない。丸の中に生物的瞳孔が見えたから。


 目が合った--

 直感的に幼女は確信し、未知なるなにかに見られているという実感が遅れて襲ってくる。


「うわぁっ!」


 後ろに盛大に倒れながらも幼女は逃げなかった。


 じーっとこっちを見てくる謎の存在に敵意を感じなかったからだろうか?


 やがてソレは全体を茂みから出した。


 それは全身が水の塊のようで、大きな球体の下に触手が蠢く……


「@&♪→#&@$#&*☆#@「」、?」



 …間違いない。


 こいつは生物で、この鳴き声みたいなのは私に語りかけてる。


 幼女は確信した。


 近寄ってくる気配は…ない。

 未知の生物は両目で幼女を見つめたまま、下の何本かの触手をうねうねさせて、不思議な言語を投げかけてきてる。


 …どこで発声してるんだ?


「……あなただれ?」


 幼女が声をかける。

 声に反応したように生物の両目がピクリと動いた。目の位置は固定されてなくて、水の中に浮かんでるように上下左右に揺れ動いてる。


「?$⇐☆?」


 やっぱり喋ってるぞ。


 こっちの言葉が通じてるのか……?だとしてなんと言ってるのか……?

 幼女は考える。

 でも得体の知れない生物を前に正解は出ない。


 こちらの様子を伺うようにうねうねしてる生物に対して言語でのアプローチは不可能と判断した幼女は、次なる手を考える。


 生物の大きさが自分の膝くらいで、敵意を感じないこともあってか、幼女は少しづつ距離を詰める。

 反対に逃げるように後ずさるのは生物の方。

 ただ逃げ出す気配はなかった。


 お互い決定的な接触をするわけでもなくかと言ってこの状況から逃げ出そうとするわけでなく…


 ただ幼女はこのもどかしい距離感に興奮を覚えていた。


 未知との遭遇--そんな言葉が頭の中に浮かんでる。

 周りの子とも合わず、大人からも理解を得られない。そんな退屈に塗りつぶされた日常に何かとんでもない出会いが発生したと、確信した。


 人生が変わるような予感……


 手におやつを持ってたのを思い出した。板チョコだった。


 次なるアプローチを思いついた幼女はそれを少し割って、おそるおそる、生物の方へ差し出す。


 生物はぷるんって体を震わせて若干警戒した反応を見せながらも、丸っこい両目でそれをじっと観察してた。


 食べる?


 そんな言葉が浮かんだけれど、言葉は通じない。そもそも、口があるのかも分からないこの生物がチョコレートを食べるのだろうか…?


 ただ、喋る生物ならかなり高度な知能を持ってるはず。

 これが食べ物だと分かれば手に取るかも……


 そんな期待を込めつつ、警戒を崩さない生物に対してどうやってこれを渡そうかと思案した結果……



「&#@「」⇐&-?」


 意味は分からなかった。

 ただ幼女は何となく「食べる?」という意思確認の意味を込めたつもりで、生物の声を真似てみた。

 本当に意味はない。ただの発声の羅列…


 ただ……



 その瞬間、幼女の脳内で何かがスパークした。


 視界で七色に弾ける謎の衝撃と共に、何かが始まるような、確信が幼女を襲っていた--


 ********************


「へくしゅんっ!!」


 ……寝てたみたい。

 頭から草を撒き散らしながら起床。まだ日は高い……


「……夢」


 随分懐かしい夢を見てた…気がする。昔の事を夢の中で思い出してたような。

 そういうことって珍しくない?


 ただ、何を見てたのかは思い出せないや。


「へくしゅんっ!!」


 聖水こと桐屋蘭子の鼻水が垂れてくる。これで一儲けすることも可能だけど、涙を呑んでティッシュでそれをかんで捨てて……


「帰るか……」



 帰り道寄った商店街の魚屋に珍しくタコが売ってた。

 なんだか珍しい気持ちになったのは観音寺を思い出したからだろうか?



 晩御飯はタコ飯でした。


 地球滅亡まであと10日…

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