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88日目 会おうか

 3月29日水曜日、どうでしょう。


「……ふぁ…」

「おはよう」


 いつもよりカチカチな寝床から起き上がると真横から羽毛布団並の優しさを内包したおはようが響く。

 眠気眼を擦って隣を向くとそこにはとろんとした目をした美少女、風花灯が居た。


 ……これが朝チュンか。


 台所からは目玉焼きの匂いが……


「……おはよう。風花さん、私、朝は日本食派」





 桐屋蘭子、風花家にお泊まりした。

 朝ご飯は和も洋もなくて…目玉焼きだけ。


 父子家庭、貧乏平屋での朝。みんな春休みの10人きょうだいの詰まった朝の食卓は騒々しく、そして忙しない。


「じゃあみんな… たなつもの、百の木草も、天照す、日の大神の、恵み得てこそ…いただきます」

『いただきます』

「何を信仰してんのかわかんねー」


 朝ごはん食べながら次女ちゃんがお土産だと言ってなにか包んでくれてた。


「もぐもぐ…それ何?」

「お父さんの店の乾物ッス……良かったら…」

「もぐもぐ(チラ)」

「お父さんとお母さんによろしくお伝えください」


 敬語使えなさそうなくせに娘の友達にも敬語な風花パパがいい笑顔で言ってくれた。風花さんがそんなパパの片腹を肘で小突く。

 それ以上は何も言わない風花さんに風花パパはわけが分からない様子で「?」と首を傾げてる。

 私はぽつりと……


「……ああ、うち……父、居ないんで…」


 俯いて沈んだ声で言ったら食卓が一瞬凍りついた。


「……それは…失礼しました…」

「ああ、いえ…………父は、弟が産まれてすぐに浮気しまして……」

「……」

「出てっちゃって…………なんか、お母さんよりおっぱいがデカイ女のところに行ったらしいです…はは…笑っちゃいますよね……」

「……(汗)」


 憎き父。その愚行を世界に広めるのも私の使命だと思ってるから。

 私は悲しげな笑みを浮かべた表情で風花パパを見つめて……


「……あなたが私の……パパだったらよかったのに……(震)」

「いや…………(汗)」

「桐屋さん今朝も面白いね」







 お土産の乾物を提げて玄関を出ると針のように鋭い陽光が網膜を突き刺してきた。


「ぎゃああああっ!!!!」

「桐屋さん、日光浴びるとダメージ受けるタイプ?」


 さて、帰宅しよう……

 そこまで送るよ、という風花さんのご好意に甘えて2人で歩き出す。元気なちびっ子達がバイバイって手を千切れるレベルで振り回してた。


「またきてね」「ばいばい」「ぱいぱい」

「うぉぉんっ(涙)すぐ来るぜ!明日とか!!(涙)」

「早いね」


 蜜月を過ごした次女ちゃんは…お見送りには出てこなかった。でもお土産渡された時「また来てください」って400デジベルくらいの破壊力で言ってくれたよ。

 べろちゅーしといた。だからお見送りしてくれないんだと思う。


「桐屋さん今日は暇なの?」


 風花さんが歩きながら訊いてくる。

 愚問だった。


「春休み中に忙しい中学生未満高校生予定って、存在すんの?」

「しないね。ならちょっと出かけようよ」


 あんなに濃密なひと時を過ごしたばかりだっていうのに……風花さんは妖しく笑ってた。

 手を握って私を引っ張る姿に……


「風花さんって蘭子ちゃんの事大好きだね」

「……」


 *********************


 やって来た沖宅はもう報道陣に取り囲まれるような事にはなってなかった…

 しかし、門を潜る足は重たい……


「……風花さん、どうしてここに?」

「地球が終わる前に仲直りしないとね」


 風花さんってのは私の心を読めるんだろうか…?


「私が一緒なら沖さん会ってくれるかもしれないよ」

「……風花さん、その為に…」


 インターホンを押したら執事の勢羽酢張せばすちゃんと感動の再会。


「ご無沙汰しております。桐屋様、風花様」

「……私はともかく、風花さんとは初めましてだと思うんだけど…」

「以前一度いらっしゃいましたのをお見かけしております。ご挨拶が遅れまして…私、沖家の使用人の勢羽酢張と申します」

「……風花さん、この人が勢羽酢張さ」

「うん、今聞いたよ」


 一度来ただけのお嬢様の友人を覚えている…これが勢羽酢張なんだよなぁ…ひでじいと良い勝負してる。


 さて……


「どうぞお上がりください」

「待ちな、その前に今日雅は……」


 申し訳ございませんと、完璧とも言える執事が腰を折ったよ。瞬間、心に失望の火が灯る。


「お嬢様から、桐屋様がいらっしゃられてもお通しするなと申しつかっております…」

「……でも、入れてくれんだ」

「お越しいただいたお客様に門前でお帰りいただくなど有り得ませんので。私が旦那様に叱られてしまいます。ただ、お嬢様たってのご希望ですので…ご理解ください」


 いつぞやのやり取りの繰り返しだ。もてなしはするけど会わせる気はねーぞと。


 とりあえず、上がろう。




 こんな事言ったら悪いけど、風花家の後に入ると雲泥の差。残飯とミシュラン三ツ星を同時に出された気分。

 品のいい応接室で待ってたらエレガンスなスーツに身を包んだおば様が…

 まさか2度目の出番があろうとは…雅ママだ。

 はじめましてと、風花さんが立ち上がってぺこり。

 雅ママもぺこり。


「妾、美しいから」


 蘭子は仰け反る。


 さて……


「いらっしゃい。ゆっくりしていってくださいね」

「悪いがそーはいかねーぜ」

「桐屋さん、そんな事言わずにお言葉に甘えようよ」

「雅はどこだ?」


 友達の母親への態度じゃないけど尋ねる。雅ママは困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。


「今日は塾に行ってるのよ。ごめんなさいね」


 そもそも留守なんかいっ!?


「くそっ… 勢羽酢張め……っ」

「せっかく来ていただいたのにごめんなさいね?」

「いえ、私達こそ突然すみません…あの、雅さんは大丈夫ですか?」


 風花さんの質問の意味を汲んで「ええ」と雅ママは相好を崩した。


「雅は果報者ね。こうして心配して来てくれるお友達が居て…」

「ところで……お父さんのお仕事が大変…というか無職になるはずなのに、塾とは余裕っすね」


 私の質問に雅ママはうふふっと。


「まぁ経済的には何も問題ないので…」


 だから結婚したのよ、とでも言いたげな顔してた。

 そして、思い出したようにテーブルの下から何かを取り出した。シャネルの紙袋にどきり。


「これ、お返しするわね」


 それは私が雅にと持って行った漫画。題名『この子の養育費、誰が払ってくれんだよ!?』


「雅、その日のうちに全部読んでしまったわ」


 嬉しそうにそういう雅ママの言葉に嘘はなさそう…


「その漫画……私からってのは…」

「もちろん、伝えたわよ」

「……そッスか」


 まぁ……一歩前進?…かな?


 *********************


 お土産に『ポール・パパイヤん』のレアチーズケーキ貰った…開店前には売り切れると言われる、あの『ポール・パパイヤん』だ。

 なんか雅パパ、“仕事”で昨日九州の方に行ってたんだって。


 ……仕事て。


 沖家の財政は全く問題なさそう。勢羽酢張が職を失うこともないだろう…


『ポール・パパイヤん』と乾物をシャネルの紙袋に入れて…


「ただいま」

「おねえちゃんおかえり」


『サイボーグ・ダイナソー2』を抱えたこーちゃんが出迎えてくれた。ぎゅって。


「ふぅぅ……ぅぅぅうううううあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ///」

「?」


 こーちゃん物質が脳内を駆け巡る。脳が…溶ける。1日ぶりのこーちゃん物質の摂取により桐屋蘭子はトリップしてた。

 このなんとも言えない香り。トぶ……っ!!


「あっ……かっ……はぁっはぁっ!!」

「ひなねえちゃん、おねえちゃんが、こわれた」

「……元からだよ?蘭子……?え?大丈夫?」


 鼻血が……

 1日ぶりのこーちゃんは刺激が強すぎたか…しかも、思いっきり吸ってしまった。視界がチカチカして、頭がぐらぐらする。ヤバい……


 気づいたら桐屋蘭子は失禁してた。フローリングに膀胱から漏れ出した幸せ汁が滴る…

 油断してた…やはり24時間こーちゃんを断つのは危険だ。


「はぁぁ……♀」

「……らっ…蘭子っ!?!?」










 起きたら夕方だった。


「ふぁっ!?」

「……おはよう(怒)」


 幸せ汁で床を汚された陽菜はキレてた。

 私は時間を確認して、隣で昼寝するこーちゃんを確認して、1日が早馬の如く駆け抜けて行ったのに気づいた。

 また……1日が無駄に……


「……蘭子、昨日はどこに泊まってたの?」

「……黙れ」

「……え?」

「くそぅ……っ…休日に無為に過ぎてく時間……くやちい(涙)」


 とりあえず、こーちゃんを……


「……やめて、また失禁するでしょ」

「邪魔する気かてめぇっ!!」


 怒り猛てたらスマホの着信に気づいた。

 メッセージを受診した忠臣スマホが示すのはカンパルノ妹の名前だ。

 お母さんからスマホを没収されてからずっと無視してた。

 そのせいかカンパルノ妹、発狂してた。


 例としてメッセージを1部ここに晒す。



 マイプリンセスっ!!

 どうして返事してくれないの!?


 何かあったのかい!?


 心配で心臓が張り裂けそうだよっ!!


 愛してるんだっ


 返事をください


 助けに行くよ。君のためなら火の中水の中


 返事をください。心配してます


 僕、何かしたかな?


 君を想うとこの心が辛いんだ。せめて一言、返事をください。お願いします


 身体が熱いよ…君への想いで燃え出しそうだ



 ……こいつやっぱ私の事好きだろ?


 これ以上放置すると暴走しそうなので私は通話を試みる。

 バキバキの画面を耳に当てて呼出音を聞く。ワンコールが終わるよりも早く、鼓膜に静寂が飛び込んだ。


『マイプリンセスっ!!』


 直後、静寂を切り裂くのは甲高い悲鳴のような呼びかけ。鼓膜が逝った。


「……てめぇ…気持ち悪いメッセージばっか送りやがって……」

『愛してるっ!!』

「黙れ」

『どーして返事してくれなかったんだいっ!?』

「私にはプライベートはないの?」

『僕がどれだけ心配したと……っ!!いや、それはいいんだ。とりあえず、無事なんだよね?』

「当たり前だろ。数日無視したくらいでギャーギャー騒ぐなよ」

『……ごめん』

「で?なんの用?」

『いや……僕らのコラボ動画見たかなって…』


 凄い反響らしいッスね。


「で?」

『いや…やっぱり話題になってる今がチャンスだと思うんだ』


 チャンスというのは、Y〇utubeチャンネルの登録者を増やすチャンスってことだろう。


 ……ちょうどいい。その事で話もある。


『それで次の動画の--』

「ちょうどいいや。その事で話もある」

『え?』

「会おうか」


 数瞬の沈黙。長くはなかった。息を吸いこんで次の言葉を吐き出そうとした時--


『それは……デ、デー--』

「次の日曜日とか--」

『あ、明日……忘ヶ崎駅で……いいかな?』

「は?いや、明日じゃなくて--」

『時間は10時……絶対行くからっ!!』

「おいっ」


 ……切れた。


「……は?なんなのあいつ。コミュニケーション取れねーのかよ」


 私もキレた。


 お泊まりデートの直後にお出かけデート。桐屋蘭子、地球滅亡まであと12日にしてモテ期、到来。

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