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82日目 地雷亜と申します

 ……昨日たまたま立ち寄った本屋さんで斬新な漫画を見つけたから紹介するよ。

 主人公はこの春から高校生。入学早々遅刻しそうになった主人公は登校中にひょんな事から学年一のイケメン君と顔見知りになった。

 なんやかんやあって2人の距離は縮まってきて…

 主人公は妊娠した。

 でもイケメン君との子供なのか…それとも幼なじみのあいつとの子なのか…もしかしたらムカつくあいつかも…!?

 新感覚学園ミステリーラブコメ。題名は『この子の養育費、誰が払ってくれんだよ!?』

 3月23日木曜日、本日最新6巻発売!


 ……ちなみに主人公は男です。




 ……これ、雅に持っていこうかな。


 漫画好きな友人の顔を思い浮かべながら味のしないトーストを齧る朝…桐屋蘭子の瞼は重かった。

 私的にはムカつくあいつこと波瀬波並木はぜなみなみきに違いないと思ってる…

 考え出したら眠れなかった。

 今日、6巻を買いに行こう…


「……おはよう蘭子。こーちゃんがね、マンション前の道路に観音寺のお墓立てたんだけど…凄い大盛況で朝見に行ったらとんでもない数の花が添えられてたわよ?」

「……陽菜、もしかして私って友達付き合い苦手なのかな?」

「……もしかしなくても蘭子はコミュニケーション下手くそだと思うけど」


 私はテーブルの上で手を這わせて視線も向けずにテレビのリモコンを探す……けど、指にそれが触れる感触はなかった。


「ちょっと、ニュース観たいのにリモコンがないよ」

「……リモコンどころかテレビ本体がないよ。あんたが壊したもん」

「……いつ新しいの買うのさ(怒)」

「……明日お父さんの給料日だから」


 テレビがない家庭に意味があるのか?


 仕方ないのでスマホを出して今日のトレンドをチェックする。


「…えっ!?中立ハムの大東選手が違法薬物!?」


 ……違う。それじゃない。


 Y〇hooニュースによると、株式会社オキサンフーズの謝罪会見により、オキサンフーズの経営するオキサンキッチンを始めとした飲食店で提供されていた商品のうち、17品目が商品名に謳っていた物とは違う食材を使っていたという事実が発覚。

「高級和牛100%ハンバーグ」なのに豚肉しか使ってなかったり「毛ガニたっぷりカニグラタン」の毛ガニはカニカマになっていたり…

 理由としては経営悪化によりコスト削減を余儀なくされ、商品がリニューアルされたが商品名の変更等はされずに提供されていた為、との事…

 オキサンフーズでは原材料名の明記はしておらず、飲食店内で提供されるテイクアウト等を除く飲食物にこれらの表示義務はない為、法律的に問題はないそうだけど、代表取締役社長は「お客様を騙した事実には変わりはない」として、役員共に辞職する旨を表明……


 ……え?じゃあ雅ん家、路頭に迷う事になるじゃん…


「これに対して世間の声は様々で…「美味しいんだから細かいことはどうでもいい」「むしろ安価な食材であのクオリティを保ってた企業努力を評価したい」とする一方「低価格で高級食材を使った料理が食べられるから通ってたのに、裏切られた気分」「これは立派な詐欺行為」との声もあり…」

「……沖さんのお父さんの会社なんだっけ?沖さん、これから大変そうだね」


 ネット記事を読んでる私の隣から、字が読めるのか定かではない死んだ目をした陽菜がぽつりと呟いた。


 ……まさか本当に責任取っちゃうなんてなぁ。


 なんだか悪いことをした気分の蘭子、昨日の雅との電話を振り返る…



 --絶交じぇっきょりゃっ!!!!



「……どーすっかなぁ…」


 カンパルノ妹との関係修復からまだ時間も経ってねーってのによぉ…


「……なになに…?謝罪会見の前日にY〇utubeでこの事実を公表したチャンネルがある…チャンネル名は「キリヤランコの炎上飯」…キリヤランコ?」

「そこは読み飛ばしていい。てか読むな。陽菜、目が溶けてるぞ?」

「……」


 陽菜からの腐った眼差しから逃れるように席を立った私は、またしても抱えてしまった厄介な問題を前に、とりあえず頭を抱えてみることにした。


 *********************


 友達との仲直りの仕方の分からない女、桐屋蘭子…

 とりあえずイチオシの漫画本を持って雅の自宅に……


 ……と思ったらなんだかカメラを持った人達がウロウロしてるぞ…


「……もしかしたら私はとんでもねー事をしちまったのかもしれねーぜ…」


 このままではまたしても目覚めが悪い。清々しく宇宙の藻屑となる為に、意を決して報道陣のど真ん中へ……


「もしかして、キリヤランコさん?」


 しようとした時、背後から不審者に声をかけられた。

 その男は30代後半くらいで、生意気な顎髭を生やした面長の、顔面積の割に目がちんちくりんな男だった。生意気な焦げ茶の革ジャンを羽織ってる。

 どうも、IT会社社長ですみたいな顔をした男に威嚇する。


「がるるるるる…るる……っ」

「突然すみません。いやぁ、やっぱりそうだ。唐突に現れたダークホース。今、みんながあなたに注目してますよ」

「……何者だてめーは」

「態度悪…申し遅れました。私、こういう者です」


 生意気な名刺にはふざけた名前が…名を地雷亜というらしかった。

 もしかして……あの?


「……ガマガエル出せますか?」

「そっちの地雷亜じゃないんです。まぁ同業者ですよ」

「というと?」

「ご存知ない?暴露系Y〇utuberしてます」


 一体どこが同業者なのか…こちとらグルメ系インフルエンサーでやらせてもらってるんだけど…とりあえず名刺を受け取ってからこの男がなんの用があって声をかけてきたのかを、探る。

 お母さん言ってた。知らない人に声をかけられたら噛み付けって。


「噛んでいい?」

「もしかしてキリヤさんも取材…え?そういう癖ですか?」

「なんスか?私、急いでんですけど?(怒)」

「これは失礼…いや、同業者をお見かけしたのでつい声をかけてしまいました」

「あっそ」

「例の動画…凄い反響ですね。大バズ。それにしてもあんなネタ、どこで手に入れたんですか?」

「どこで……?」

「会社が公表するより早く動画が上がってたじゃないですか…一部ではヤラセ疑惑も出ているようですが…オキサンフーズの内部事情、どこから入手したんですか?」


 蛇のようにいやらしい探る眼差し…この男、暴露系Y〇utuberと言ったか…

 しかし残念。お前の知りたがってるような事実はありましぇん。このネタは私の食欲が生み出した偶然の産物。


「動画では例のハンバーグ、本当は牛肉じゃないって噂の検証って事になってましたけど…そんな噂聞いたことないんですよねぇ…怪しいなぁ」

「やめて。大声出すよ?」

「いやいや、何も僕はあなたと喧嘩しようって訳じゃないんです。やだなぁ。そんな怖い顔しないでくださいよ」


 顔の前で手を立ててヘラヘラ謝ってんのか薬師如来像のモノマネしてんのかよく分かんねーこの男があっさりと引き下がる。


「ただね、今度もしよろしければコラボなんか…」

「こらぼ?」

「一緒に動画撮りませんか?もちろん、お礼もさせて頂きますんで、はい」

「…………おたくチャンネル登録者何人?」

「今77万人くらいですかね…」


 77万……


「……考えておくよ」


 キリヤランコはそっと上着の内ポケットに名刺を仕舞った。


 *********************


 驚くほどスムーズに玄関まで辿り着いた。目の前に超有名人が現れたってのに、さっきの怪しいおっさん以外誰も反応しないんですけど…


 ただインターホンを鳴らしたら「沖社長のお知り合いですか?」って女性レポーターから訊かれたから彼女のお尻と愛し合った。これがホントのお尻愛。お尻を擦り合わせたら悲鳴上げられた。


 程なくして玄関が開き、執事の勢羽酢張せばすちゃんが登場だ。


「これはこれは桐屋様…」

「私の事、覚えてたの?」

「もちろんでございますよ」

「あんさ、雅に会いたいんだけど……」

「左様でございますか…しかし桐屋様、申し訳ございません」

「謝る前に理由を訊こうか?」

「雅お嬢様から桐屋様がお訪ねになってもお帰り願うよう、申しつかっております」


 雅の奴……


「……ふぅん。でもさ?この人混みの中、苦労してわざわざ来たお客様を門前払いするつもり?」


 挑むような私の眼差しにこの老齢の執事は柔和な微笑みを崩さず、扉を大きく開いた。


「とんでもない。どうぞ、おあがりください」







 私が来たことを主に伝えたあと勢羽酢張せばすちゃんは消えた。

 入れ替わりで入ってきたのは雅のお母さん。ピンクのカーディガンを着込んだ、雅に似た美魔女だ。


「蘭子ちゃん、久しぶりね」

「また来ちゃった☆」


 応接室のカーテンの隙間から獲物を狙うレンズの眼差しをチラ見してから、気の毒そうな顔を作って雅ママと向かい合う。そして残念な事に雅の滑舌は遺伝ではないらしいね。


「おばさん、この度は迷惑をおかけしてごめんなさいって、桐屋が言ってました」

「あらそう。でもいいのよ。悪い事をしたのはうちの主人なんだし、その事については主人も私も納得してるもの。それにしても蘭子ちゃん、Y〇utuberだったのね」

「……おじさんとおばさんが納得してても、それは私にとっては些末な問題でして…」


 優しげな雅ママの頬肉が一瞬ピクリと痙攣する。


「……娘さんに会いに来たんだけど…」

「……雅は具合が悪いみたいなの。やっぱり、こんな事になってショックだったみたいで…」

「……」

「…ううん、ごめんなさい。正直に伝えます」


 身構える。具体的に言うと天翔十字鳳で…


「……その、今にも襲いかかってきそうな構えを解いてもらえる?蘭子ちゃん」

「…帝王の拳、南斗鳳凰拳に構えはない!! 敵はすべて下郎!!だが対等の敵が現れた時、帝王自らが虚を捨てて立ち向かわねばならぬ!!」

「雅は蘭子ちゃんとは会いたくないそうよ」


 不意打ちで脚を刺された時並みのショック。まぁつまり、大したダメージはないということです。つまり雅ママと私の力関係は聖帝とターバンのガキくらいあるって事。


「ごめんなさいね、わざわざ来てもらったのに…」

「退かぬ!!媚びぬ省みぬ!!」

「……あんな事言ってるけど、雅は蘭子ちゃんの事大切な友達だと思ってるはずだから、きっとすぐに機嫌を治すわ。だから…それまで待っててくれるかな?これからも雅と友達で--」

「愛などいらぬ!!」

「……(汗)」

「……これ、雅に渡してください。とっても面白かったよって」


 持参した漫画本をスっと差し出して席を立つ。ドン引きしてる雅ママを見下ろしてながら私はひとつ、訊いてみた。


「……おじさんは違法な事をした訳でもないし、それは役員が独断でやった事なのに…どうしておじさんが責任を取って辞職しないといけないのかな」


 蘭子ちゃん……と雅ママが漫画本を受け取りながら


「それが大人の責任というものなのよ…」


 私にだってそれは分かってる。

 ただ、理解できない。こういう不祥事のニュースを見る度に時に当事者でもない人達まで職を追われる、この現象に…

 無関係の人間が職を失う事がなんの償いになるんだろうか?

 というか、今回の事はそこまでして責任を取らないといけないような事なのか?

 というか、全ての元凶がなにを神妙な顔をして考えてるんだ?

 誰のせいだと思ってんだ?


「……おばさん、大丈夫だよ」

「蘭子ちゃん?」


 雅には会えなかったけどこれだけは伝えておく。


「……おばさんもおじさんも、雅も…どうせあと18日でくたばるから…そんなに深刻に考えないで、旅行でもしてね」

「…………は?(怒)」


 雅、お前の悲しみは私が背負ってやるからな…

 懐の中の名刺を握りしめて私は誓うのでした…


 地球滅亡まであと18日…

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