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81日目 マジで何言ってんのか分かんねーんだよなこいつ

「ちょっと蘭子、あんた高校入学の準備できてるんでしょうね?」

「……それはお前の胸に訊けばいい、我が母よ。私が無事に入学できるかどうかは…お前に懸かっている。入学金はちゃんと払ってんだろうな?」


 3月22日水曜日。朝っぱらから我が母、志乃に叩き起される。冬は冬で布団から出られず、かと言って春が来たならそれはそれで布団が恋しい…悩ましい春夏秋冬。桐屋蘭子、今日も元気にやって参ります。


 地球滅亡まであと20日……


「……たったの、20日か…」


 カレンダーの数字と空を見比べて私は呟く。20日。その少なさに重みを感じた。

 見上げた空は私の心模様を示唆するような曇天だ。今にも降り出しそうだった。


 ……切り替えよう。


 また無様を晒すわけにはいかない。

 かくして私は朝食を摂る為にリビングに出てきたんだけど……


「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ」

「はっ!?こーちゃん!?」


 こーちゃんの悲鳴にも似た泣き声がっ!!


 テーブルの脚に小指を粉砕されながらも駆け寄った先に、水槽の前で崩れ落ちるこーちゃんと、それに寄り添う陽菜の姿。

 嫌な予感がした。


「おっ…お母さんまさかっ!ついに食費節約の為に観音寺を!?」

「黙りなさい。それはこれからよ」


 母の言ってる意味はすぐに分かった……


 水槽の底…そこには無情にもひっくり返ってピクリとも動かないマダコ、観音寺の姿が…


「おねえちゃんっ!かんおんじが、しんじゃったぁ!!」

「……」


 摘み上げてみる。観音寺はピクリとも動かない。私の手には空っぽになった観音寺の重たさがのしかかるのみだった…


「…………死んでる」

「……蘭子」


 泣き叫ぶこーちゃん、抱き合いそれを見守る美堂夫妻、陽菜…

 お母さんがこーちゃんを優しく抱き上げた。


「……残念だけど、生き物は必ずいつか死んでしまうのよ」

「かんおんじぃぃぃっ!!」

「お別れしましょうね…観音寺も、こーちゃんにありがとって、きっと天国から言ってるわ」

「びぇぇぇぇぇんっ!!」


 観音寺の亡骸を両手に抱えた私の肩に、陽菜がそっとを手を置く。観音寺の目は、ついに本当の陽菜の…いや、死んだ魚の目になってしまった。


「……最近調子悪そうだったもんね。タコの寿命って短いって言うし…」

「……」


 観音寺……


 長い付き合いじゃないのに…なんでだろう。私の胸には言い表せない虚無感が去来してた。胸の中心にぽっかり穴が空いて、ホロウにでもなった気分だ。


 でも、これも生物としての定め…


「……こーちゃん」

「おねえちゃん…」

「私達に出来ることは、観音寺の事を忘れないで、ずっと覚えていてあげる事だけだよ。観音寺の人生が、素晴らしいものだったって、私達がずっと覚えているんだ」

「……よく、わかんない」

「お姉ちゃんにもよく分かんないけどね…ただこれだけは言える」


 観音寺……


「……お昼ご飯はたこ焼きだよ」


 ありがとう。


 *********************


 お昼。

 こーちゃんと陽菜と陽菜ママと囲む食卓。たこ焼き器の中でクルクル回されるのは亡き観音寺の身を包んだ生地だ。

 桐屋蘭子、観音寺の冥福を祈って……焼かせていただきます。


「……これが観音寺のお葬式だよ」

「ぐすんっ…」

「……美味しく食べてあげることが供養になるからね」


 こーちゃんと、そして自分に言い訳をしながらたこ焼きを貪る陽菜。その目は腐ってた。

「あらやだ、蘭子ちゃん職人さんみたいね」と感心しながらなんの感慨も無さそうに口にたこ焼きを放り込む陽菜ママ。その目には「やっと水槽を片付けられる」という安堵の色が…

 鬼畜母娘め……


 ……んな事言ってたら電話だ。

 誰かと思ったらカンパルノ妹じゃないか。

 たこ焼き器から跳ねた油に侵されたスマホの画面を操作しつつ、指の腹で油を拭き取りつつ、電話に出た。


『マイプリンセスっ!!』


 早速鼓膜に音響攻撃だ。


「黙れ。今喪中だ」

『そんな事より僕らのチャンネルを見てくれ!』

「……そんな事?」


 何をギャーギャーと…

 陽菜のスマホを奪い取ってY〇utubeを開く。陽菜が「……返してっ!!」ってまるで家族の形見でも奪われたみたいな勢いで叫ぶけど、無視して陽菜の通信量を浪費していくのだ。もちろん…Wi-Fiはオフだ。


 検索窓に打ち込まれた『キリヤランコの炎上飯』の文字に従い、検索結果が吐き出される。1番上に私らの動画…それも出したばかりのオキサンフーズの件の動画が表示された。


 再生回数が12万回になってた。


 ぶったまげた。


「なななななな……なんだこれっ!?」

『やったよマイプリンセス!!オキサンフーズの食材詐称の件の動画!大バズだよ!!まだ投稿して2日も経ってないのに…やっぱりオキサンフーズが記者会見したのが影響したみたい!!記者会見の後から再生回数がぐんって伸びたんだ!SNSでもトレンドに上がってるよ!「公式発表前に気づいたY〇utuberが居るらしい」って!!』

「……(汗)」


 ……これ、広告料いくら?


『これで僕らも、大物インフルエンサーの仲間入りだね☆』

「カンパルノ妹…」

『なんだい?マイプリンセス』

「次の動画の準備しとけやっ!!」

『もちろんだっ!!』


 電話を切っても、興奮が収まらなかった…

 人生終了まで残り20日にして、桐屋蘭子史上最大のバズ、到来……


 ネットでエゴサしてみたら色んな意見が飛び交ってた。

 タイミングが良すぎてヤラセっぽいという意見もあったけど、大体は「大企業の不正をマジで暴いた可愛すぎるY〇utuberが居るらしい」と…


 可愛すぎる……


「……世界が気づいてしまったのか…」

「……蘭子?」

「おねえちゃん、つぎ、はやくやいて」

「この桐屋蘭子の威光に……」

「……?」

「おねえちゃん?」

「ふははは…ははははははははははっ!!」


 たこ焼きも忘れて高笑いしてたらまた電話がかかってきた。


「もしもし?世界の蘭子ちゃんですけど?」

『ふたぐんっ!!桐屋さん、なぜお見舞いに来ないのですか!?』

「気安く電話かけてきてんじゃねー。誰だお前?」

『白浜ですよ!私、最凶の感染症に打ち勝ったんですよ!にゃる!しゅたん!!』

「くたばれ」


 今の私はエゴサに忙しい。

 早速動画のスクショが掲示板に貼られてる。そこには「この子可愛い」とか「鼻の穴の中見せて」とか「ぺろぺろしたい」とか…


 そうかそうか……私の可憐さにやっと世界が追いついた…と。


「ぎゃははははははははっ!!」

「……蘭子、たこ焼きが焦げてるわ」

「おねえちゃん……」


 ……またしてもスマホが鳴った。

 やれやれ、人気者はこれだから辛いよ。息付く暇もありゃしないんだから…

 でも私は今や世界にその名を轟かせるY〇utuberだから?仕方ないよね?ファンサも仕事。


 あーやべ…軽い気持ちで始めたけどこれ…脳汁止まらんわ。

 ネットの至る所で私という存在がはやし立てられてる。きんもちいぃぃぃ///


 ……私、Y〇utubeで飯食ってこうかな?ま、あと20日の命なんですけどね?ヨホホホホッ!


 ……で?電話誰?


「もしもし?世界の蘭子です」

『……りゃんこ』


 脳汁にビタビタに浸った私の脳みそは耳元の一言で一瞬にしてクールダウンさせられてた。それほどまでにその声は温度がなくて、そして一瞬で誰からなのかを理解させる滑舌だったから。


貴様きちゃみゃ…』


 その声音は例えるなら脳みそに銃口を突きつけて今すぐにでも引き金を引こうとしてるのを間近で見せつけられてるみたい。


 この滑舌…電話の主は間違いようもない。滑舌モンスター…沖雅。


 豚しか使ってないハンバーグの商品名を牛肉100%と言い張ってた、問題のオキサンフーズを経営する沖社長の…娘。

 そして私の友である。


 今これほど接触してはならない相手も他にいないのではないか?流石の蘭子ちゃんもこの電話の意味を察した…


『……もしゅもしゅ?』

「…………この電話番号は現在使われておりません(汗)」

『……動画どぅぎゃ見ちゃりゃ…バジュってぇたりゃ』

「……ありがとう(汗)チャンネル登録ヨロシク…」

『りゃんこ…わちゃちぇりょちょりゅちゃんりょ記者会見きゅしゃきゃりきぇんりゃ見ちゃきゃ?』

「……み、見てないけど…」

『うちゃりょ会社きゃいきゃぎゃいみゃネッチョでぇどりぇだきゃちゃちゃきゃれてりゃきゃ、ちぇってりゅりゃ?』

「……し、知らない…(汗)」

『にゃんれぇ記者会見きゅしゃきゃりきぇんりょりひゃやきゅ、おみゃぎゃ動画ぎょうぎゃでやしぇてりゃ?』


 ……ブチ切れてらっしゃる?


「……あのさ、雅。なんか勘違いしてるけどさ…悪いのは君のパパだからね?私を恨むってのは逆恨みってもんだぜ?」

『……おみやきゃりゃ連絡りぇんりゃきゅ来ちゃちょきありゃしぃちょおみょっちゃんりゃ…』

「言っとくけど、事実だから。君のパパも認めてるし、動画の内容にもヤラセはないから。私は私の仕事をしただけだから。たこ焼き焦げてるから、この話おしまいっ!!」

『……けりゅりゃ』

「ん?もしもし?」

『ひゅじゃけりゅりゃっ!!!!』


 スマホ壊れるかと思うくらいの大音量の怒声だった。私の耳は死んだ。


「ぎゃっ!?」


 その声量は隣の陽菜の鼓膜まで激しく揺らす勢いだった。


『じょうじじぇ…』

「え?ジョージア?」


 雅の震える恨み節が耳の中に入り込んでくる。ドロリとした呪詛が止まらない。


友達ちょみょだちゃでゃちょおみょってぁたりょり…おみゃぎゃ動画どぅぎゃにゃしりゃきゃったりゃ…きょんなきょちょにゃなりゃにゃきゃっちゃきゃみょしりぇりゃいりょり…』


 やべーなんて言ってんのか分かんねー……


「雅落ち着け」

『おみゃりょしぇいりぇうちゃりゃみゃちゃきゅちゃりゃっ!!』

「全部お前のパパが悪い」

『…………ゆりゅしゃりゃい』

「それは逆上がりだぜ?雅…あ、間違えた逆恨み」


 雅をどう落ち着けようかと考えながらもつい普段の癖でペラペラと軽口を重ねる私に、雅の決定的な一言が突き刺さった。


絶交じぇっきょりゃっ!!!!』



 ……何か固いものが床にでも叩きつけられるような音と共に、通話は終了した。


 焦げ臭いたこ焼きの煙と共に…

 呆然と立ち尽くす私は天井を見上げていた。


 桐屋蘭子、栄光と引き換えにまたしても…


「……私って…人付き合い下手くそなのか?」


 地球滅亡まであと19日…

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