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80日目 唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当798円

 3月21日、火曜日…今日は春分の日。祝日ってやつだ。

 長期休暇中に祝日が来るとなんだか損した気分になる。そんな今日。


 孫に命じてた例の動画がアップされたのは昨夜。孫は瀕死になりながら動画を作り上げたらしい。

 動画ってのは『キリヤランコの炎上飯』の例の、オキサンフーズの食材詐称事件である。


 今日の正午にオキサンフーズからその件について記者会見が行われる。時間がない。


 再生回数21回の数字を見ながら私は忙しなく指を動かしてた……


「……陽菜、お願いがあるんだ」

「……(汗)」


 桐屋蘭子からの「お願い」と聞いただけで背筋を伸ばし息を飲む陽菜…いや、死んでる魚の目に私は友情の揺らぎを感じざるを得ない。


「このURLをSNSで宣伝してほしい。文面は考えてきた」

「……なに?」

「「この動画注目!とんでもない内容かも。もしかしたら大騒ぎに……?」で。あ、最近推しのY〇utuberですって付け加えて」

「……新手の詐欺かなんか?」

「ちげーよ。陽菜だって、親友が有名インフルエンサーになったら嬉しいだろ?」

「……別に?」

「なんでさ」

「……どうせ地球終わるし」

「信じてんの?陽菜」

「……信じるも信じないも…言ったと思うけど考えないようにしてる。てか…」

「……なに?」

「……私は蘭子が何者でも友達のつもりだから」


 陽菜っ!!


「愛してるっ」

「……気持ち悪いから、引っ付かないで?」

「今日のお昼まで、お前が親友である事を感謝します」

「……短い」


 さて…


 リビングに出てくると昨日もお楽しみでしたねな美堂夫妻が揃って朝食を摂ってる。互いにあーんしながらの朝食は、40を超えた夫婦の光景として見たらなかなかに胃もたれしそうな内容だけど、一旦見えないふりをする。

 お母さんも今日ばかりは休みなので台所で脂を撒き散らしてた。


 ……問題は観音寺だ。


 昨日から様子がおかしい観音寺は今日も蛸壺から出てこない。こーちゃんが水槽に張り付いてるけど、観音寺はいつものタコ踊りを披露することもなく、壺の中から怪しげな瞳をこーちゃんに向けてる。

 時々触手の先っぽを振ってるのがかわいい。合わせて手を振ってるこーちゃんはもっとかわいい。


「おねえちゃん、かんおんじ、びょういんにつれていこう?」

「病院ってどこにかかればいいんだ?」

「かんおんじ、びょうきかも」


 水槽の中を見る。私が顔を出した時だけ体色を変えて威嚇してくるのはなぜ?


 水槽の水が汚れてる。浮かんでるのは…タコの表皮だろう。

 これはタコがストレスを受けている証拠ではないだろうか?


「……こーちゃん?そっとしておこう。観音寺は今機嫌が優れないらしい」

「……なんかあった?」

「タコはデリケートなんだよ…きっとすぐに調子を取り戻すさ」

「……うん」


 不安げな眼差しを水槽に向けるこーちゃんを引き離し、水槽にお母さんのお気に入りのコートをかけてやる。水槽内を暗くすれば観音寺も落ち着くだろう。

 そして蒸発する海水が付着したコートは塩で真っ白になることだろう。


 ……さて、今日の予定だけど。


「こーちゃん、今日はお休みだから出かけよう。お姉ちゃんにこーちゃんとの素敵な思い出をちょうだい?」

「おねえちゃん、ずっとおやすみじゃん」

「……そ、そんな事ねーし…」


 そこで仲間になりたそうな眼差しに気づく。


「……はぁ…仕方ねぇからお前も来い、陽菜」

「……何が仕方ないよ。お金がないだけでしょ?」

「ひなおねえちゃん、いこう?」

「……うん」


 陽菜はすっかりこーちゃんに懐いてるようで、相変わらず髪の毛を捕食されながらこーちゃんを抱き抱えて部屋に消えた。


 *********************


 3月も中ほどを超えて、気温もポカポカ。すっかり春だ。桜も咲いてる。今年は例年より早いみたい。


 お気に入りのスパイシーピンキーのTシャツを着た私と、陽菜とこーちゃん。3人で並んでマンションを出た。


「……どこに行くの?」

「はなみ!」


 こーちゃんは桜がご所望だ。現代人の頭脳ことスマートフォンで適当な花見スポットを検索。近くにいい感じの公園があるとの事だったので、向かう。


「……今から急に花見?お弁当は?」

「目が腐ってるくせに食い意地張ってんな、陽菜。団子より花、花より焼肉弁当って格言知ってるか?んなもんコンビニで陽菜が買えばいいじゃん」

「やったぁ。やきにく、やきにくっ」


 つい昨日焼肉食べた気がするけど…地球も終わりが近いので肉はいくら食べてもいいんだ。


 陽菜を引きずってコンビニに向かう道中でも桜の花を見ることができた。もうすっかり満開な薄ピンクの花びらが青い空を彩る光景は陽気で平和で、とても地球滅亡まで少しという感じには見えない。


 陽菜に焼肉弁当買いに行かせて、私とこーちゃんは一足先にコンビニ前でプチ花見。


「……こーちゃん。あの空の上から隕石が降ってくるんだよ」

「いんせき?」

「こーんなでっかいやつがね」

「たいへんだ」


 なんて話をしてたら陽菜がトボトボ出てきた。


「ひなおねえちゃん、やきにくかえた?」

「……蘭子、焼肉弁当売ってないよ」

「…………は?」

「……売ってない」


 スマホで検索した焼肉弁当の画像を見せつける。


「……『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円…これがないと花見もなにも始まらないって事は、陽菜、分かってんだろうね?」

「……代わりに麻婆チャーハン買ってきた」

「バカか…………てめぇは…(怒)」


 今日は焼肉弁当なんだ。『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円が食べたいんだ。妥協は許されないんだっ!!


「…………陽菜、798円貸して。いや、くれ」

「……蘭子」

「おねえちゃん、はなみ、いこう?」

「ごめんこーちゃん…必ず…必ず行くから…陽菜と先に桜見ててっ」













 --こうして『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円を求めて私は1人旅立った。今日はどーしてもこの『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円が食べたいんだ。

 満開の桜の下で食べる『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円…

 これがないと私達の花見は始まらないから…


 でも……

 先程のコンビニより徒歩5分。このコンビニでも…


「……あのすみません。『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円、売ってますか?」

「あーー…ないッスね…」

「……お兄さんバイト…?一言だけ言っておくね?お客さんに対してないッスねはないと思う。おうちから1歩外に出たら社会なんだから、まずは口の利き方から勉強してきなさい」

「………………あざっしたー(怒)」


 更にその先……10分くらい歩いたコンビニでも…


「………………ないっ!そもそも弁当がっ!!ちょっとお姉さんっ!!お弁当がないんですけど!?」

「申し訳ございません。お昼時なのでほぼ売れてしまったようでございまして…」

「……ちなみにこの店では『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円は売ってるのかな?」

「当店ではお取り扱いがございませんね…」

「……そう。君は丁寧な接客をするな。これをやろう。さっき拾ったボールペンの芯」

「……ありがとうございます(汗)」


 次も……


「……お尋ねしたい。こちらに『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円は置いてるかな?」

「こちらにはござらんが…『おろしポン酢でさっぱり食べる唐揚げ弁当』なら…」

「なんか代案みたいな感じで出してるけど…唐揚げと焼肉は全く別物でしょ!?!?!?客を舐めてんのか!?!?」

「……(´;ω;`)」






 ……マンションを出たのは9時過ぎ。気づいたら時刻は14時になってた。陽菜から鬼のような着信が…

 でも帰れない……

 私はまだ『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円を手に入れてないじゃないっ!!


 ……気づいたら東京まで来てた。


 河川敷でのんびりした時間を過ごしてるカップルに私はゾンビの如く近づいた。


「……愛してるよ」

「私は…そうでもないわ」

「え?」


「……あの、ちょっと訊きたいんだけどさ」


 背後から現れた私の姿にカップルはさぞかし驚いた事だろう…無理もない。私の顔は血の気のない真っ青な色で、瞳に生気はなく、唇は枯れ果て…もはや私は『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円を求め彷徨う幽鬼と化してたから。


「……『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円、どこに売ってるか…知らない……?」

「ああ、あれ、美味しいですよね」


 カップル女がにこやかに返す。


「…………探してるのに……見つからなくて……」

「そう言えば最近見ないよねー」

「俺最近食ったよ?唐辛子マヨネーズの付いてるカルビ弁当…同じやつか知らんけど」


 ここであまり愛されていないカップル男から有益な情報がっ!!


「……それっ!798円!?」

「えーっと…800円でお釣りが来た気がする」

「それ答えになってないよ?あんた」

「ど……どこで……それどこで…買ったの!?お“じえ“で!!」

「たしか……有楽町駅ら辺のコンビニ」


 有楽町!?











『総理大臣官邸かい。今から一時間後首相をブチ殺しにいくぜ……愚地〇歩です♪』


 着信音が聞こえたのでスマホを取り出したら、陽菜からだった。時刻は15時を回ってる。


「もしもし?」

『……蘭子あなた…今どこ?』

「今……もうすぐ有楽町」

『……有楽町!?蘭子…弁当買いに行ったんじゃなかったの!?』

「だって……ないんだもん」

『……そ、そこまでして拘る理由って?』

「だって…『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円だよ?」

『……で?(汗)』

「そっちは?場所取りしてくれてる?」

『……もう帰るけど…?蘭子全然来ないし…蘭子も早く帰りなさいよ』


 ブツッ……


「……」

「……その様子だと、ツレにも愛想を尽かされたみてーだな」


 私をバイクのケツに乗せたヤンキー風のおっさん(いい歳して恥ずかしい見た目)が振り返らずに問いかけた。

 私は何も返さず、ただ流れ行く景色を見つめている。


「そこまでしてなぜ拘る?」

「……おじさんも同じこと訊くんだ…私も訊いていい?」

「……なんだ?」

「『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円買いに行くから有楽町まで乗せてって……そんなお願いをどうして聞いてくれたの?」

「……あんな事言われちゃな」

「……地球滅亡前に食べておきたい…この話、信じてるの?」


 おじさんは答えない。すぐ近くに有楽町駅が見えてきた。目的地を目前にして心臓が跳ねる。全身の血流が加速して、体温が上がっていくのが分かった……

 加速するバイクに吹き付ける風の中、おじさんが「俺もな」と言った。


「え?なに!?」

「……俺もな…人生最後に人助けでもしたくなったのさ…」

「……おじさん」

「俺も…地球滅亡までに夢、追いかけてみっかな…」


 有楽町駅前でバイクが停まる。振り返ったおじさんがまるで少年のような顔をして、笑ったんだ。


「今からじゃ、遅すぎっか」

「……ちなみに、夢ってなに?」

「……宇宙飛行士」


 おじさんの歯には金歯があるのが見えた…


「……おじさん、宇宙飛行士って虫歯あったらなれないんだって」

「………………行きな」


 おじさんの瞳に光った涙の粒を忘れない。

 ありがとうおじさん…私の地球滅亡の話を唯一信じてくれたおじさん……ありがとう。



 店内には色んなお弁当が並んでた。多分、補充のタイミングだったのかも。

 陳列棚に走る私の胸に微かな期待と…そして予感があった。チラリと見えた弁当。その形状に見覚えがあったから……っ。


 ついに…………っ!?


『総理大臣官邸かい。今から一時間後首相をブチ殺しにいくぜ……愚地〇歩です♪』


 なんだこんな時にっ!!


「もしもし!?(怒)」

『ふたぐんっ!!白浜ですっ!!ぐすん…長い……長い闘病の末…ついに病に打ち勝ち--』

「なんでこの番号知ってんだ死ねっ!!」


 ブチッ!!



 私の……私の『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円がついに……っ!!






 …………私の目の前には確かに、カルビの入った弁当があった。それは間違いない。しかも100円引きのシールまで貼られてる。


 商品名は……


『唐辛子マヨネーズと食べる炭火焼きカルビ弁当』

 745円。


 ……ちっ…違うっ!!!!


「……す、すみません店員さん…ここに『唐辛子マヨネーズで食べる甘辛カルビ弁当』798円があるって聞いたんですけど…」

「ああ、あれ美味しいですよねー。私も好きですよ?こちらになりますね」

「いや……これは『唐辛子マヨネーズと食べる炭火焼きカルビ弁当』…」

「ああ、リニューアルしたんですよ。前売ってたのからチョット変わってますけど、大体同じです」


 ……………………………………


「………………あの…たくあん入ってたと思うんですけど…」

「ああ…今はー…ナムルみたいなのになってますね^^」

「…………………………」



 あのぉー…人気の定番商品をリニューアルして似て非なるものにする理由って、なんなんですか?


 地球滅亡まであと20日…

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