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77日目 離婚します

 3月18日土曜日。桐屋家の宿主、美堂夫妻に今、未曾有の危機が迫ってる。今日はそんなお話…


 早朝、リビングの明かりが点いてるのを目を擦りながら確認した私が冷蔵庫から観音寺の餌(アワビの刺身)を持って向かうと、そこには美堂一家と我が母、志乃が居た。


 剣呑な雰囲気。原因は昨日の激しい美堂夫妻の夫婦喧嘩だろう。


 アワビをつまみ食いしながら一旦私も座る。


「おはよう陽菜」

「……蘭子、まだ寝てなさいよ。お願いだから今日ばかりは首を突っ込まないで」

「そーもいかねーだろうよ」


 こんな盛り上がるイベントが発生してるとあったらな。


「奥さん、旦那さん…そもそも喧嘩の原因はなんなんですか?」


 夫婦にとって禁断の一言…離婚。

 その禁句が飛び出した昨日の美堂夫妻によるブレイキ〇グダウン。仲裁を買って出たお母さんが厳正なるジャッジを下すべく聞き取り調査を開始していた。


「…原因」


 陽菜パパは遠い目をしながら隣の陽菜ママを見つめる。陽菜ママは隣に座るのも嫌、という感じで目も合わせない。これは深刻だ。


「……分かりませんよそんなの。こいつが突然怒りだしたんだ」

「……これといった理由がある訳では。強いていえば全て」

「全て?」


 聞き返すお母さんに陽菜ママが発火。


「……今までずぅーーーーっと我慢してたんですよ私は。この人に!!積もりに積もった怒りが爆発したんですっ!!」

「その積もってしまった不満ってなんですか?」

「……毎日帰りは遅いし…勝手に高い買い物するし…勝手に居候を一世帯迎え入れるし、そのくせ自分は家の事何もしないし…全部の負担は私っ!!」

「俺には会社があるんだ」

「……だったら会社と結婚すれば?」

「なんだと!?」


「まぁまぁ」とお母さんが2人を宥めるが、それは燃え盛る天ぷら油に手のひらで掬った水道水をぶっかける程度の効果しかない。第三者の介入で辛うじて話し合いの体裁を保っているこの緊迫の食卓は、どちらかの爆発によって容易くその均衡を崩すだろう。

 そしてその勢いはそのまま、美堂一家の絆という名のダムを決壊させかねない。


 私は一旦観音寺にアワビをあげに行く。


「観音寺、お前はどう思う?」


 上から降ってくるアワビを器用に触手で絡め取る観音寺は、我関せず。


「美堂家が崩壊したら私らの居候先も無くなるんだぞ?」


 今がいかに危機的状況なのかを説明してやるけど、観音寺には関係のない話か…

 何故か体色を赤く変化させ不機嫌そうな観音寺。もしかしてアワビ嫌い?


「……お父さん、お母さん…もうやめてよ。大人げない…子供みたいな喧嘩しないで」


 陽菜が愛する両親の離れていく心を必死に繋ぎ止めようとするも、両者の間の亀裂は決定的か…


「……もう無理よね、私達」

「……そうかもな」


 そんなやり取りが私の中の忌まわしい記憶も呼び覚ます。

 2人を見つめるお母さんの横顔を見つめる私の視線に気づいたのか、お母さんもチラリと私を見た。


 ……お父さんは突然消えた。うちではこんな感じの夫婦喧嘩はなかったけど…


 もしちゃんと話し合う場が設けられてたならこんなふうに醜く争っていたのかも。


 お母さんが何とか2人の仲の修復を試みる。


「落ち着いてください2人とも…冷静に話し合いましょう?ひとつずつ解決していきませんか?どちらにも至らない所があったんだと思います」

「……至らない所?私に?この人じゃなくて?話し合い聞いてました?奥さん。私はずっと我慢してたんです。悪いのはこの男でしょ?」

「そもそも、お前が何を我慢するんだ!?家に居てもどーせ食っちゃ寝してるだけだろ!?」

「……なに?」

「なんだよ?」

「……会社で働いてるのがそんなに偉いわけ?家のことするのが私の仕事なの」

「じゃあ文句言わずにやれよ。俺は自分の仕事に文句言ったことなんてないぞ」

「……あなたが私の負担を増やすからそれについて文句言って、何が悪いの?」

「だからその負担ってのはなんなんだ!?」

「……今…言ったでしょ!?!?」


「お父さんお母さんやめて!!」と、陽菜が聞いた事もない声を出した。

 娘の懇願にようやく我に返った夫妻だけど、それで何かが解決した訳ではない。この場では矛を収めたにすぎない。


「……奥さん、旦那さん…娘さんの前でやめましょう」


 隣の陽菜の肩を抱くお母さんが訴える。


「夫婦生活はお互いの我慢と、感謝の気持ちです。旦那さんも毎日大変なお仕事を頑張ってるんです。奥さんはそれを理解しましょう?旦那さんも、奥さんも大変だと理解してください」

「……大変にしてるの、半分はあなた達なんだけど」


 陽菜ママ痛恨の一撃にお母さんの表情に迷いが…「私が仲裁する資格あるのか?」みたいな顔が一瞬見えた。

 それでも折れないのが我が母、志乃。


「話し合って、お互い協力出来ることは協力して、それで……」

「……そもそも、仕事が大変とか言ってますけどね?この男、仕事だって言ってただお酒飲んでただけなんですよ?」

「……だから酒飲むのも仕事なんだよ!!」

「……いい仕事ですこと!」

「お前らを食わせてやる為にこっちは必死なんだぞ!?居候のせいで要らん生活費もかかってるんだ!!」


 またしても桐屋家にダイレクトアタックだ。これはまず私ら一家が土下座しなければならないのでは?


 度重なる攻撃にうちのお母さんのメンタルは折れた。「……なんか、すみません」ってボソボソ言ってる。


 これはいけない。


「……もう離婚ね」

「そうだな」

「……お父さん、お母さんっ」


 マジでいけない。


「まぁまぁご両人」


 お母さんは役に立たないのでここは私が…


「……蘭子、なんとかして」


 縋る親友に「任せろ」とウインクして私は2人に提案する。


「今2人は感情的になってるんだよ。ここは一旦冷静になって、本当に離婚してしまっていいのか、考えよう」

「……いいの」

「もう決めたんだ、蘭子ちゃん」

「だから、その決め方が良くない。今2人は冷静じゃない」

「じゃあどうやって決めるんだ?」


 陽菜パパが問いかけてくる。中学生と高校生の狭間を彷徨う少女に決断を委ねてくる情けない一児のパパに、この桐屋蘭子が策を授けよう。


「公正なジャッジが必要だ」






 私が用意したのは100均とかに売ってるなんか…梅酒とか浸けてそうな透明の容器、2つ。

 それにそれぞれ、「離婚」と「ギスギスしながらも共同生活」と書き込む。


「……ギスギスしながらはちょっと…」


 陽菜が注文をつけてくるが無視だ。


 私はそれを我が家のペット、観音寺の水槽に入れた。


「……何がしたいの?」


 よくぞ訊いてくれました、陽菜ママ。


「観音寺に決めてもらいます」

「……蘭子、やめて。タコよ?」

「陽菜、タコってのは地球上最も賢い軟体動物なんだ。このリビングで美堂家の生活を見つめてた観音寺なら相応しいジャッジをしてくれる。観音寺が入った方の容器が、答えです」

「……蘭子、私は離婚を止めてってお願いしてるの。どうするか決めろなんて言ってない」

「心配するな陽菜、ギスギスしながら共同生活の容器の方には観音寺の大好物のエビの匂いを染み込ませてある。観音寺はそっちに入る(ボソボソ)」

「……(汗)」


 ご両人よろしいか?と問いかけると、2人はくだらなそうにしながらも「離婚に決まったらもう口出ししないでね?」と陽菜ママが同意。陽菜パパも無言で見守ってる。


 さぁ……刻限だ。


「いけ、観音寺。ほら」


 水槽を叩いて奥でタコ踊りしてる観音寺を刺激すると、私の指に興味を示した観音寺がぬるりと動き出す。

 体色を変化させながらうねうねと水槽内を動き回る観音寺が、突然現れた2つの異物に気づいた。


 それぞれを観察するように容器の周りを動き回り……


 ……大丈夫だ。きっとエビの匂いが染み込んだ方に行く…


 え?タコに嗅覚あるのかって?タコは吸盤で匂いとか味を感じ取れるんだ。


 うねうね……



 …………が、観音寺が入ったのは離婚の方だった。


「なっ……なにぃっ!?」

「……蘭子っ!!」


 はっ!?離婚の容器の中に何か入ってる…!さっきのアワビの欠片かっ!?容器を入れる時に水に乗って入り込んだのか!?


 匂いより現物……現金なタコ野郎は私の奇策を全て水泡に帰した。


「……決まりね」

「ああ」


 ********************


「……ぐすっ…蘭子あんた…どうしてくれんのよ…」


 部屋の中でうずくまる陽菜。かつて見た事もないくらいに憔悴してる。15歳の少女に両親の離婚は重すぎる…


「…………なんかごめん」


 とりあえず謝っとく。観音寺は後でたこ焼きにしてケジメ取るから…


 何が起きてるのか分からないこーちゃんが陽菜の頭を撫でて慰めてると、部屋の扉が開いた。


 現れたのは陽菜ママだ。


「……陽菜、お父さんとお母さん、どっちと暮らす?」


 出た。ドラマとかでよく聞くアレだ。

 傷心故答えられない陽菜に代わりこの桐屋蘭子が一言言わせてもらおう。


「お金持ってる方で」

「……あなたに訊いてるんじゃないわよ蘭子ちゃん」

「……2人ともどうかしてるよ」


 愛娘からの非難を受けて流石に心が傷んだか…陽菜ママの表情にも怒り以外の感情が灯る。でも、その薄暗い灯りじゃ美堂家の未来を照らすには足りないみたい。


「……どっちに着いて行っても苦しい思いはさせないわ。お金の心配もない。あなたがいい方を決めなさい」

「……うぅ…」

「おばさん、今そんな話をするなんてあんまりじゃないですかね?陽菜の気持ちも考えてあげてよ」

「……分かってるわ。ゆっくり考えなさい。お母さん達は今から離婚届貰ってくるから…」

「……本気なの!?お母さんっ!!」


 縋るような陽菜の(死んでる)眼差しに陽菜ママは無情にも「……決めたことなの。大人には大人の事情があるのよ」と一言。


 大人の事情……なんて嫌な言葉だ。子供を守らなきゃならない大人が自分達の都合を押し付けてくるなんて。私達は自分一人じゃ生きていけないし、自分の身も守れないってのに…


「おばさん……」

「……なに?蘭子ちゃん」

「4月10日に地球に巨大隕石が降ってくる」


 私のやるべき事は美堂家の空中分解を防ぐこと。親友の為…

 子供にも子供の事情ってのがあんのよ。


「……何を言ってるの?」

「……蘭子」

「地球が終わるまで今日を入れてもあと24日しかない…それなのに離婚するの?」


 なんだ…その可哀想な子を見る目は…


「……地球は終わらないから大丈夫よ、蘭子ちゃん」

「言いきれんの?絶対、絶っっ対に隕石なんて落ちてこないって。根拠は?」

「……じゃあ隕石が落ちてくる根拠は?」

「…………私が予知しました」

「……じゃあお母さんは役所に行くわね」


 全く相手にされないんですけど…


「……お母さん、蘭子の目を見て」


 見るに堪えないくらい死んでる目の陽菜が陽菜ママに訴えかける。思わず振り返る陽菜ママに陽菜が言うのだ。


「……これが嘘をついてる目?」


 分かったぜ陽菜。蘭子、渾身のつぶらな瞳。


「(`◉ω◉´)」

「……」

「(`◎ω◎´)」

「……(汗)」

「おばさん、地球終わんのに、離婚すんの?残された人生、娘に大きな傷を負わせたまま、終わらせんの?(`◎ω◎´)」

「…………例え地球が終わるとしてもそれとこれとは関係ありません」


 ……高校生(予定)の決意の眼差しが通じない?

 この女……っ!美堂家は母娘揃って眼球が死んで機能しないと言うのか!?


 部屋を立ち去ろうとしてる陽菜ママ。このまま行かせてはならないっ!!


「あのさ!!ホントにいいの!?急いては事を仕損じるって言うよ!?」

「……善は急げとも言うわ」

「……お母さんっ」

「……陽菜、明日までに決めておきなさい」

「……やだよ」

「……陽菜も…大人になりなさい」


 そんな大人のなり方ってないぜ。


「ちょっとおばさん!いや!!グランドマザーっ!!」

「……グランドは余計よ」

「子供の事考えろってばっ!!私の家も離婚したけど……っ!!親が1人居なくなるってのが子供にとってどういう事か……っ!!それ考えた上で決めたっての!?」


 私の訴えに陽菜ママの目が一瞬揺れた。かき消えかけるロウソクの火のように。そのまま決意が消えてくれれば…

 が、この女は強情だった。


「…………それでもよ…」


 これは…………もうダメなのか…?


「……行ってくるわね」

「……お母さん…」


 陽菜も諦めの境地だ。悲しみを瞳に湛え、部屋を後にする陽菜ママの背中をただ見つめている。

 そんな陽菜ママに私がしつこく食い下がる。


「おばさんっ」

「……しつこいわよ、蘭子ちゃん。これは美堂家の問題--」

「今日土曜日だから役所休みじゃね?」

「………………」


 地球滅亡まで23日。それまで美堂家は持ちそうにない…

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