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76日目 私達もう無理ね

 3月17日金曜日…

 週末のチャイム。しかし春休み中の乙女達には関係のない話。

 そんな昨今……


「……おねえちゃんがてれびこわしたから、てれびみれない」

「……新しいテレビはお父さんのボーナスが入るまで買えないんだ」


 なんだか仲良しになってしまった陽菜とこーちゃんが観音寺にアサリをあげてるのを見つめながら、桐屋蘭子は朝一番に出立の準備。


「今日も出かけるの?忙しないわね。ご飯は要るの?」


 愛すべき母、志乃からの問いかけに私は舌を出してこう答えるんだ。


「あっかんべーっ」

「……(怒)」


 今日はタダ飯を食える日なんだ。

 なぜなら…Y〇utube動画の撮影日なので。







「……この間の動画は昨日編集が終わって、今日の夜8時にアップされます」

「よくやった孫」


 忘ヶ崎駅前に集結したY〇utuberグループ『キリヤランコの炎上飯』

 メンバーはこの桐屋蘭子と孫、そしてカンパルノ妹だ。


 新たなる出発を迎えた私ら3人は今日、2本目の動画を撮るべくこうして集っていた。


「……マイプリンセス。僕から相談があるんだけど…」

「なにさ」

「チャンネル名変えない?」


 リーダーに不遜にもそんな提案をしてくるカンパルノ妹。私は渋面を浮かべる。


「……このチャンネルのリーダーは私、編集は孫。そしてお前は財務大臣だ。リーダーの名前を冠するのは当然」

「待ってくれマイプリンセス。財務大臣?」

「というか、グルメ系チャンネルで方針は決定なのですか?」


 当たり前だろ?

 私は考えた。

 家がぶち壊れて借金まみれな桐屋家で満足な栄養補給は絶望的。ならばどうする?

 金持ちなカンパルノ妹に奢ってもらえばいい。動画の為だと言えば言い訳も立つだろ?

 しかもあれだ。動画での食費ってのは経費で落とせるんだろ?かくてーしんこく?で。

 サイコーじゃないか。


「私達は日本のオイシイを届ける。どーゆーあんだーすたんど?」

「……まぁ、方針が固まるまではそれで行きますか…」

「僕の渋谷ナンパチャレンジは?」

「一人でやってろ……で、だ。今日行く場所は決まってるから、オープニング撮るぞ」



 ……そういえばオープニングの挨拶とか、決めてねーな。

 まぁそれも追々でいいか…


「へいゆー!べいびー!?キリヤランコの炎上飯へよーこそ!今日はねー!検証動画だぜ!」

「どうも、孫です」

「カンパルノ妹だよ!……ねぇ待って?カンパルノ妹より、別の名前考えた方がいいかな?」


 グダグダ。


「黙れ、退け。私が喋ったんの」

「何を検証するんだい?マイプリンセス」

「みんな知ってるだろ?『オキサンキッチン』」


 オキサンキッチンとは、関東圏で絶大なシェアを誇るレストランチェーンだ。経営は株式会社オキサンフーズ。代表取締役は沖とかいう人。


 ……そう、雅のお父さんだっ!!


「オキサンキッチンの定番メニューの和牛100%ハンバーグ…高級和牛オンリーって謳い文句のあれ、実は8割方やっすい豚肉使ってるって話…知ってる?」

「え?そうなの?」

「知らないです」

「検証していきましょう!」


 ……そんな噂はないけど、高級和牛ハンバーグを食べる為に致し方ないよね。


 *********************


 オキサンキッチン忘ヶ崎店。

 オキサンキッチンは和洋中色んなメニューを提供してるレストランチェーンだ。

 そこの看板商品が高級和牛100%ハンバーグなんだけど…

 お手頃価格で高級和牛ハンバーグを提供してるらしい。さわやかのげんこつハンバーグと双璧を成すハンバーグ・キング…


 お手頃価格といえど私の財布には厳しいので、今回は動画の為という名目で頂きにあがりました。



「いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ!」


 ウエイトレスの笑顔が眩しい……


 オキサンキッチンは最高のサービスを提供してくれるってホームページに書いてた。その為だろうか?ファミレスでロボットが走り回る昨今でもウエイトレスさんがちゃんと接客してくれるのは…


 着席。


「……あの、動画撮ってもいいですか?」

「え?動画?」


 孫が取材交渉。


「お姉さん…いや、マイプリンセス、綺麗ですね。良かったら一緒に食べませんか?」


 カンパルノ妹がそれを邪魔する。


「……えーっと…どういう動画ですか?」

「ここの和牛100%ハンバーグが本当に--」

「黙れ孫!!いや、ホームビデオ的なやつです。はい。友達に見せるんで…」


 まぁご自由に、との事だった。


「……孫、バカヤロウ。あんな事言ったら撮るなって言われるに決まってんじゃん」

「……でも嘘はまずくないですか?後で訴えられたら…」

「ここの社長の娘と友達だから大丈夫なの!!」

「え?そうなんですか!?」


 なんて言ってたら……


「お待たせ致しました。和牛100%ハンバーグでございます」


 じゅんじゅわー


「鉄板が熱いのでお気をつけください」

「……おぉぉ」

「ごくり……」

「孫、インサート撮って」


 インサートってのは商品単品の紹介写真…的なやつ。カンパルノ妹調べ。


 なかなか美味そうじゃないか…これが和牛100%の力……高級和牛のハンバーグが250グラム1,150円で食べれちゃうなんて…


「では検証していこう。でもマイプリンセス、どうやって検証するんだい?」

「まずはメニュー表の記載をチェックしましょう」


 孫がメニュー表を開いてカメラに向けてる。こいつら……目の前の肉汁滴るハンバーグを前に何を悠長な……


「……書いてませんね。原材料名」

「知らねーのか、加工食品とかと違ってレストランのメニューの原材料は表記する義務はないんだよ」

「マイプリンセス、詳しいね」


 雅が言ってた。


「でも商品名に和牛と付いてるので、和牛なのでしょう」

「食べれば分かる」


 この桐屋蘭子、毛ガニとカニカマの違いが分からない女だが…こと肉となればその味覚はソムリエ並の敏感さを発揮する。

 てか、噂はでっちあげなので和牛なんだろ?



 では実食。

 ナイフを肉にぶち込むと程よい弾力と共に肉汁の洪水が鉄板を襲う。唾液を分泌させる野性的な香りがテーブルに広がった。

 一切れフォークで持ち上げたら、その重量感に驚きを隠せない。まるで金の様な重さだ。


 詰まってる……たっぷり詰まってる。


 この感動を視聴者に伝えなければ……


「…………重い」

「肉々しいね」

「ではいただきます」


 実食。


 口の中に広がる肉汁。そして予感を裏切らない肉の密度。口の中に高級和牛が溢れ返る。

 濃厚な肉の旨み、しつこくないあっさりとした、それでいて確かな旨みのある肉汁。ワイルドな肉の旨みと特製ソースが調和してる。

 喉を通り抜けるその瞬間まで存在感がある。肉の旨みの後にオニオンソースの野菜の甘さが口の中の余韻に彩りを加えてくれた。


 この感動。どう言葉を尽くして視聴者に伝えようか……


「……ウマイ」

「美味しい」

「お肉の味がします」


 カメラの返しに映った自分の顔は、例えるなら宝石ジュエルミートを口にしたト〇コのような顔をしてた。


 だって高級和牛だもん。


「……でも、豚か牛かは分からないね」


 黙れカンパルノ妹。牛なんだよこれは。


「……確かに、挽肉になってしまっては分かりにくいところはありますもんね。これでは検証になりません」


 いいんだよ孫。飯食いに来ただけなんだから。


「……DNA鑑定しますか」


 孫がカメラに向かってそんな事を言った。

 なんだって?


「……なぜ?」

「DNA鑑定すれば肉が牛か豚か分かるでしょ?」

「流石孫、頭いいね!じゃあ一欠片持って帰ろう」

「待った……鑑定料誰が払うんだよ」


 私の問いかけに「僕が出すよ」と即決したカンパルノ妹の目は完全にY〇utuberのものだった。


 *********************


 鑑定結果は3日くらいで出るんだって。あと、何のために検査するのか色々訊かれた。保健所の人ですって言ったら信じたから多分、あの人達はバカだ。


 さて……


「ただいまー」


 美味しいご飯を食べて帰宅。お腹に幸せを詰めたまま美堂家に帰ってきた私を出迎えたのは…


「ふざけないでよっ!!」


 ヒュンッ


 顔の横スレスレを飛ぶガラスのコップ。

 ヒステリックな怒声と共に飛んできたそれは玄関ドアにぶち当たって四散する。あろうことかその破片が背後から襲いかかってきた。

 しかし桐屋蘭子、死角からの攻撃にも華麗に対応。美しいバク転で飛び散る破片を回避。


 ……したと思ったら前からテレビ(先日殉職)のリモコンが飛んできた。


「なにっ!?」


 ゴチンッ!!


 直撃。プラスチックの礫が無情にも額を弾いてた。目の前で散る火花。白くなる視界。

 涙目になりながら誰が犯人なのかを探る。

 答えはすぐに見つかった。


「いっつもいっつも自分勝手でっ!!ふざけないでっ!!私の苦労も知らないでっ!!」

「いい加減にしろ!!毎日八つ当たりやがって!俺が何したってんだっ!?」

「出てって!!」

「なんだと!?」

「出てってよっ!!!!」


 陽菜パパとママがリビングで壮絶なブレイキ〇グダウンしてた。


 部屋の隅っこで震える陽菜……と、観音寺用のエビを剥いてるこーちゃん。


 私は思わず声をあげていた。


「こーちゃん、タコさんにもカルシウム必要だから殻ごとあげてね」

「でも、から、かたいよ?」

「タコさんの口は硬いから大丈夫だよ」


 ……ん?軟体動物にカルシウムって要るの?


「……蘭子、そんな場合じゃないから。早く止めてっ」


 陽菜が縋りついてくる。縋りつかれたら蹴飛ばさずには居られない令和の金色夜叉、桐屋蘭子はそんな陽菜を文字通り一蹴。

 理不尽に悶える陽菜の腐った目から腐乱汁が…


 ……で?何事?


「奥さん、旦那。一旦落ち着きましょうや…え?何があったのかお姉さんに話してみ?」

「……蘭子ちゃんには関係ない話だ」


 取り付く島もない陽菜パパに対して陽菜ママは興奮そのままに声を荒らげる。


「残業残業って嘘ついて同僚と毎晩飲み歩いてたのよっ!!どうせいかがわしい店にでも行ってたんでしょ!?」

「なんだと!?」

「ふざけないで!散財して…誰が家計のやり繰りしてると思ってるの!?」

「稼いでるのは俺だっ!!お前こそ…誰の金で飯食ってんだっ!!」


 ……うわぁ。

 陽菜同様生気のない目をしてる陽菜ママ、この時ばかりは目を真っ赤にしてぎょろりと剥き、愛したはずの旦那を睨みつけてる。それは致命的な亀裂が生じたことを誰の目にも分からせた。


「もう無理……限界…」

「俺だって……」


 互いに項垂れ、重たいため息と共に愚痴を吐き出す。いやそれは、愚痴なんて生易しいものじゃなくて……


「……別れましょ」

「ああ、離婚だ」


 破滅への致命的な一歩を踏み出すスターターピストルの銃声だったのだ。


 地球滅亡まであと24日、美堂家空中分解まであと30秒…

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