69日目 終わりの始まり
…なんだか目覚めの悪い朝。
ついこの前まで布団から指先を出しただけで身震いする寒さだった気がする。でももう少し暖かい。
冬用の布団を頭まで被れば汗ばむ陽気の中、本日も晴天。
3月10日、金曜日。
幾日ぶりかに制服に袖を通す。そして、これが最後になる。
珍しく陽菜より早起きなのは浮かれてるからではない。
桐屋蘭子、中学生活最後の日。イマイチな朝。
原因は昨日のアレ。
過去を引きずるタイプではない女、桐屋蘭子。私にとっては3分前ですら過去。
でも今の私は全ての時空を超越せし『Agの鍵』なんだよね。
…だから?
「…いつものノリだったんだけどなこっちは…まさかガチ泣かれるとは…」
カンパルノ妹はいつも私達には下手に出てた。
自分はイケメンである、という部分にアイデンティティを依存してたであろう彼女はイケメンとは女子に優しいもの、という固定観念で生きていて、それを実行してた。
そんなアイデンティティを持ってしても満たされなかった、姉へのコンプレックス。
Y〇utubeがうんたらって時、カンパルノ妹はいつも余裕が無さそうで…焦ってて…
何者かになりたいというカンパルノ妹の切実な願いは、傍目から見るより強烈で…
……本当にそれだけだろうか?
……いけないいけない。
シリアスに悩むなんて蘭子ちゃんらしくないですよ。私は思考を切り替えて、まず床で寝転げる腐った魚の目を蹴り飛ばすところから始めた。
「おらぁ!」
「ごふっ!?」
何しても怒らない。というかもはや諦められている…
この関係が陽菜と私の関係で、この関係が楽。
故に陽菜は私に何をされても怒りも失望もしないし、私には容赦なく仕返しする。
そんな甘えた人間関係に私は肩までズッポリなんだよね。
「……ぐぐっ…な、に……蘭子…痛い…助けて…苦し…」
「そんなに強く蹴ってねーよ。起きろ!今日が何の日か忘れたかっ!?今日は卒業式だっっ!!」
*********************
--卒業式。
それは別れと新たなる出会いの始まりの儀式。
晴れ渡る青空。
校門の前に立ち塞がる下級生。その手には怪しげな花…
「ご卒業おめでとうございますっ」
「何がめでたいってのよっ!!」
「ビクッ!?」
「……そんなに先輩が消えるのが嬉しい?」
「……あ、いえ……その…」
「あんた、住所教えなさいよ」
「え…?」
「あんたの家に押しかけて、住み着いてやるんだから…教えなさいよっ!!早くっ!!」
「……蘭子、蘭子。最後まで頭おかしい事してないでよ」
「ガタガタガタガタ…あの…コサージュ…」
「コーンポタージュ?(怒)」
「……蘭子」
…やっぱり桐屋蘭子はこうでなくっちゃね♪
いつも通りのはずなのにいつもと違って見える教室…
「蘭子、陽菜」
「あ、おかんだ。陽菜、おかんが来た」
「……おかん、おはよう」
「蘭子、全くあんたと居ると大変な目にばっかり遭うわね。おかげでパンケーキ食べそびれた」
「おかん。あれは私のせいじゃない。白浜のせいだから…」
いつも通りのはずなのに、友達の顔もなんだか…いややっぱり同じか…変わり映えのしねー顔してやがる……
「おはよう桐屋さん」
「あっ風花さんだ。久しぶり。元気してた?私?死にかけてた」
「相変わらずだね。ん?何かあった?」
どきりっ
「えっ?…わ、分かる……?」
「なんとなく…いつもより顔が崩れてない気がしてね」
「え?ひどい…実はさ……」
「……うん」
「……推しのY〇utuber、出来ちゃって……」
「へぇ、どんな?」
「セクシー姉妹の日常ってチャンネルの、みーたんとうーたん」
「……相変わらず変なの見てるね」
いつも通りの光景…数日ぶりに会う同級生でも、いつも通り。記憶の中のままだ。
「おはようございます桐屋さん」
「誰だてめー」
「えっ…委員長です(悲)」
「記憶にございません」
3年間で培った距離感がそこにある。
そして…また新しく作っていかなきゃいけない。
…新しい学校で、新しい人間関係が出来て…
でもそれもあと数十日でおしまいなんだって。
「……卒業文集だって、蘭子、おかん、何書いた?」
「いかにカレーパンが至高の料理なのかについて記したわよ」
「蘭子のはね…すげーぞ。暗号を仕込んである。解読すると御嶽原のとっておきの秘密が明かされる!」
「……原さんに手出してることでしょ?」
「みんな知ってるわよ?」
……いつも通りのはずなのに『終わり』ってものを意識しただけでなんだか違って見えたりするもので……
これが寂しいって事なのかもしれない。
どうして急にこんならしくない事考えてるんだろうか?
こんな事を考えてしまうのも、地球の最後を予知しちゃったからなのかもしれない……
卒業式っていう終わりが地球滅亡っていう大きな終わりと頭の中で勝手に結びついてる。
なんだかセンチメンタル。
いつもの私らしくない今日。
……つまんない事考えるようになったな、私。
まだ少しだけ私の人生は続くのに。
みんなとのお別れはまだ少し先……
……つまんない事考えるようになったな、私。
『いま別れの時〜♪』
「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええんっ!!(涙)」
とりあえず泣いとこう。
てかこの合唱の歌、予餞会の時と同じじゃね?
ネタ切れか?ふざけんな。
「……ま、まぁ、卒業式ですし?今日くらいは泣かせてやりましょうか、ね?教頭」「そうですね……節度ある号泣ならまぁ…」
「みんなぁぁぁぁっ!!ありがどぉぉぉぉっ!!アリィィィィナァァァァッ!!(涙)」
「……」「……」
「最後のアンコールだぁぁっ!!盛り上がってるかぁぁぁぁぁっ!!おまえらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「桐屋ぁ!!」「そこまでだっ!!来いお前はっ!!」
結局つまみ出されて式に最後まで参加できんかった。
卒業証書を校長室で受け取る卒業式…ひとりぼっちの授与式。
「ふぉっふぉっ…卒業おめでとう」
「はぁっはぁぅっ……校長……私校長と別れたくないよぉぉぉっ」
「ふぉっふぉっ」
推しから渡される卒業証書。
「留年するぅぅぅ(涙)」
「ふぉっふぉっ」
……いと、エモし。
*********************
桜……はまだ咲いてないや。
他人の卒アルの最後の謎の空白のページに落書きをするという蛮行を働き、逃亡。
ちなみに私のページにも陽菜とかおかんとかが落書きしようと襲いかかってきたけど、死守した。ざまぁみろ。
卒業式が終わって校門前でみんなで写真を撮って、解散。
わざわざ私の勇姿を見に来ていた我が愛しき家族を迎え家路に着きます。
「おねえちゃん、なんでとちゅうできえたの?」
「こーちゃん……ごめんよ。お姉ちゃんのかっこいいところもっと見せたかったんだけど…ヨヨヨ」
「……蘭子あんたさ…泣き方クソキモかったわ」
家路と言ってもそれは美堂家への家路じゃない。
実に1ヶ月ぶりくらいになる懐かしい家路を歩き、私ら3人は並んであの場所に帰ってきた。
屋根と壁の一部が吹き飛んだ我が家…………と半壊した松浦さん家。
懐かしき我が家……だった家である。
「……まだあんまり出来てないね」
私が家を見上げて呟く。
立て直し工事中の我が家…というか松浦さん家はまだ骨組みが出来上がっただけ、って感じだった。
お母さんが命を削る覚悟で作った借金で賄った修繕費。まさに桐屋家の命銭を消化して我が家(というか主に松浦さん家)は生まれ変わりつつある。
「……うちはぜんぜんなおってないね」
と、こーちゃんがしょんぼりしてる。誰だ、こーちゃんをしょんぼりさせる奴は…(怒)
「それにしてもこんな……っ!家を吹き飛ばすなんて許せないっ!!」
「あんたよ」
「お母さん……なんでうちより松浦さん家の方が進んでんの?」
「他人様の家だからでしょーが。あっちが優先なのよ」
「……イミワカンナイ。なんで私らが借金してまで松浦さん家直さなきゃなんねーの?」
「記憶喪失か?あんたが、吹き飛ばしたの」
せいぜい噛み締めなさい、と母が悪鬼のような一言をぶつけてくるので、とりあえず現場の隅に転がってた角材を噛み締めようとこーちゃんと向かったら、親方みたいな人に鉋片手に追いかけ回された。
後に聞いた話ではあの人親方じゃなくてウー〇ーイーツの人だって。
?
卒業式が終わってそのまま来たからまだお昼。
私もこーちゃんも腹の虫が鳴りまくってるにも関わらず「少し歩くぞ」と、子供を虐待する母に連れられて……
「おねえちゃん…おなかすいた」
「このままじゃ私達捨てられる。隙を見てお母さんの後頭部に一撃入れるんだよ」
「うん」
「うん、じゃない。お弁当持ってきてるから、裏山の高台公園で食べよ」
高台公園とは!
神社の裏山にあるちょっと高台になってるとこにある公園とは名ばかりのただの広場である!それでも近年、元気っ子達の遊び場として熱い注目を浴びているスポットなのだっ!!
「たかだいこうえん!!」
これにはこーちゃんのテンションもマックス。
……だったのも数分前の話で、公園に登るまでの石段の途中で力尽きたこーちゃんはお母さんの体重にプラスされてた。
正月の時は登りきれてたのに……
年々キツくなる階段。それでも登りきった先には汗と共に流した苦労でしか味わえない景色がある。
「やったぁー!蘭子いっちばーんっ!!」
「蘭子……はぁ…あんたも…こーちゃん半分持ちなさい」
「半分ってなんだよ」
ここから見える空は広く感じる。毎日歩く町並みは遠く小さくて、その先も見える。世界はまだまだ、私の生きてる場所よりずっと遠くまで続いてる……
そう思わせてくれる。
私はここから眺める町の景色が好きだ。
ブルーシートを敷いて、母手製の弁当箱を広げて、こーちゃんを膝に抱いて…
「……なんで急にピクニック?」
「おねえちゃん、ぴくにっく、きらい?」
「もぐもぐ…こーちゃんが久しぶりに行きたいって言ったから。高台公園」
「にゃんだぁ♡かぁわいいねぇっ♡」
「こーちゃん、かわいい。からあげちょーだい」
「これはお姉ちゃんが育ててた唐揚げだからダメ」
「けち」
…ブルーシートの上のスマホが着信を告げてる。なんかクラスのみんなで卒業式の打ち上げするらしい。卒業式の打ち上げってなんだ?
そのお誘いらしいけど、生憎今日は気分じゃない。
……てか、制服汚れてんだけど。
「ちょっと、制服に土が…これフリマアプリで売ろうと思ってたのに……」
「冗談じゃないわよ。そんなボロい金儲け成立させてたまるもんですか。そんなんだったらお母さんだってパンプス売るわ」
「誰がおめーのパンプス買うんだよ」
「もぐもぐ……ところでさー、蘭子…なんかあった?」
……?
「なんか……クラスメイトにも同じ事訊かれたんだけど、今日の私、なんか変なわけ?」
「別に…もぐもぐ。いつもより顔の造形が綺麗だからね……」
「さてはおねえちゃん。けさは、かおをあらったな」
まったくやめて欲しいね……
冷めた唐揚げの脂が口の中に広がってく。保冷剤入りの保冷バッグの中に包まれてたお弁当のおにぎりはお米がカチカチだ。
おにぎりは温かい方がいいな……なんて思いながら……
--4月10日に隕石が落ちてくる。
この町に……
私はここで、それを見る。
あの予知夢の光景を目の前の青空に重ねながら……
家族と過ごす、珍しく何事もない、そんな緩やかな時間の流れの中で…………
地球滅亡まであと、31日…




