67日目 JCにとってパンケーキは酸素
3月8日水曜日。8日だから角田光代先生の「八日目の蝉」を映画で観てる。そんな朝…
『その子はまだご飯を食べてません』
「ぐすっ…泣ける…へぇぶしょいっ!!」
桐屋蘭子15歳。春の訪れが連れて来た花粉だろうか?今朝からくしゃみが止まらない。
あとなんか体がだるい。
「げほっ!!ごほっ!!」
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「ずずず…っ平気だよこーちゃん。こーちゃんは優しいねぇ♡もうだぁれにも渡さないんだからぁ♡」
あと咳も出る。
そんな今日。
昨日は酷い1日でした。
変態一家にこーちゃんを寄越せと詰められて、こーちゃん泣かされて、白浜からゲロ吐きかけられて…
あの後ゲロを噴射した白浜は病院に運ばれて行った。二度と出てこないでほしいと思った。
これで婚約の話も流れるといいな。
「こーちゃん?こーちゃんはあのお姉さんと結婚しないよね?」
「…しない」
可哀想にこーちゃん。よっぽど怖かったんだね。
「こーちゃんは一生、お姉ちゃんと暮らすよね?」
「くらす」
いい子だ…
さて、朝の5時から感動巨編を観てたらのっそのっそと美堂家の一人娘、陽菜が登場だ。
なんだか知らんけど余所行きの服を着てやがる。
「おはよう腐った魚の目。どっか行くの?」
「……おはよう。こーちゃんくん、結婚するんだって?」
「しないもんっ!」
「口を慎めよ?ラスラパ〇ネ。こーちゃんはずっっと私と暮らすんだい(怒)」
「……ラ、ラスラパ〇ネ?」
ラスラパ〇ネとはバ〇オハザードシリーズに登場するみんなのトラウマだ。ちなみに…私の初恋の人でもある。
で?ベッドと共同体のお前が一体どこに出かけるんだよ。あ?
「てめーどこ行くんだよ」
「……おかんが高校受験合格祝いで、美味しいパンケーキ奢ってくれるんだって」
「なんだって…っ!?」
それならそうと言ってくれればいいじゃねーかっ!!私はお気に入りのTシャツ、スパイシーピンキーをスウェットのズボンから引っ張り出す。
「……なんでそんなとこにTシャツ入れてるの?」
「蘭子も行く。私もタダでパンケーキ食う!」
「……えぇ?昨日は行かないって言ったのに……というか蘭子、財布落としたんだよね?」
「言ってねーしパンケーキタダだし」
「……忘ヶ崎だから電車よ?電車賃あるの?」
「陽菜が居るじゃん」
「……え?」
「え?」
********************
忘ヶ崎駅…それはどっちが都心に近いのか埼玉県民とマウントを取り合う千葉県民、それも千葉の外れに住まうJC御用達の地方都市なのである。
「……蘭子、私…所持金が1,500円しかないの」
「ないわ。いい歳してそれは」
「……なんでかって言うとね…蘭子が勝手に私のお金使うからよ?」
「……?だってそこらに置いてあんだもん。財布が」
「……私の家だもん」
「今は蘭子の家だけど?」
忘ヶ崎のなんでか知らんけどフルチンのおっさんの像の下、相撲取りと見紛う巨体で千葉県の面積を侵食する女子--阿部波圭。通称おかんが居た。
「おかぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「蘭子、なんか久しぶ--」
「げほっ!!おぇっへんっ!!」
「ちょっとやだ……っ!?目の前で飛沫飛ばさないでっ!!」
やだなぁ……なんだか体調が優れない。
こんなんでパンケーキ23枚食べれんのか?
「……蘭子、具合悪いんじゃない?今朝から咳とくしゃみがすごいよ?」
「無理しないで休んだら?卒業式も近いんだし」
「その手には乗らねーぜ陽菜、おかん。そうやってパンケーキを二人占めするつもりだろ?そうはいかない。私、這ってでもついて行くから」
「知らないわよ?」とか言いつつハンカチをくれるおかんの優しさに鼻水をぶちまけつつ……
私達は今日、オシャンティなケーキ屋さんに。
なんでもここが今日、タダでパンケーキを食わせてくれる店らしい。
「……ここ、最近出来たばっかのとこでしょ?おかん、私気になってたの」
「陽菜がそう言ってたの、覚えてたからねー。今日は奢りよ?3人とも受験頑張ったという事で!ここのパンケーキは絶品らしいから!」
誰よりも高カロリースイーツを楽しみにしてそうなおかん。
「でもいいの?おかん、奢りとか言っちゃって…おかんだってさ?受験頑張ったのにそのうえ私達を一生食べさせてあげるだなんて…」
「言ってない。いいのよ。あの蘭子が勉強頑張ったんだもん。今日はお腹いっぱい食べなさい?」
おかんの優しい手が頭を撫でてくれる…脳が溶けていくのが分かるよ…
「へぶしょいっ!!」
「あっ!またっ!!」
「……蘭子、汚い」
さて、入店だ。
店内は木造の温かみのある造り。決して広くは無いけど隠れ家的なオシャレさを感じさせる、なんかデキる女が紅茶でも嗜んでそうなお店だった。
まだ出来たてほやほやだからか他に客の姿はない。
「いらっしゃいませ」
パティシェってやつ?随分若い小娘が出てきた。丸顔でたぬき顔…なんだか食べたくなるような顔をしてる。
「お前がてんちょーか?」
「あっはい…そうです。いらっしゃいませ」
「今日はタダで食わせてくれるそうだな?」
「……え?(汗)」
「ほら、蘭子。お店の人困らせるのはやめなさいっ」
おかんに連れられて私達は席へ…
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「今席に着いたのに決まってるわけねーだろぼけ」
「た、大変申し訳ございません(震)」
「……蘭子、店員さんに高圧的な人は嫌われるよ」
陽菜が実に為になることを教えてくれた。そういえば蓮司もなんだか店員に高圧的だったな…一緒に行ったファミレスのグラタンに3センチくらいのハエが入ってた時、ブチ切れてたっけ。
蓮司を反面教師にこの桐屋蘭子、淑女としての作法を実演する。
「おほほ……ごめんあそばせ?おほっ…こちらのお店出来たてほやほやなんですって?」
「……あっ、はい。そうなんです。ずっと自分のお店を開くのが夢で…こっちに出てきて専門学校出てお店で修行して…ようやく今年オープン出来ました。沢山借金もしちゃいましたけど……」
「ちなみに借金はお銀行から?ア〇ム?プ〇ミス?カウカウフ〇イナンス?」
「……いや…普通に銀行からの融資で…まぁちょっと……消費者金融からも借りましたど…(汗)」
「蘭子、もう大人しくしてなさいっ」
おかんがメニュー表を開く。
なるほど写真は美味そうだ。
「おかん、蘭子いちごショート食べたい」
「パンケーキだって言ってんでしょ?いちごショートはちょっと…高いっ」
奢るとか言っといてなんてケチくさだ。
「パンケーキは評判も良くて…当店自慢のおすすめ商品です」
だそうだ。
「…そこまで言うなら食ってやろうじゃんか。地球滅亡まであと34日。貴重な1ページに刻む価値があるか…見極めてやろう」
「……おかん、蘭子の終末論がいつまで経っても終わらないの」
「もうほっときなさい。とりあえずパンケーキ3つください」
注文を受けるだけで嬉しそうな店長が店の奥に消えていった。
奴の姿が消えたのを確認してから私は一言。
「…大して客も来て無さそうなのに評判がいいだってよ。ぷーっくすくすっ」
「……蘭子、もう黙って」
「それよりさ陽菜、おかん。私Y〇utube始めることにしたんだ」
「……え?おばさんあんなに反対してたのに?」
「反対された方が燃えるっしょ?」
「……蘭子、おばさんにそんな強気な態度取って……勝てるの?おばさんに」
「……」
陽菜がとっても怖いこと言うもんだから蘭子、おしっこちょっと漏れちゃったじゃない。
「地球滅亡とか言ってる割に色んなことするわよね、蘭子は……そんなの始めて、高校生活大丈夫?」
「へーきへーき。だって蘭子天才だもん。入試も受かったしね☆」
「……(直前で大慌てだったくせに)」「……(直前で泣きついてきたくせに)」
そういえばY〇utubeがウンタラカンタラってカンパルノ妹からなんか連絡が来てたような気が…
ま、いっか。
…なんて言ってるうちにパンケーキさんのご登場です。
「お待たせしました、パンケーキです」
「知ってますけど?パンケーキ頼んでんだからこっちは」
「蘭子、いちいち絡まないよ」
なんて注意しながらおかん、もう目がパンケーキに釘付けなのである。
パンケーキは豪華3段重ね。しかもホイップクリームとかイチゴとかさくらんぼとかが乗ってて、絶対3,000円以上するんだろうなって…
絶対自分の金では食いに来ないなって…
「…まぁ、映えるのは認めてやろう」
「ありがとうございます」
「ただね、私ゃね、こういう今風の?ゴテゴテした?パンケーキよりも、家で作ったようなペッラペラな上にバターが1つ乗ってるだけみたいな、ああいうパンケーキが好きなんだよね。なんて言うかさ…媚びてる?っての?こー言うの。そーいうの私、嫌いなんだよな」
「……あ、申し訳ございません( ´・ω・` )」
おかんにぶん殴られた。
「痛いっ!お母さんにも打たれたことないのにっ!!」
「失礼でしょ!?そんな事言うんだったら蘭子の分私が食べるからっ!!」
おかんは人に手を挙げるような人じゃない……
ただ、唯一食い物が絡むとおかんの人格は豹変する。
もはやただ食べたいだけのおかんが私の皿に手を出そうとするから、フォークを伸ばしてくる手にフォークをぶっ刺して阻止。
「痛いっ!?」
「させるかよ!私はな!!タダで食えるならどんなポリシーも無視して食う!!3段重ねフルーツ盛りパンケーキとか食い出がありそうだからそこは好き!!」
「……蘭子、おかん、美味しいよ」
乾杯もしないで陽菜がもう食ってる!!
「てめー(怒)」
「あの蘭子、痛いんだけど?私が悪かったからフォーク離してくれる?」
甘味ひとつでどこまでも修羅になれる…それが、乙女。
あわよくば陽菜のパンケーキも強奪しようと考えていた蘭子、激怒。
既に見透かしていたか…陽菜はいつも死んでるくせにこの時だけは野獣のような眼光を光らせていた。
「…あの、仲良く食べてください(汗)」
--店長の懇願も虚しく…皿で皿を洗う戦いが勃発しかけていたその時!!
「全員動くなっ!!」
突然感じのいいケーキ屋さんを襲撃したのは全身真っ白な格好の変質者集団だった。
白浜も居ないのに混沌が…っ!!
「なななっなんですかあなた達は!?」
店を守るべく前に出る店長。半泣きの店長なんて眼中に無いようにドカドカと中に入ってくる連中…よく見るとその白づくめの格好は防護服だ。
「桐屋蘭子は居るか?」
1人が私の名前を呼んだ。瞬間、陽菜とおかんの絶対零度の視線が突き刺さるけど、断じて私は何もしてない。とんだ濡れ衣だ。
私は無言で隣の陽菜の方を指差したら指折られたんだけど。ただその代償にパンケーキを1枚奪取!!
「桐屋蘭子さん、我々感染症センターの者です」
…なんて言ってる場合じゃなかった。
陽菜とおかんの絶対零度の眼差しが確信に変わる。
「わっ…私が何したって言うのよ!!」
「桐屋蘭子さん。あなたはオマエ・クタバルゾ菌感染症に罹患している恐れがあります」
なんだよそれ…
「なんスか?そのバカみたいな名前の病気」
「舐めてはいけません。致死率90%の恐るべき死病なのです」
「なんてこったい」
陽菜とおかんと店長が口と鼻を抑えながら後退。まるで自分が病原体にでもなったかのような扱いに心がひび割れた。友情も。
「私がそんな恐ろしい病気に罹ってるって言うわけ!?」
「……蘭子、大人しく病院行って」
「蘭子あなた…どおりで具合が悪そうだと…」
「シラナイ、ランコ、ソンナビョウキ、シラナイ」
「落ち着いてください」とセンターの奴は言う。
「実はあなたが昨日会った白浜玲美さん…彼女が感染していたのが分かったのです」
「Σ(゜д゜;)」
またあいつかっ!?
そういえば私あいつのゲロを浴びて……
「ガタガタガタガタ」
「今ご家族も国の感染症センターで検査を受けています。桐屋さんも…そしてご一緒の皆さんも」
「「「えっ!?」」」
狂気の死病が地球と共に滅亡するまであと33日…




