50日目 べんきょきゃいすりゃ!
2月19日日曜日。日曜日といえば?お休みである。
日曜日の起床時間は10時過ぎ。これは国会で新たに可決された法案だ。現内閣総理大臣の名前は知らないけれど、私達は惰眠を貪る事を許されている…
なのに私は7時過ぎに部屋の明かりに起こされた。桐屋蘭子、怒りの起床。
「くらぁ!!陽菜!!いやっ!!腐乱魚眼!!生気を失った瞳!!」
「おねえちゃん、おはよ。あさごはんだよ」
「……蘭子、朝からうるさい。勉強の邪魔」
何が勉強の邪魔だよコノヤロウ。ふざけんな。私の睡眠時間どう責任取ってくれんねん?
怒り狂う私に陽菜は「…蘭子」と呆れと憐れみと愛と哀しみを抱いた視線を向けてくる。この女まさか…無想転生を習得している!?
「…来週入試よ?あなた…そんな事で公立入試大丈夫なの?調子に乗って難関校志望しておいて…私立入試蹴ったんだからもう後がないの分かってる?」
「お前こそ分かっているのか…?お前もまた友情などという愚かなものに縋って滑り止め入試を蹴った事を…もう後はないぞ?」
「……だから今勉強してるの」
こんな奴は放っておこう。
スマホを弄りながら(画面バキバキ)こーちゃんと共にリビングへ…カンパルノ妹から「チャンネルの件どうなってますか?」って鬼みたいにメッセージが来てる。無視しよう。
「こーちゃん朝ごはんなに?」
「あんね。かがくへいき」
リビングの扉を開けると同時に飛び込んできた刺激臭!蘭子の鼻から分泌される大量の粘液!
粘膜直撃。喉まで死んだ。
「うぇ!?げほっ!!なにこれ…っ!!」
「おはよう蘭子、朝ごはんよ」
大借金を背負いながら日曜日はちゃっかり休む我が母が我が物顔で占領した美堂家のダイニングキッチンから劇物の香り…
そしてテーブルの周りで倒れ伏す美堂両親。
「おっ!おばさん!!おじさん!!」
「たいへんだ」
「こーちゃんタクシー呼んで!!」
「きゅうきゅうしゃじゃなくて?」
なんか「ゴフッ」て赤い液体を口から噴き出しながらピクピクするおじさんを抱き抱えたら急にシャツを掴まれたんだけど。まさにそれは死にゆく兵士が仲間に何かを伝える前のような…
「あ、シワになるから触らないで?」
「ら…んこちゃん…アレを…食べちゃダメだ…あと……娘を…たの……ゴフッ!!」
「いや娘さんの事はちょっと…あれ?おじさん!?おじさぁぁん!!」
一体なにが……っ!!
「蘭子、バカなことやってないで座りなさい」
この状況で冷静なバカヤロウ(母)がテーブルの上に何かを置いた。
それは恐ろしい赤い湯気立ち込める……
「カッ…プ麺!?」
「今日ちょっと朝ごはん面倒臭くて…手抜きだけど、なんか話題になってたやつ買ってきたわ」
「バカヤロウっ!!そんなだからお父さんに逃げられるんだ!!」
「黙りなさい」
このカップ麺……
それを目にした瞬間私の全身を震えが襲う。芯から込み上げてくる戦慄が骨の髄まで身体を冷やした。
「これ……激辛チャレンジの店のラーメンじゃん…」
私と陽菜とおかんを殺害手間まで追い込んだあの殺人激辛ラーメンの店がよりにもよって監修しやがった激辛ラーメンだ。まさかのノンフライ麺で登場だ。
「からそうだ」
こーちゃんが言っております。
「お母さん!!なんでこんなの買ってきたの!!」
「なんでって話題沸騰中だったからよ?」
しれって言ってのける我が母、志乃はあろうことかフランスパン食ってやがる。
私はこいつの恐ろしさを知っている。なんせ病院送りにまでされたんだ……
あの店の店名を見ただけで震えが止まらない。この桐屋蘭子、世界最強のJCと自負してはいるが、こいつにだけは勝てない。
「お母さん…世界で最初に使われた毒ガス兵器の材料知ってんのか?」
「知らないわよ」
「唐辛子!!カプサイシン!!コレ!ヘイキ!!」
熊すら撃退できる劇物を濃縮したスープを舌の上に乗せられるわけねーだろ?美堂夫妻が死ぬわけだわ。
「ワタシタベナイ。イノチダイジ」
「あらそう?いいけど朝ごはんそれしかないからね?」
「アナタフランスパン、タベテル。フランスパン、ランコ、タベル」
「折角こーちゃんが作ったのにね?このカップ麺」
え?
…その時私の目に映ったのは瞳をうるうるさせて俯くこーちゃん。私の天使が泣きそうな顔をしてた。
「……おねえちゃん、らーめんきらい?」
「好き」
女にはどうしても退けない時がある。それが今。
桐屋蘭子、逝きます……
「ちゃんとスープも飲むのよ?」
「黙れ!!容器ごと食ってやるわっ!!」
ズズズズズーッ
「ぶはっ!!!!!!」
「おねえちゃん!!」
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蘭子、今から行っていい?この前貸した漫画返して 既読
返事しろ 既読
今蘭子の家の前なんだけどなんか壊れてない?
てか無視? 既読
おい 既読
雅からめっちゃ連絡来るやん。
あいつ…文字ならちゃんと喋れるんだな…いや、文字で喋るってなに?
「げほっ!!がほっ!!ごはぁ!!」
今それどころじゃない。
桐屋蘭子15歳、過去最大の危機。彼岸を渡りかけている…
口が…灼熱に覆われているっ!!死ぬっ!!
「かはっ!!かひゅっ…ひゅーひゅーひゅーひゅーっ!!」
「……蘭子、うるさい」
「だめだ……死ぬ…だずげで……」
「…本当にお気楽だよね、蘭子……受験生としての心構えがなってないよ。蘭子は今一度自分の偏差値見直した方がいいと思う」
「ごはぁぁ!!」
ピンポーーーンッ
「蘭子ぉー、出てー」
「出れるわけねぇだろうがクソアマ!!てめぇで出ろやっ!!」
「……親に向かってよく言ったわね」
陽菜の寝室のベッドシーツで必死にベロを拭うけど、一向にまとわりついた辛味が取れない。絡みついてる、辛みだけに。
愛する弟の為…カップ麺を汁まで完食した私は昼を過ぎても灼熱地獄から脱出できず…呼吸困難に陥りながら昼食まで逃す体たらく…
そんな私を陽菜が蔑んだ目で見てた時だった。
「蘭子」
ノックもなしに部屋の扉が開かれてほにゃほにゃ言葉が飛び出した。
この喋り方は…
「かっ…かかかかっ…ここここっ……ここっ……こーーこーーこーーっ!!」
「……(ドン引きゃ)」
「……あ、来た。沖さんこんにちは」
「こんちゃ」
滑舌モンスター沖雅さんじゃありませんか。
「こーーこーーこーー……なぜここに……」
「……私が教えたの。蘭子何処にいるか訊かれたから」
陽菜が私を売ったらしい。こいつらそんなに仲良かったのか?あれ?こいつらって面識ある設定だったっけ?蓮司に復讐する時ビデオ通話してたくらいの関係じゃなかったっけ?
「シュコーーシュコーー」
「……で?なんれぇこいちぁきょんなダーシュベービャーみちゃいにゃ呼吸してりゃ?」
「……ごめんなんて?」
目が死んでる女と滑舌が死んでる女と舌が死んでる女が一部屋に揃った。
私はあまりの辛さにもうまともな呼吸法は不可能。
「シュコーーシュコーー」
「みゃあしゅぎゅ帰りゅりゃ。りゃんこ、漫画返しりゃ」
「シュコーーシュコーー」
「……聞いてりゃ?」
「……この子、今唐辛子にやられてて喋れないの…あなたと一緒で」
「あなちゃりょ一緒ってぁどょういい意味りゃ?」
「ごめんなんて?」
「シュコーーシュコーー(お前の出番が少ないのはその喋り方のせいで執筆コストがかかってるからだ。さっさと退場しろ)」
「しゃっきゅかりゃ無視しゅんりゃ。りゃんこにゃ話てりゃ」
「シュコーーシュコーー(いい歳して漫画なんかに執着してんじゃねーよ)」
「漫画返しゃ」
「シュコーーシュコーー(漫画なら家と一緒に消し飛んだから無い)」
「……2人ともなに話してるの…?(汗)」
私がすっかりシスの暗黒卿なもんだから雅は目が死んでるJCに照準を合わせたらしい。つまり、陽菜が漫画の責任を取る、という事だ。
「りゃんこにゃ貸しちゃ漫画、どきょにありゅきゃ知りゃにゃい?」
「……なんて言ってるのか分からない。悪いんだけど…私、受験勉強で忙しいから、そろそろ帰ってほしい」
「受験?どきょ受けりゃ?」
「…………青藍高校よ。蘭子も一緒」
「……みゃ?難関校りゃん」
「……みゃんきゃんきょう?」
「りゃんこにゃしょんにゃ学校、無理」
「シュコーーシュコーー(黙りやがれ。お前私がどれだけの天才児か知らねぇな?)」
「……まぁ、蘭子ノー勉なんだけど」
陽菜の一言に雅が汚物を見るかのような目で私を見るんだけど…その視線には言葉にならない侮蔑と深い哀しみが宿ってる。まさかこいつも無想転生を…?
「こいちゃ、受きゃる気ありゃ?」
「シュコーーシュコーー(だから私は天才児だから問題ないんだっての)」
「……心配はしてるんだ」
陽菜の親友ムーヴが始まった。
「……私は蘭子と同じ学校に行きたいんだけど…」
「レベェリュりょ落ちょしゅしきゃりゃいりゃ」
「……蘭子がどこまで本気なのか…」
「……シュコーー」
「来週には受験なのに、当の本人はこのザマだし……勉強しろって言っても勉強しないどころか知能指数が退化してるし…」
「シュコーー(怒)」
「……高校受験でコケて引きこもりニートにでもなったらと思うと私、友人として今から涙が止まらない」
そう語る親友の目に涙はなかったわけなんだけど……
「……という訳だから帰って?」
「友達想いなんらりゃ…」
「……ごめん、筆談でもいい?」
「そうりゅう事にゃら、私みょ協力すりゅりゃ?」
「…………え?何?」
おい雅、お前は人の事言える学力がある滑舌には思えないが?
「シュコーー(余計な事するな。漫画は無い。帰れ)」
「勉強会すりゃ!」
「……べんきょきゃいすりゃ?(汗)」
「シュコーー(やだ)」
とうとう地球滅亡まであと50日…




