25日目 地球が吹き飛ぶまであと7分
1月25日、水曜日。桐屋蘭子の1日が始まる。
4月10日に地球滅亡が確定しているこの世界…この世界で人々がどう生きるのか……令和のノアとしてそれを考えなければならない……
「おはよう桐屋さん。昨日はイカれてたわね」
嘘である。
蘭子は時空のおじさんに脅かされて、もうそう言う思い上がりはやめたの。蘭子はもう『Agの鍵』の力を私利私欲の為に使おうなんて思わないし、令和のノアも辞めたの。
「おはようございます桐屋蘭子さん…いや、同士よ。早速ナイアル様を讃える儀式を執り行いましょう」
だからやめて……私に付きまとわないで。この変態っ!!
--この病室に朝から入り浸る発光する変態の名は白浜玲美。
私と同じ……いや違う。時空のおじさんではなくナイアルのおじさんとやらから力を預かった混沌の母。
詳しい詳細は省くけどこの女の居る所では混沌が巻き起こるらしい。なんか全身が発光してるのはナイアルさんの力なのである。
つまり、はた迷惑な魔女教徒だか悪魔崇拝者だかである。
オマケで病室に入り浸るのは黛……担当看護師かつ人心を持たぬ鬼畜女。
朝から不愉快極まる連中に絡まれながら私の地球滅亡までの貴重な1日が始まる。
「桐屋さん?今日もリハビリですよ?」
「桐屋さん、どうしました?神は?今朝は神のお声は聞こえましたか?」
「……」
「神は?大いなる、混沌の神は?」
「神神うるさいな!お前は魅上かっ!!」
プーーーゥゥゥゥッ
白浜や黛よりやかましい騒音が病室に響き渡った。
その聴く者に不快感と不安感と心臓のビートを刻む音は多分、日常生活で滅多に聴くことはない……そして聴く事のない方がありがたい…
「……え?Jアラート?」
黛が自分のスマホを慌てて確認する。ベッド脇に置いた私のスマホもけたたましくアラートを鳴らしていた。
「来ました……」
混沌の母、白浜が天啓を得たような顔をしてる。心做しか全身の発光がより強まっている気がするんだけど……
「……Jアラート…それはJKが嗜む放課後スイーツ」
「何言ってるのよ桐屋さん…これは…っ!」
黛の顔色がいつもより悪いのは化粧ノリのせいではないという事実を私は自分のスマホを確認して確信した。
「来ました……っ!!ナイアル様の…混沌の気配がっ!!ふたぐんっ!!」
そしてこの白浜玲美という女を生かしておいてはいけないという事も確信しました。
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白浜玲美--
ナイアルなんとかから混沌の力を授かった高校1年生。彼女の居る場所は混沌の只中と化すという。
私がこのクソ病院に詰め込まれる原因となったバナナ脱線事故もこの白浜のせいである。
つまりこの女、歩く天災なのだ。
そんな白浜の居る朝の病院を包み込んだJアラート……
緊急速報
政府からの発表
20〇〇/01/25 09:13
「ミサイル発射。ミサイル発射。コワイゾ連邦からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難してください。」
(総務省消防庁)
だそうです。
「きゃあああっ!!」「ミサイルだっ!ミサイルが降ってくるぞ!!」「お母さぁんっ!」
混沌と化す院内。そして蛍光灯なみに発光する美少女。魔女教徒は今、エクスタシーに達しようとしていた。
「混沌がっ!混沌が満ちているっ!!桐屋さんっ!!ありがとうございますっ!!」
「やめて、共犯者みたいに言わないで。私のおじさんはこんなことしないから」
これ、こいつのせい?
病院1階ロビー。お子様からおじいちゃんまで阿鼻叫喚の地獄絵図。立ち尽くしてそれを見つめる私達3人はスマホを握りしめながら何が起きているのかを整理する。
整理も何も、ミサイルが発射されたのだ。
「……私ミサイル警報って初めて聴いたわ。あなた達は?」
「何落ち着いてるんですか黛さんよ。ミサイルだよ?弾道ミサイルだよ?今すぐ屋上に上がって見に行こう」
「あなたこそ落ち着いてるじゃない桐屋さん」
病院内はパニックだと言うのになぜこの桐屋蘭子、こんなに落ち着いているのか…
それは私が令和のノアだからに他ならない。
なぜなら私の見た予知夢によると地球滅亡は今年の4月10日。逆に言えばそれまで地球は無事、ということなのだ。
さらに付け加えると、私が見た地球滅亡の光景はこの街に隕石が落ちてくる光景。つまり4月10日までこの街は無事、ということなのだ。
故にミサイルは通り過ぎる。もしくは届かず海ポチャする。
「ナイアル様がお喜びになられているのを感じます。桐屋さん……ミサイルが落ちてきたらきっともっと大きな混沌が起こるのですね……素晴らしい……っ!!」
「残念だけどね白浜さんよ。ミサイルは落ちないよ」
「なぜです?私は混沌の母ですよ?ミサイルは私の所に落ちてきます」
無自覚な悪は邪悪だとジョジョで言ってた気がするけど自覚ある悪程邪悪なものもないのではないか?
「説明してあげる…いい?地球は今年の4月10日に滅亡するの。この街に隕石が落ちて。私、時空のおじさんに教えてもらったんだから」
「何言ってるの桐屋さん……」
「なんと……桐屋さんっ!それは究極の混沌ではありませんか!!」
「つまりそれまでこの街は無事って事よ。分かった?残念だけどあなたのとこのナイアルなんとかよりうちのおじさんの方が……」
『緊急速報です』
1階ロビーのテレビで難しい顔をしたアナウンサーがヘルメット被って何が言い始めた。多分今巷を騒がせてるミサイルについての続報だと思うけど、残念。この桐屋、Jアラートなんかに踊らされる程--
『先程コワイゾ連邦から発射された大陸間弾道ミサイルですが、防衛省の見解によりますとこれより7分後に千葉県大津野市檜野町に落下すると見られています』
ここですって。
画面上に映し出されたマップには我らが町が真っ赤なハザードエリアとして表示されている。
「見てください桐屋さん!やはりこの街に落ちますよっ!!ナイアル様の力は本物なんですっ!!ふたぐんっ!!」
「……(汗)」
『政府の発表によりますと発射されたのは核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルで、威力は広島のリトルボーイの数千倍と見られています。避難地域の皆様は直ちに頑丈な屋内もしくは地下に避難してください。これは訓練ではありません』
「うわぁぁ!!」「終わりだあ!!」「わしゃ死にたくないっ!死にたくなあい!」「おじいちゃんあなた今余命8分って言われたでしょ!?いいじゃない1分くらい!」
「皆様、落ち着いてください!当医院は安全です!!多分!!」「落ち着いてください!!」
「……(汗)」
「桐屋さん!」
「……なに?白浜さん」
「私、やってみせます…運命を変えてみせます!私思うんです!未来とは、今を生きるみんなが作るものだって……桐屋さんが神からどんな啓示を頂いたか知りませんけど…私はやりますよ!ミサイル、落とします!」
「お前も死ぬぞ?」
新年、こーちゃんが火傷する予知夢を見た。でもそれは予知夢を見た私の手によって回避された。
つまり時空のおじさんの予知夢は確定された未来ではない…ということは証明されている。
今クレイジー白浜の言った通り…未来は行動で変えられる。
行動…あるいは……
「くとぅるふ!ふたぐん!!」
未知なる神の……混沌の力とかで?
桐屋蘭子、人生終了まであと7分!!
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「もしもしお母さん……?ちょっとこーちゃんと代わってくれる?」
『蘭子……』
「緊急速報見た?あと7分でこの街にミサイルが落ちるんだよ…最期にこーちゃんと話をさせて……」
『今避難で忙しいの。後でね』
「いや後でとかじゃなくて…てかもう時間が無いんだけど……お母さん…こーちゃん……最期の瞬間くらい一緒に……」
『嫌よ。病院なんて。私達もっと安全な場所に避難するの。ごめんね?蘭子。元気でやるのよ?』
「だからミサイル来るって言ってんじゃん!」
プッ……プープープー……
切れた。
「……黛さん?どちらへ?一緒にナイアル様を讃えましょう?」
「触らないで!こんな所で人生終わりたくないの私っ!!放っておいて!!」
きゃーきゃーわーーわーーっ!!
この病院は耐震設計になってないらしいと、院内スタッフが暴露した途端、病院は再びパニックに陥った。
もはや病院スタッフすら患者を置き去りに我先にと避難の為に逃げ出してる。患者達もどうしたらいいのかとヘドバンしながら騒いでる。
……残り5分を切った。
地球滅亡まで76日あるはずだった…
いや、ミサイルでは地球は滅亡しないかもしれない。
……いや
今の核兵器の威力は地球を焼き尽くしてもお釣りと次回ドリンク無料クーポンが付いてくるくらいの威力だって聞いた事がある…
それに冷戦時代はアメリカとソ連がミサイル発射まで秒読みという緊張状態に陥ってあわや世界大戦勃発かという事態になったそうな…
以上、世界史の勉強も欠かさない蘭子ちゃんでした。
この街にミサイルが落ちたらどうなるんだろ?戦争?世界大戦?日本が攻撃されたらアメリカが報復してくれるんだっけ?
てか、ミサイルが落ちたらどれくらいの被害が出るのかな?少なくともこの街は吹き飛ぶんだろうな……
「うわぁぁぁぁっ!!」
「にゃる!しゅたん!!……どうしました?桐屋さん」
「お前のせいだろ!?」
私の予知をぶち壊した混沌の母がキョトンとしながらこっち見んなしてくる。ふざけるな。お前はなんでそんなに興奮してるんだ?
「全てはナイアル様に混沌を捧げる為です」
「捧げてどうする!?」
「ナイアル様がお喜びになります。きっと桐屋さんの神もお喜びになると思いますよ?」
「お前も死ぬんだけどそこはOKなの?」
「ナイアル様の元に参るのです」
駄目だこいつ。早く何とかしないと……
『続報です。コワイゾ連邦のミサイルですが、着弾地点がより正確に発表されました。千葉県大津野市檜野町の……夜分総合病院となります』
「ここじゃない!ドンピシャじゃない!サマーウォーズかよ!!きゃーっ!桐屋さん、白浜さん!さよなら!!」
発狂した黛がロビーから外に飛び出して行ったけど…残り5分足らずで核ミサイルから身を守れる避難所に辿り着けるのか…?
「ふたぐん!ふたぐん!!」
もはや疑いようがないよね……
「にゃるらとてっぷ・つがー!くとぅるふ・ふたぐん!!」
この両手を振り回して発狂してる混沌女のせいだよね?これ……
混沌の器、彼女の居る所に混沌が起こる…
嗚呼神よ…いや時空のおじさん。
折角死んで復活したばかりなのにこんな最期って……私、また平行世界の蘭子をぶち殺さないといけないわけ?
この世界のこーちゃんはどうなるの?
発光しながら踊り狂うこの女になんか殺意が湧いてきた。なにが未来は今を生きるみんなが作るよ。お前のせいで……
…………ん?
「きゅぴーーん!?」
「はっ!桐屋さん!来ましたか!?神の啓示が!!あの……よろしければ私にもあなたの神を紹介して欲しいんですが……」
天才蘭子ちゃんに天啓が降る!
そう……未来とは今を生きる私達が作るのよ!まだ諦めるには早いわ!!
「……混沌の母たる白浜玲美の居る所に混沌が起こる……そうだよね?白浜さんよ」
「然り。ふたぐん」
「ここにミサイルが落ちてくるのはお前が居るから……そういうことよね?」
「ふたぐん」
「つまりお前の居る所目掛けてミサイルは落ちてくる。おーけー?」
「ふたぐん」
混沌の力を信じるのならば…今落ちてくるミサイルは白浜玲美目掛けて落ちてくるミサイル。
ならば……白浜玲美が安全な場所に移動すればそこが混沌の舞台になる…つまりミサイルもそこに落ちるのでは?
つまりミサイルは白浜玲美追尾ミサイルなのでは?
確率は……分からない。混沌の力とやらもよく分からんし。でも、混沌の力はバナナの皮で電車を脱線させるという奇跡すら起こしてみせた。
だったらミサイルだって……
「だめだ……道路が混雑してて避難できない……ひぃん!いやぁ!!こんな所で死ぬなんて……っ!!せめてボーナス貰ってから死にたいっ!!」
ちょうど黛が避難を諦めて帰ってきた。私は発光する災害女と舎弟その3をむんずっ!と掴んで捕まえた。
時空のおじさんに叱られたけど……
この桐屋蘭子…いつ令和のノアになるの?今でしょ?
「桐屋さん!?いや!離して!最期の瞬間に一緒に居るのがあなたとなんていや!!」
「さぁあと3分ですっ!!桐屋さん!一緒にっ!!くとぅるふ・ふたぐん!にゃるらとてっぷ・つがーっ!!」
「……白浜ぁ…」
「…………え?(汗)どうしたのですか?桐屋さん、顔が怖いですけど……(汗)」
「お前は世界を救うんだ(*^^*)」
********************
『緊急速報です!ミサイルが軌道を変えました!これは……ミサイルが地上スレスレを飛んでいますっ!!着弾予想地点を大きく外れ…まるで何かを追いかけているように飛んでいます!!』
カーラジオからけたたましいアナウンサーの声がする。それを聴きながら今まさに必死にハンドルを回すのは産まれて初めて人の役に立ってる女こと、黛。
そして後部座席で簀巻きにされてる発光体はこれから初めて人類の役に立つ女こと白浜。
そして助手席でこの車を追いかけて低空飛行してくるミサイルを眺めてるのがこれから世界の救世主になる女、桐屋蘭子。
令和のノア、復活!
「ちょっと、追いつかれるって黛。急げし」
「なんで!?どうして!?ミサイルが追いかけてくる!!」
「説明しよう。あのミサイルは白浜を自動追尾するミサイルなのだ」
「なんで!?」
「ふたぐん!!」
もう日本語を忘れた混沌女がこれから世界を救います。この桐屋、地球滅亡まで76日を残して死ぬつもりはない。
「さぁそろそろ目的地だよ」
私はシートベルトを外した。
私達の目的地…それはどっかの海です。
ミサイルさんは刷り込みされた雛鳥みたいにちゃあんと私達…というか白浜に着いて来てる。良かった良かった。
「海!海になんか来てどうするの!?桐屋さん!ミサイル来てる!助けて!!」
「助けてあげたら明日から病院食に毎食プッチンプリン付ける?」
「付ける付ける!なんならあーんしてあげる!!」
「ならば……アクセルを全開だぁ!!」
疑うことを知らない女、黛。もう半狂乱になりながらアクセルをベタ踏みする。いい感じに加速する車は眼前に迫る陸地の終わりに向かって突っ込むように加速する。
「ふたぐん!あっ!舌噛んだ!!」
いよいよ発光がとんでもない事になってる白浜の混沌の力もマックスだけど…こちとら令和のノア、世界の救世主なので。
高速回転する車はミサイルを引き連れたまま……
「今だっ!飛べぇぇっ!!」
言いながら私は助手席から飛び降ります。ちなみに、脚、折れてます私。
「え?」
「ふたぐん?」
私が飛べって言ったのにぽかんとしたままハンドルを握り続ける黛は脇見運転のまま…
加速した車はそのまま陸地から飛び出して碧く広い海原へ……
地面を激しく転がる私と黛が視線を結んだまま離れていく。黛とふたぐんを乗せたまま車は遠洋へとダイブして…………
「ぇぇぇぇぇぇ!?」
黛の悲鳴が聞こえてきた気がしたけど…ごめん。プッチンプリンは諦めるから。
ゴキャッ!!
「ぎゃっ!?」
ああ!!また脚が!!
カルシウムと気合いの足りない我が御御足今回で3度目の骨折。地面をぶち転がる私の頭上をミサイルが爆音で通過していった。
当初市街地のど真ん中に落下予定だったミサイルは加速力によりはるか沖合いまで吹き飛んで行った車に引っ張られて海へ……
そして高度を落としていくミサイルが……
ちゅどーーーんっ
ミサイルは海に落ちて、凄まじい水柱を上げ吹き飛んだ。熱された水飛沫と風圧が私のクソダサヘアピンを揺らしていく…おでこが擦れて痛い。
「……やった…私が…………うわぁぁぁっ!!私が世界を救ったんだぁぁぁぁいっ!!」
令和のノア、復活!!
存続した地球が消し飛ぶまであと75日。




