20日目 蓮司……
病院って意外と居心地がいい…
ベッドは柔らかいし、室温は常に適温。なんかお風呂にも入れてくれるし何もせずダラダラ寝腐ってても怒られないし、ご飯がイマイチなのは残念だけどそこはお母さんの差し入れがフォローしてくれるからおーけー。
桐屋蘭子15歳。本日1月20日金曜日、私立高校入試当日。
外は快晴。
私の日常を返せ。
--4月10日に隕石が降ってきて地球が消し炭と化すまでの貴重な余生…なにゆえこの私がその時をこんな所で生贄にしてるのかと言うと、バナナの皮で電車が脱線したから。
なんだかんだでこうして生きてるけどいつ退院できることやら…
そして今日、私は本来高校入試だった。
そう、私立高校の受験である。
くどいようだけど、今日私、受験。
「……一体誰のせいだ。これは…」
「今日も元気ね桐屋さん。昨日は誰かお見舞い来た?」
「来ましたよ?2人も…」
「この寒い中?わざわざ?その割にはお花も何もないのね…」
「ここにカスタネットあるんで…」
この看護師、嫌いなんですけど担当変えてもらえません?
ベッドからろくに動けない状態があとどれくらい続くんだろう…
ダメだ…このままじゃ内容のない日々で残りの81日を消化してしまう。つまらない。
「くそぅ…何とかして一瞬で治る奇跡はないものか……」
「グルメ細胞でも持ってれば良かったのにねぇ……」
いやいや看護師さんwいくらグルメ細胞持っててもここの病院食じゃ私の細胞、進化しませんよww
…………なんて。
暇すぎなので松葉杖を必死について1階ロビーからトリコを全巻くすね、トリコを読破してグルメ界を制覇した気にでもなろうかとしてた頃--
コンコンと遠慮がちに叩かれる扉の音はこの退屈を吹き飛ばす魔法のチャイム…に違いない。
「…………桐屋、いいか?」
「……っ!?そ、その声は…っ!」
しかしすぐに見舞人の到来に浮かれる私の頭に冷や水がぶちかかる。
扉越しでも分かるその声に私が答えに躊躇いを見せる間に、奴は容赦なく扉を開けていた。
そこに立っていたのは--小林蓮司っ!!
説明しようっ!
小林蓮司とは私の元カレであるっ!3ヶ月で別れた!理由は蓮司が浮気したからであるっ!
そしてこの男……自分の彼女が浮気パパ活女子だと知るや否や自分の事を棚に上げて父親巻き込んでキレ散らかすという狂気的思考の持ち主だ。
こんな男と3ヶ月恋人だったのかと思うと我ながら寒気がする。
まぁそんな事はいい。
何故今日、このような場所に、元カレなどという爆弾が投下されたのか……
今私が問うべきはそれだ。
私はベッドの上で距離を取り、トリコ(17巻、サンサングラミーら辺)を盾に蓮司と対峙する。
相対する蓮司もまた気まずそうな顔で私を見てる。
「……よぉ。思ったより元気そうだな?まぁ、殺しても死ぬような奴じゃないもんな、お前…」
「…………そうね。蓮司が私が寝こけてる時頭の上にガラス製の灰皿落としたの、忘れてないから…」
「記憶捏造するな。まぁ、安心したよ。これ、食ってくれ」
そう言ってベッドの横のテーブルに置かれたのはサッポロ一番塩ラーメンの袋麺だった。
「お前好きだろ?」
「おい…なんで袋麺?100歩譲ってラーメンなのはいいとして袋麺?カップ麺とかにしてよどうやって作るんだよこれ」
「退院したら食ってくれ」
「嫌がらせでしょ?今食べられるのを持ってこいよ」
なんか馴れ馴れしくベッド横に丸椅子持ってきて座りだしたこの野郎……長居する気満々だ。
「ほんとに何しに来たの?学校は?」
「サボった」
「……まったく最近の中学生は何かあるとすぐサボる、何もなくてもサボる…」
「なんでタメから説教されなきゃいけないんだよ……何もなくてもって事はねーだろ?お前がこんな事になってんだからよ…」
どこか親しみやすさを感じさせる顔でニカッと笑う蓮司。一体何がおかしい?
「平気か?」
「お前と同じ空気を吸うのが耐えられない…」
「嫌われちまったな……」
「いやいやいや。普通あんな事あった後にお見舞い来るのがおかしい」
「別れたのに突然家に押しかけてきて迷惑行為働く方がおかしい」
「交際中に浮気するのがおかしい」
今のはダイレクトアタック。蓮司のライフポイントが削れた。そのまま削れて死ね。
…………小林蓮司は私の「地球滅亡までに殺すリスト(1名のみ)」に入ってる。
ガスガンが入手不可なのでどうやって殺そうか考えてたところだ。
でも生憎今こんな状況だし……
桐屋蘭子も鬼ではない。
こんな男でも昔は好きだったのも事実。それにお見舞いにわざわざ来てくれたわけだし、今日くらいは優しさを見せてやってもいいかもしれない…
「……いいの?学校サボって元カノの所居たら大園さん怒るよ?早く帰れ。あと、世紀末リーダー伝たけし!買ってきて」
「いや大園とはとっくに終わったわ。お前って相変わらず面白いよな…」
は?女子中学生が島袋読んだら悪いんか?
ただでさえデリケートなこの状況に顔を般若にしてたら蓮司は床の一点を見つめて「……実はな」って切り出した。
……どうやら用事があって来たみたいだ。
昨日の易者のババァといい、まったく純粋に見舞いに来る奴は居ないのか?
「……あれから色々上手くいってなくてさ…」
「そんな事より今週のジャンプまだ読ん--え?」
妙な雰囲気を感じ取り蘭子警戒態勢。失恋直後で上手くいってないとかかまちょな顔で言ってくる男の次の言葉は相場が決まってる。
……いや、早まるな。
「なんかさ…裏切られて、嗚呼俺酷い事したなって考えてたらさ…次の恋にも進めなくて……」
「なに次の恋始めようとしてんだよ反省しろ」
「めっちゃ色々考えて……もっかい考えて、そしたら……」
奴の顔が私の方を向く。変顔しといた。
「そしたらお前とバカやってた時の事ばっか思い出しちゃって……」
「……(変顔中)」
「蘭子、お前俺と居て楽しかったか?」
「……(鼻の穴を頑張って膨らませてる)」
「…………俺が浮気した時すげー怒ったよな?別れた後まで復讐考えてさ…あれってその…そんだけ俺の事好きって事なんだよな?」
「…………(そろそろ鼻の穴が辛い)」
「何とか言えや」
「はぁ!?そんな話する為にわざわざ来たの!?」
そろそろ鼻が限界だったから私は蓮司を怒鳴り散らす。
「こら蓮司!お前この前私になんて言った?「俺お前とヨリとか戻さねーから」って言ったよね!?あ?彼女と別れて今なら怪我で傷心中の私とヨリ戻せるかもって思ってわざわざ来たわけ!?」
私のあまりの剣幕に廊下から私の担当看護師が「何事?」と覗いてる。
そして女の子に怒鳴り散らされる元バレー部のスターはしゅんと小さくなってた。しかし体積は減ってない。
「大体何!?自分で浮気しておいてヨリ戻せるとか思ったわけ!?バカじゃないの!?」
浮気して別れた元カノと浮気が原因で今カノと別れた直後に言い寄るとか頭正気か?
…色々言いたい事はあったけど、私が声を荒らげると蓮司は「そうだよな……」と寂しそうな顔で呟いて笑った。
何笑ってんだてめー。
そうして蓮司はゆっくり立ち上がった。
「……帰るわ。早く元気になれよ?」
「……」
「なんか……ごめん」
「ごめんじゃねーわ。たけし!買ってこい」
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「桐屋入るぞ--」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「せっ!先生ーーっ!!」
元カレとのギクシャクした時が終わり、次に現れたのは舎弟、御嶽原だった。
御嶽原は私の担任かつ、中学生に手を出しそれを純愛だと言い張る女誑しである。この男の弱みを握っている限りこいつは生涯私の舎弟である。
令和のノアの舎弟というそんな栄誉ある社会的地位に居ながらノックもせずに入ってくるこの図々しい男の前で私は今、陸に打ち上げられたニュウドウカジカと化していた。
……お医者さんに鎮静剤を打たれ数分。
「……桐屋、大変だったな」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
今だ全身のむず痒さに悶える私の隣に御嶽原が座る。こいつも居座る気だ。
残念だけど今、男と喋る気分じゃない。
「桐屋、体の具合はどうだ?大変な事故だったと聞いてるぞ。お前3日も寝たきりで先生心配--」
「おい御嶽原、これはどういうことだ?」
「何が?」
今桐屋蘭子の内側を駆け巡る形容しがたい感情の奔流--
怒りなのか、悲しみなのか、罪悪感なのか、未練なのか、慈しみなのか、喜びなのか、カップ焼きそばの湯切りに失敗して麺をシンクに流した時のあれなのか……
蓮司の後ろ姿と膨張する感情が今激流となり私の内側を激しく膨らませていた!
「桐屋、入試の話だけどな……」
「蓮司は私を捨てて他の女を選んだっ!!」
「なんだいきなり……」
「そんなクソ野郎なのに…殺してやろうとすら思ってたのにどうしてこんな気持ちに…」
ヨリを戻そうという話を持ちかけられた時、私の中には怒りがあったのだろう。
しかし突然の事態に蘭子ともあろうものが反射的に言葉を返していた。
後に残ったのは、言葉に出来ない感情のみ…
「私は後悔してるのか……?」
「どうしたほんとに……」
「これは一体どういうことだ?言ってみろ御嶽原!!」
「知らんがな。そんな事より入試--」
「確かに……蓮司が好きだった。でも、それは昔の話のはずで--はっ!?まさか私……クズ男がタイプなの?」
「本当に大丈夫か?」
「私は今、蓮司から復縁を迫られて浮かれているというのか!?」
「誰だよ蓮司って」
この桐屋蘭子がそんな俗物のような……
私は令和のノアだぞ?
「御嶽原……これはなんだ?教えろ。私は別れた元カレにまだ未練があるの?それとも、この非現実的な状況を純粋に楽しんでるだけなの?元カレからまだ女としての価値を見出されてる自分に酔ってるの?」
「そんな事急に担任に聞くな!嫌な中学生だな!!なんだその青春にあるまじドロドロした感情!」
「…………歳上の先生と恋愛するのは青春に有るまじき恋愛じゃねーの?」
「それは俺じゃなくて結華に言ってくれね?」
責任転嫁しやがったぞこいつ。嫁に転がすとはよくできた漢字だ。こういうのを言うんだよな……
「そして蓮司もそんな御嶽原と同じレベルのクズ男……」
「あぁ?(怒)お前な、心配して来てやってる人に突然惚気なのか愚痴なのか分からねー話ぶっ込んでクズ男呼ばわりはないぞ?」
「御嶽原……蓮司は本当に私ともう一度やり直そうと思ってると思う?」
「知らねーよ。お前捨てられたんだろ?そんな奴やめとけ」
「でも私……あいつを追い返した後…想像しちゃったんだ…蓮司とやり直して……河川敷で秋刀魚を焼く未来……」
「なんだそのピンポイントな未来……中学生のデートなら他にあんだろ?」
未来……
未来というワードが私の中に大きな躊躇いを呼ぶ。
「そろそろ真面目な話していいか?あのな桐屋、入試の話なんだが--」
「そう……やり直したところであと81日で地球は吹き飛ぶ……」
「まだ言ってたのか……重症だな……」
「私は簡単に蓮司を許す事は出来ないと思う…また、さっきみたいに感情的になっちゃう……残りの貴重な時間をそんな感情に支配されて過ごしたくない……」
「残りの貴重な時間とか言うな。まだまだ人生これからだぞ。でな?」
「…………私はクズ男が好みなんだ…お母さんの血をきっちり引いちゃった……きっと私に幸せな恋愛は出来ないっ!!」
「……」
小林蓮司は殺さなければいけない怨敵…だったはずだ。でも、こうなると話は変わってくる。
何故こうもあの男は私の感情をかき回すの?
……ケリをつけなければっ!
「桐屋、高校入試--」
「私は蓮司の幻影を断ち切るっ!!」
「うん!喋らせてっ!?」
地球滅亡まであと80日……




