17日目 さよな蘭子
あたい、桐屋蘭子15歳!中3の冬、死にました!
でも私、『Agの鍵』だから生き返ります!
平行世界の私に身代わりとして死んでもらいます!!Dirty Deeds Done Dirt Cheapです!!少し違います!!
…はよ決めんかい。どの世界の桐屋蘭子を殺すんじゃ?選べ
……いやいや、時空さん。平行世界の私、どいつもこいつもろくでもない人生しか送ってないんですけど
ならええじゃろがい
死んでもらう以前に死んでる奴ばっかじゃん。なに?蘭子もしかして、生きるの下手?
おぬしの日頃の行いが悪いんじゃ
…………もう生きてれば誰でもいいや。どうせアレだ。長生きしてたって仕方ないしね?どいつもこいつもろくな人生じゃないしね?
おぬし、平行世界とは言え自分じゃからな?
こんな人生なら生きてても仕方ないでしょう。もう次の蘭子に身代わりとして死んでもらう。
地球滅亡を予知した選ばれし蘭子の為にその命を捧げてもらおう…
そうして蘭子は次なる蘭子の人生を覗き見るべく平行世界へダイブする……
一際黒く澱んだ気配に満ちた平行世界へ--
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さて本日の蘭子はこちら!
なんとこの蘭子、真っ白な部屋で物憂げな視線を窓の外へ向けているではないか。
ベットに身を預け心電図をピコピコ鳴らしてるこの蘭子…もう嫌な予感しかしない……
……いや、もういいんだ。
病人だろうがギャングスターだろうが遭難者だろうがもうぶち殺すって決めたんだ。
「…蘭子」
「……お母さん、こーちゃん」
なんだ……?我が母志乃、そして究極の生命体こーちゃんこと我が弟、康太じゃあないか。
「おねえちゃん!」
「……おはようこーちゃん。毎日ありがとう…」
「気分はどう?蘭子……」
「お母さん…うん、最近は調子がいいよ。なんだか立ち上がれそうな気がする」
どー見ても強がった笑みを浮かべる蘭子にお母さんも何かを押し殺すみたいな顔で優しげに笑った。
「お母さん……あとどれくらいしたらまた自分の足で立てるようになるかな?」
「……蘭子…きっとすぐよ…」
そう口にするお母さんの見つめる先--ベッド脇に置かれた机の上の新聞には大きな見出しでこう書かれてた。
--バナナの皮で電車脱線。被害者未だ元の生活に戻れず
なんてこった。
ねぇ、神様…私運悪すぎない?バナナの皮で電車が脱線するなんて人生100回繰り返しても当たらないだろう世界線がふたつも存在してるんですけど!?
てか!そんな新聞当事者の病室に置くな!!
「…嘘つかないでよお母さんっ!!」
その時、蘭子が突然大声を張り上げたではないか。
お母さんもこーちゃんもびっくりして肩を跳ね上げる。
「……蘭子?」
「励ましなんていらないっ!!知ってるんだから…お医者さんがもう、元通りには歩けないって言ってた事!!」
「そんなこと…」
「そうやって気休め言って!!私に希望を持たせてから絶望させて笑いものにする気だぁっ!!うわぁぁぁっ!!」
「……違…っ蘭子」
「おねぇちゃん…」
「みんな嫌い!大嫌い!!ゲノム因子崩壊して死んじゃえっ!!わぁぁぁんっ!!」
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…おじさん、時空のおじさん
なんじゃ
無理だよこれ…そもそもさ、私は私なわけじゃん?私に「死んで?」なんて普通の神経で頼めますか?可哀想。他の方法考えて
今更何を言っておるんじゃ…おぬし、普通の神経なんて持っとらんじゃろうが……
失礼な…やっぱり私、私の事殺せない。こんな…キュートでプリティーな蘭子ちゃんを…
その口閉じんと鼻の穴焼くぞおぬし……散々自分の事ディスっておいて今更なんじゃ?おぬし死ぬんじゃぞ?ええのか?
いや……どの道地球滅亡したら死ぬし…ところで死んだらどうなるの?永遠にこの広大な宇宙空間を漂う思念体になる感じ?
死んだら「無」じゃ…おぬしという存在はこの世から永遠に消え失せる…
そんな……
……仕方の無い奴じゃのぉ……ならば、最後の手段じゃ
流石おじさん。何か手があるんだね?
殺せないのならば産まれて来る前に消えてもらうしかあるまい
と言うと?
おぬしは『Agの鍵』…時間を越えて過去にも未来にも接続できる存在じゃ。ならば平行世界の過去へ遡り、その世界で産まれてくるはずの桐屋蘭子を産まれてこなくして帳尻を合わせるしかあるまい。全宇宙の中での桐屋数は合うわけじゃから、それでよかろう
それ、やってる事同じくない?あと、桐屋数って何?
同じくない。もはやそれしか方法はなかろう…
そんな……この宇宙から1人桐屋蘭子という世界の宝が失われるなんて……
誰も気にせんから心配するでない…さぁ、過去に飛ぶんじゃ
どうやって?
念じるのじゃ
毎回毎回適当なんだよなぁ…
こういうのは感覚じゃ。考えるのではなく感じるのじゃ…ええか?過去の平行世界に繋がったらおぬしが産まれてくる諸悪の根源を排除するのじゃ。為せば成る
諸悪の根源って……
これから産まれてくる命を摘み取り過去を改変するなんてもはや神の…いやド〇えもんの所業。いや、ド〇えもんはそんな事しない。
しかし私には私の帰りを待ってるこーちゃんが居る……このまま「無」とやらになる訳にはいかない……
桐屋蘭子、行きます!!
ごめん!今よりキューティーでプリティーな赤ちゃん蘭子っ!!
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広大な銀河の星屑達を遡るようにぐんぐんと遠くへ向かう感覚と共に私の意識は宇宙に散らばる平行世界のひとつへ……
そのまま飛び込んだ先で私を待ち構えていたのはまだ私が産まれていない世界--
桐屋蘭子、神になる。
「桐屋さんあがり?」
「はい、お先に失礼しまーす」
見覚えのない…ここは、オフィスビル?
パソコンの並ぶデスクから蝶のように飛び立つ1人の女性の姿に私は母の面影を見る…
胸に下がる社員証には桐屋志乃の名前が…
お母さん……間違いない。
これから世界の宝、桐屋蘭子を産む聖母。桐屋蘭子より2ランクくらい美貌が劣る私のママ。平行世界のお母さんもほとんど変わらない。滅多に語らない、お母さんのOL時代。
「ご機嫌ねぇ?例の彼氏?」
「そうなんですよぉ…なんか今日、大事な話があるって言われてて……」
「あらやだ!」
「じゃ、お先でーす」
先輩を残して定時退社をキメる我が母はそのままるんるんで勤め先を後にする。私の視点もそれを追いかける……
どうでもいいけど出てきた会社の社名が『こしあんパン物流』なんだけど…
……なるほど、おじさん。私理解しました。
夕方の街に消えていく母を追いかけつつ私は確信する。間違いなく今日、お母さんはお父さんに結婚を申し込まれるんだ…
それを阻止すればこの世界の蘭子は産まれてくることがないってことね!!
見えないストーカー…いや、時空の意識そのものと化した私が母を追いかけるとなんだかオシャレなレストランへ……
ちょうど日も落ちた街を一望できる高層階のレストランはなるほど…店の看板にプロポーズ専門店って書いててもおかしくない。
やはり私の読みは間違いないみたいだ……
「……輝幸さん!」
「志乃さん、こっちこっち!」
明らかに仕事のできるホールスタッフの案内でお母さんが現れた席には既に、若かりし日のお父さんが……
……なんだか凄くいけない事をしてる気がするけど。いや、いけない事をするんだけど、仕方ない……
どうせこの男はお母さんより胸のでかい女を選んだ男……こんな男と結ばれるくらいなら生涯独身で構わないだろう…お母さん言ってたもん。「あの人と出会ったのが間違いだった」って……
…………いやでも、別の世界ではお父さんとお母さん離婚してない世界もあるわけだし…
ここで2人を切り離したらこーちゃんまで産まれてこなくなるわけだし……
…悩むな蘭子!
私は決めたんだっ!!生きてこーちゃんと再会するんだっ!!
「今日は急にごめんね…どうしても聞いてほしい話があるんだ」
「なぁに?もー、改まっちゃって!」
「まぁまずはご飯食べよう。ここのお店は僕の行きつけでね--」
うんたらかんたら。
聞いてたら体が痒くなるような声でキャイキャイしながら私が食べたこともないような皿の上にちょこんと乗ったぼったくり創作料理を楽しむお2人……
…………話しかけてみよう。
『……これ、おぬし』
「?なに?」
「え?なにが?」
「今何か言わなかった?」
「いいや…?」
『わしじゃ』
「……え?」
我が母(予定)が私の声に挙動不審。
なぜこんな年寄りっぽいのかと言うと、時空のおじさんリスペクトだからだ。
『わしじゃ』
「…………?わしってなに?」
「どうしたんだい?志乃さん」
『わしは神じゃ』
「……神?」
『そうじゃ…天よりおぬしを見守る、神じゃ…おぬしの頭に今、語りかけておる』
「……?ごめんなさい輝幸さん、なんだか今日疲れてるみた--」
『おぬし、その男と結婚するつもりじゃろう?』
「……???」
『しかも子供を2人もこさえるつもりじゃろう…やめておけ、悪いことは言わぬ…神がこう言うとるのじゃ。今すぐにグラスのワインを叩きつけて帰るのじゃ』
「……えっと…」
「具合でも悪いのかい?」
『大体おぬし、こんな男の何がいいんじゃ』
「な、なにがって……」
『騙されるな…この男は結婚しても家の事はしない、稼ぎも少ない、家に金も入れない、帰りも遅い…そんなどうしようもない男じゃ…』
「なにを……」
『わしは神じゃ…おぬしの未来を知っておる。こやつはな…おぬしと子供を捨てて他の女のところに行く男じゃ』
「そんな……」
『なぜ言い切れるのかと言うと、おぬしの乳が薄っぺらだからじゃ…』
「ぶち殺すぞ?」
「志乃さん!?僕、なにかした!?」
『こやつは巨乳が好きなのじゃ…大体考えてみろ?こしあんパンの流通なんかしとる会社のOL誰が好きになるんじゃ…』
「…………いや、仕事は関係ないでしょ」
『それにおぬしは知っとるはずじゃ…この男の最大のコンプレックスを』
「そ、それは……」
『おぬし耐えられるのか?あんな特大の爆弾を背負った男と、生涯添い遂げられるのか?うん?今は耐えられるじゃろう。じゃがそれも恋の熱に浮かれてとる今だけじゃ。冷静になればきっと、嫌気が差すに違いないのじゃ』
「……………………」
『そもそもよく見ろ。この男…鼻は低いしニキビもあるしなんか香水臭いし……こんな男の何がいいのじゃ』
「……………………確かに…よく見てみれば……」
「本当にどうしたんだい?具合でも悪--」
…………いい感じにお母さんの目の中の熱が冷めている。ダメ押しといこう。
今度はお父さんの方へ語りかける。
『おぬし』
「え!?」
『え!?ではない。わしは神じゃ……よく聞け、おぬし。おぬし今日、このおなごにプロポーズしようとしておるじゃろ』
「な、なぜそれを……てか、何この声…」
『冷静になるのじゃ…この女のどこが良い?おぬし、こしあんパン限定でシャバに流すなんて怪しい仕事しとる女と生涯を共にできるのか?ん?』
「いやそれは関係な--」
『ぺちゃぱいじゃぞ?』
「…………」
『わしには分かる…おぬしは今妥協しようとしておる。どーせ親から「早く孫の顔を見せろ」とか急かされとるんじゃろ?じゃがよく考えろ?こんな断崖絶壁、どこがいいのじゃ?』
「……それは…………」
『おぬしなら他にもいくらでもボインな女を手に入れられるじゃろう…こんなところで妥協して、おぬし知り合いに「俺の嫁はぺちゃぱいのこしあんパンの運び屋です」って言うんか?あ?』
「……………………」
『考え直すのじゃ……』
ムーディーなレストランに流れる沈黙。その冷たさときたら、先程までの熱々の空気が嘘のよう…食べ頃には程遠いハーゲンダッツのようだ…
完全に俯いて、何かを深く考える素振りを見せる2人。
沈黙を見守る私の前で、今まさに生涯を誓い合おうとしていた2人はどちらからでもなく顔を合わせた。
「…………ごめん志乃さん。実は話ってのは……」
「輝幸さん、私も話があるの……」
やはり夫婦になる(はずだった)2人…互いの意思は見事に噛み合い、次の瞬間お互いの言葉は重なっていた。
「「別れよう」」
これで蘭子の未来は約束された…




