11日目 生で食いたかった…
「……こ、これはいける……っ!」
その日の朝、桐屋蘭子は戦いに臨んでいた。
傍らにこーちゃん(早起き、えらい)こと弟の康太を従え、モーニングの“かほり”漂うダイニングキッチン(四天王サニーの持つ広大な射程距離の俗称ではない)にて真剣勝負の舞台に立つ。
失敗は許されない……
コンマ1秒の油断がその結果を分ける緊張の中、私はフライパンの中の“彼”から目を離さなかった……
…………そろそろじゃね?
「…………時は来た…か」
「ごくり」
『皆さん、おはようございます。1月11日水曜日。「目が覚めテレビ」のお時間です♪』
ダイニングキッチンから確認できるリビングは小さな子供を遊ばせていてもお母さんの目の届く安心設計……そしてそんなリビングのテレビから聞こえてくる声音は祝福の朝を告げる高村さやちゃんの美声だ。
高村さやちゃんとは私の推しアナウンサーである。
「……はぁ…もうそんな時間か……ふぅ…すぅ…ふぅ……さやっち……♡」
さやちゃん……あなたの声ほど雀の囀り以上に朝に相応しい音色も存在しまい。あなたの声を聴く私はファラオの気--
「おねぇちゃん。黒くなっちゃった」
……おっと。
さやちゃんの魔力に惹き込まれた私はいつの間にかあんなに熱い(物理的に)視線を交わしていた目玉焼きから目を逸らしていた……
そしてそれがもたらす結果とは…そう。目玉焼きの武装色、硬化である。
焦げた。
「はぁっ!!あっ!?うっ♡」
そして私はさやちゃんの声と顔でイッた。
そんな朝です--
「おかあさん!きょうね、あさごはんおねぇちゃんがつくってくれたよ!!」
「……貴重な卵を3つも焦がした理由は?蘭子」
「強いて言うなら…母への愛?」
嘘である。
この桐屋蘭子、家庭科実習の評価は2。「伸び代はあり」との評価を下された私がなぜ急に早起きをして朝ごはんを作ろうと思い立ったのか。
地球滅亡を予知した今頃になって花嫁修業を開始した訳ではない…
この桐屋蘭子には正しいと信じた夢がある。
人生を賭けてでも成し遂げると決めた夢である。
それは18,000円のガスガン、コルトガバメントを買うことである。
桐屋家大蔵大臣、桐屋志乃。我が家の苦しい経済状況を鑑みて愛娘のお小遣いを月に1,500円にする政策を打ち出す。
苦しい不況の続く我が桐屋家の財政立て直しは絶望的といえる。故に、我がお小遣いが増額する見込みはない。
まともに貯金しては地球滅亡の4月10日までに18,000円はまず貯まらないということなのですよ。奥さん。
ので、蘭子は朝ごはんを作った。
それだけじゃない!なんと帰ったら風呂掃除と便所磨きまでしてやると言うのだ。その上洗濯物の世話まで……
受験まであと9日という厳しい戦況においてここまで献身的にされたならば相応の見返りを返すというのが筋ではないだろうか?えぇ。
……まぁつまり、お小遣いをむしり取る為のポイント稼ぎということでこうして家の事して好感度上げていこうという訳なんです。
その結果生まれたのが焦げた目玉です。
「おねぇちゃん、がんばったよね?」
しかしそこは完璧な弟こーちゃん。すかさず私の失敗をフォローする。
半熟じゃなくてもいいじゃないか…愛が伝われば。こーちゃんの瞳からはそんな優しさを知ることができます。
「まぁあの蘭子が料理とはね……なぜ朝っぱらからパンツを洗ってたのかは謎だけど…ありがとう」
「パンツはまぁ……ちょっとエクスタシーに達して…………」
焦げ焦げの目玉焼きに対する掴みは悪くない。おや?これイケるんじゃね?
「ば、晩御飯も任せてよね!?あと、帰ったら洗濯物も取り込んでおくしトイレも掃除してお風呂も沸かしとくよ!!」
「……?いいわよそこまでしなくても。今日帰り早いからお母さんやるし…」
「気にすんなよマザー。私に任せて?この子を産んで良かったって思わせてやるんだから」
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「……蘭子、聞いた?」
「え?あぁ…大丈夫よ陽菜。あなたが手塚ロケットを太平洋に打ちあたげことは内緒にしておいてあげる」
「………………?」
その日私達はグラウンドに居た。
体育だったから。
寒かった。
あと何回このジャージを着るんだろう…卒業したら、秒で売るんだ……
その時桐屋蘭子に天啓が降りてくる!!
「……私の靴下とか売ったら資金難解決…!?」
「……馬鹿な真似は、やめな?それより聞いた?1組の大園の話…」
「陽菜……他人の噂話で白飯食うなんて行儀悪いよ?やめな?」
「……他人の弱みで焼肉食った奴に言われたくない」
自分もご相伴に預かっておいてどの口がほざくのか。この死んだ魚の目みたいな女は美堂陽菜。我が友、つまり李徴である。
「で?何者……その大園ってのは」
「…いやあんたの元カレの今カノ」
そう言ってグランドを今まさに駆けずり回っている女子の群れに視線を投げる。1組女子との合同で行われていた体育の授業。陽菜の視線の先にはロングの巻き毛をくねくねさせ、サッカーボールに仮想の質量を付与しながら蹴っ飛ばす女子が1人……
「……あれが特級呪術師の1--」
「違うから」
違うらしい。
「…なに?あの女狐の噂って……」
「蘭子……目が虎なみに鋭くなってるよ?…なんか、小林君以外に仲良くしてる男子が居るみたいだね…」
小林君こと小林蓮司とは私が3ヶ月で別れた元カレ。破局の理由は野郎の浮気。浮気相手は問題の大園である。
別に今となっては小林の野郎がどこのどいつと和親条約結ぼうと知ったことではないけどこの私の純情を弄んだ事だけは許さん。
目下、殺害リストです。
場合によっては女も殺す。
「……ほぅ?」
私はその噂話とやらに興味をそそられた。
そういえば大園、なんか男子と遊んでるという話をよく聞く。私が前、会話をちらっと小耳に挟んだ時も他の男と飯食ったんだ〜♡とか吐かしてた。
「…面白いじゃん。浮気して私を裏切った男が浮気で裏切られる……無様な光景を目にしたら殺人衝動が収まる気がするよ……」
「……殺人衝動…」
……これは、使えるんじゃないのか?
我が怨敵小林蓮司を地獄に突き落とす計画に……ふふ…ふふふっ!
「はっははははははははっ!!」
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「…な、なんの用?」
その日の放課後、いじめの聖地体育館裏にて私は1人の女と再会する。
ハムスターの擬人化みたいなこの子は原結華。舎弟の御嶽原の女、つまり私の舎弟その2である。
教師との禁断の恋に燃える彼女にとってその秘密を握る私は決して逆らえない相手。原さんの恋が本気である以上愛する男の破滅は望んでないはずだから…
私と陽奈はそんなロリコン愛好家と向かい合い用件を伝える。
「チミにひとつ頼みたい事があるんだよ。君」
「わ…私になにをさせようって言うの?」
おっとなんだその反抗的な目は?
「おいおい原さんよ?チミ達の愛の行方は私が握ってることを忘れてくれては困るよ?そんな攻撃的なハムスターみたいな目をするのはやめてくれたまえ」
「……蘭子」
「くっ!…どんな仕打ちにも私は屈しない!」
そんなに身構えなくても…
攻撃的なハムスターと死んだ魚の目の視線に結ばれた点の中で私はヤクザよりかは優しい眼差しで笑う。
「ちょっとお遣いを頼まれて欲しいだけだから」
「……確かに今日は卵が特売……」
「ちげーよ、今朝目玉焼き失敗した私への当て付けか?発言には気をつけなよ?チミの彼氏ロリコンですって名前のY〇uTubeチャンネル開設されたくなかったらね…1組の大園って女子、知ってる?」
「……あのビッチの?」
おいおい酷い言われようですね?
「あいつの今の彼氏が小林ってんだけどさ、どうも小林以外にも仲良くしてる男が居るみたいなんだよね…」
「そんなの沢山居るわよ……」
沢山!?
「……ちょっとさー、大園と仲良くなってそこんところの詳細をさ、調べて欲しいんだよね。で、分かったらそれを噂話として広めてほしいんだけど…小林の耳に入るくらい大々的にーー」
「そんなの調べなくても分かるけど…でも、相手100人くらい居るよ?」
「「100人!?」」
おいおい!?最近の中学生はよぉ!?
「……小林君はそれ、知ってるの?」
「そんなん私が知るかよ自分で訊いたらいーじゃん死んだ魚の目向けてくんな」
なぜか陽奈に対してだけ辛辣な原さん。小動物は意外と攻撃的ってことが分かった。
「……まぁ1人でいいや。その相手の事とかをチミに調べてほしいんだよぉ。もちろん、やってくれるよね?浮気して私を裏切ったクソ野郎に意趣返ししたいんだよ。ね?」
「……性格悪…まぁでも、大園さん男遊び激しいからな……いつかは身を滅ぼすと思ってたよ」
「……中学生と男遊びというワードの親和性の無さ。ところでさ、私の目って腐った魚っぽい?」
「クソタレ女を一緒に滅ぼそーぜ?」
「あんたが滅したいのは小林君の方でしょ…でもまぁ……」
ハムスターの擬人化が思春期の女子特有の危うさと意地悪さの篭った笑みを浮かべながら私のウインクに同調した。
「それで言うならひとつ、ヤバいネタは持ってるけど…あくまで、噂だけどね?」
「……蘭子、ウインクできてないよ?」
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「ただいまー…」
「蘭子」
その日寒空の下帰宅した私の前に帰りの早かったお母さんがジョジョ立ちで立ち塞がってた。今日のジョジョ立ちはギャングスターに憧れてるジョルノみたいだ。
「……早かったね。ママ」
「朝そう言ったでしょ?今日はノー残業デーよ」
嫌な予感がする……
冷や汗を垂らしながらお母さんを見つめる私の前に一枚の紙切れが躍り出る。
それは宅配で届く荷物とかに貼りつけてある宅配伝票…
配送元は北海道…
荷物は……北海道産真牡蠣。
配送先は桐屋蘭子様。
「これはなに?」
「……真牡蠣ブランド『北の雫』生牡蠣セット…要冷蔵です」
舎弟の御嶽原に頼んでおいた生牡蠣が届いたらしい。
「いくらしたの?これ」
ま、まずいっ!!
舎弟が買ったから値段なんて知らないっ!もし「担任の先生が買ってくれたんだ〜」なんて言ったらお母さんから殺されてコロッケにされちゃうっ!!
「こ……これは……」
「返答次第では無駄無駄ラッシュ7ページ半よ?お母さんのカードを調べればすぐに分かるんだからね?」
「いやお母さんのカードは使ってないです…これは……陽奈が、うん!陽奈がお中元にって送ってくれたやつだから!」
……騙せるか?
「……陽奈って誰?」
「ほら!あの……お正月に来た死んだ魚の目…」
その瞬間、ギャングスターに憧れてたお母さんがスッとジョジョ立ちを解除した。その瞬間、玄関先の凍て付く空気が暖かく解凍される。
心なしかいい匂いまで漂ってきた…
「なぁんだお中元なのね?」
「うん!」
あれ?お中元って冬だっけ?
まぁ納得したみたいなのでいいか。
緊張が一気に下りる。ニコニコなお母さんが踵を返して奥に戻っていくのを見て、なんとか生き延びた事を確信した。
桐屋蘭子に明日が来る……
「ならいいのよ。今日は牡蠣鍋よ?」
「わーい!牡蠣な……べ?」
…………あれ?鍋?
鍋にしたの?
…………じゃあ、私の“生”牡蠣は?
地球滅亡まであと89日……




