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ふんわり山月記〜久々に会った友達が虎になってた件〜

作者: 稲井カオル

中島敦「山月記」を、ふんわりさせました。

李徴っていう人の話なんだけど、この人はすごく勉強ができてもの知りで、まだ若いのに難しいテストに合格して役人になったんだって。

でもなかなかのオレ様野郎で、役人なんてさっさと辞めてビッグになるぞ〜!とか、そんなことばっかり考えてた。


ほどなくして本当に役人を辞めた李徴は地元へ帰って、家に引きこもりながらひたすらポエムを作った。

下っぱの役人としてイヤな上司に頭ペコペコするよりも、神ポエマーとして歴史に名前を刻むぞ〜!という魂胆だったわけ。

だけど李徴のポエムはなかなかバズらなくて、生活もどんどん苦しくなっていく。さすがの李徴も「やばいかも…」と思うようになった。

この頃から李徴はビジュアル的にもだいぶアレな感じになってきて、身体ガリッガリなのに眼ギラッギラ。

李徴、昔はあんなにイケてたのに…。


数年後、いよいよボンビーライフを極めた李徴は家族のために仕方なく、本当に仕方なく、めちゃくちゃ嫌なんだけど、役人として再就職することにした。

でもこれは、李徴が「おれのポエムはもうアカン…」と自分にガッカリしたせいでもあったんだ。

昔の仲良したちはみんな出世してブイブイ言わせてるのに、自分はかつてバカにしていた人たちから命令される立場になっちゃってるなんて、李徴のプライドはズタボロだった。


そうして、いつも不機嫌でワガママな、どうしようもないオッサンになってしまった李徴。


1年後、汝水というところに出張へ行った時、ついに「あーーーーッ!もう無理!!」ってなった。

真夜中にベッドからガバッと起き上がると、「◎✕▲※▽★◇〜〜!!」とか何とか叫びながら外に飛び出して、そのまま暗闇へ猛ダッシュ。疾走からの失踪。辺りを探しても手がかりすら見つからない。

それからずっと、李徴は行方不明のままだった。


その次の年、お役所が悪いことをしていないかチェックする係の袁さんという人が、出張に出かけている途中で、商於というところのホテルに泊まった。

次の日の朝、まだ薄暗いうちに出発しようとしたんだけど、地元の人に引き止められた。


「ここから先の道は人食い虎が出るから、お昼じゃないと通れないよ。まだ早すぎるから、もうちょっと待ったほうがいいと思うけど…」


でも袁さんは


「うーん、でもこっちには仲間がたくさんいるから大丈夫だと思う!」


って言って、さっさと出発しちゃったんだ。


そうして袁さん一行がまだ薄暗い林の中を歩いていると、案の定というか何というか、一匹の大きな虎が草むらから飛び出してきた。

虎は袁さんに飛びかかろうとしたけど、直前でUターンして、もとの草むらにササッと隠れた。

そして草むらから聞こえる「っぶね〜…」という呟き。


袁さんは「あれ?この声知ってる!」と思った。

パニクりながらも袁さんは叫んだ。


「その声はもしかして、僕の親友(マブ)、李徴子じゃない?」


袁さんは李徴と同じタイミングで役人になったこともあって、友達の少ない李徴にとっては一番の仲良しだった。

袁さんはおっとりした性格なので、ちょっと面倒くさいタイプの李徴とも上手くやっていけたんだろうね。

草むらの中からは返事が無くて、「え?もしかして泣いてる…?」って感じの声がスンスン聞こえるばかり。


ちょっと経ってから、低い声でこう返ってきた。


「うん、そうだよ、おれは李徴だよ」


袁さんは食べられかけたことも忘れて、草むらにかけよって「久しぶり〜!」と挨拶した。

そして「何で草むらから出てこないの?」って聞いてみた。


李徴のお返事。

「おれは今さ、こんな姿になっちゃってるわけじゃん。

友達にあわせる顔なんて無いんだって。

しかもさ、実際におれが出ていったら、袁さん絶対ドン引きするし、『うわ…』ってなるじゃん。

でもさ、おれ、今こうして君にまた会えて、すっごく嬉しいんだよ。

ちょっとの間だけでいいから、こんな姿のおれだけど、昔みたいに話してもらえるかな?」


後から考えるとけっこう謎なんだけど、袁さんは目の前で起きている不思議現象を「そっかぁ」とスンナリ受けいれた。


袁さんは部下たちに待っててもらうように頼んで、自分は草むらのそばに立って、あいかわらず隠れたまんまの李徴とおしゃべりをした。

都会では今こういうのが流行ってるらしいよーとか、あいつ今こんな仕事してるんだってーとか。

そういう世間話でひとしきり盛り上がったあと、袁さんは「李徴は何で今の姿になっちゃったの?」と聞いてみた。


李徴のお返事。


「今から一年くらい前、おれが出張で汝水に泊まってた夜のことなんだけど。


ちょっと寝てから、ふと目を覚ますと、外から誰かがおれの名前を呼んでたんだ。

外に出てみると、声は闇の向こうから、まるで『こっちにおいでよ〜!』と誘うように聞こえてくる。

おれは何かもうよく分かんなくなってきて、声を追っかけて走り出した。

ウワーーッて走ってたらいつの間にか山の中に入ってたし、しかも知らんうちに両手で地面をつかんで走ってた。

身体中にパワーがめっちゃみなぎって、大きい岩とかもピョンピョーンって感じで。

そんで気がついたら、手とか腕とかに毛がフッサフサ生えてきてんの。

ちょっと明るくなってから、川に映った自分の姿を見たら、もうね、虎なの。完全に虎。


見間違いじゃん?って思ったし、これは夢だ!とも思った。夢の中で『あっこれ夢だな』って分かること、これまでにもあったもん。

でもやっぱりこれは夢じゃないやつだって分かった時にはさ、もう頭が真っ白。

すごい怖かった。こんなことあるんだ…って。

でも何でこんなことになっちゃったんだろう。

分かんない。もう何も分かんない。

よく分かんないまま押し付けられたものを受けいれて、よく分かんないまま生きていくのが、おれたちの人生なんだ…とか思ってみたりしてさ。

もう生きるの無理…って確信した。


でもその時、目の前をウサギが通ったのを見て、一瞬でアニマルスイッチON。

ハッと気づいたら、すでにウサギをごちそうさました後だった。

これがおれの虎デビューだったってわけ。

それからのおれの暴れっぷりと言ったら、自分でもドン引きするレベルだよ。


たださ、必ず一日に数時間、人間モードに戻れるんだよね。

その間は前と同じように話せるし、ややこしいことも考えられるし、むずかしい話も出来る。

その人間モードの時に、虎モードの時のやらかしっぷりを振り返ると、もう自分で自分が恐ろしいやらムカつくやら…。


でも人間モードでいられる時間も、だんだん短くなってるんだ。

今までは『おれってば何で虎になんかなっちゃったんだろう』ってヘコんでたのに、この間なんて『おれって何でもともと人間やってたんだっけ?』とか考えちゃってさ。


これは本当にエグいしヤバい。

もう少ししたら、人間モードのおれは虎モードに飲みこまれて消えちゃいそうなんだよ。

古いお城がだんだん傾いて、土に埋もれていくみたいな感じで。

最終的には昔のことも全て忘れて、一匹の虎としてのびのび暮らして、今日みたいに君と再会しても友達だって分からず、君を晩ごはんにしちゃうんだと思う。


ていうかさ、動物も人間も、もともと何か他のものだったんじゃないかな。

でもだんだんそのことを忘れて、『自分は最初から今の姿ですけど?』って思ってるだけじゃないかな?

いや、まあ、この話は置いといて…。


正直、もう人間モードの時間がすっかり無くなったほうが、おれはハッピーなんだと思うんだよね。

それなのにおれは、めっちゃビビってる。

マジで、本当に、エグいくらい恐いし、かなしいし、切ない。

人間だった頃の思い出が無くなるなんてさ。

こんな気持ち、誰にも分かんない。

だ〜れにも分かんないよ。おれと同じ目にあった人じゃないとさ。


あっそうだ、話が変わって悪いんだけど、おれが完全に人間じゃなくなっちゃう前に、いっこ頼みごとをしてもいいかな?」


袁さんたちは草むらから聞こえてくる不思議な話をフンフンと聞いていた。

李徴は続けて言う。


「俺はもともとポエマーとして売れっ子になる気満々だった。

でもまだ夢を叶えられてないのに、こんなことになっちゃってさ。

今まで作ってきた何百ものポエムもお蔵入りになってる。

そもそもポエムの原稿自体、もう行方不明だろうし。


でも今でも暗記しているポエムが数十個あるから、これを俺のために書き残しといてほしいんだ。

別にこれで、いっちょ前にポエマー風を吹かしたろうなんて思ってないよ。

上手く出来てるかどうかも分かんない作品だけど、人生メチャクチャにしてまで頑張ってきたものなんだから、せめてちょっとくらいは残しておかないと、やりきれんのよ」


袁さんは部下に頼んで、聞こえてくるポエムをメモしてもらった。

草むらから聞こえる李徴の声はめっちゃハキハキしてた。

長いのや短いの、全部あわせて30篇くらい。

どれもセンスが良くてエモくて、いいねがいっぱい付きそうなものばっかり。

けれど袁さんは、すごいなーと思いながらも、こんな風に感じた。


「確かに作者のセンスがキレッキレなのは分かる。

でも超一流の作品に比べると、何て言ったらいいか分からないけど、とにかく何かが足りないんじゃないかな…?」


全てのポエムを伝えた李徴は、いきなり自虐的なムードになって言った。


「恥ずかしいんだけどさ、おれは今でも、こんな姿になっちゃった現在でも、自分のポエム集が大都会のインフルエンサーに紹介してもらえるのを夢見ることがあるんだ。

洞穴の中で横になりながら、そんなこと妄想してんの。

笑ってやってよ。ポエマーになれなくてタイガーになっちゃったおれを」


袁さんは「そういえば李徴って昔からチョイチョイ自虐はさんでくるところあったなー」と思いながら、しんみりと聞いてた。


「そうだ。笑い話のついでに、今の気持ちを即興ポエムにしてみようか。

まだ人間モードの俺が残ってるうちに…」


袁さんは部下に頼んで、メモしてもらった。

それはこんな感じのポエムだった。



病んで悩んで虎へと変貌


どうにも出来ずに毎日絶望


暴れまわって気づけば最凶


これでも昔は将来有望


なのに今では野原が住所


ダチは見事に出世だ有能


空には名月 いかした眺望


何も言えねぇ ほえるぜ「がおー!」



もう月はぼんやり消えかけている頃で、澄んだ空気とヒンヤリした風が、そろそろ夜が明けるよって教えてくれてる。

そこにいる人たちはみんな、目の前でものすごい不思議現象が起きているということも忘れて、「李徴は気の毒だな…」と心から思った。

李徴のおしゃべりは止まらない。


「何でこんなことになっちゃったのか分かんないってさっき言ったけど、考えようによっては、心当たりが無いことも無いんだよね。


人間だったとき、おれはなるべく人と仲良くしないようにしてた。

皆はおれのこと、えらそうなオレ様野郎だってウワサしてたよね。

みんなは知らなかっただろうけど、本当はおれ、ずっと怖かったんだ。


もちろん昔は天才だ何だとチヤホヤされてたから、それなりの自信はあったよ。

でもおれは、ヘタレな自信家だったんだ。


おれはポエムで成功するぞと思ってるわりに、有名な先生に弟子入りしたり、ポエム仲間を作って一緒にがんばろうとはしなかった。

そのくせ『おれはその辺のしょうもない奴らとは違うんだぞ』って思ってた。結局全て、おれがヘタレな自信家で、イキりの弱虫だったからなんだ。


皆から『李徴のセンスってイマイチだよね』とか思われたらどうしようって思うと怖くて、一生懸命がんばれなかった。

でも『いやいや、おれは絶対イケてるし!』っていう自信も中途半端にあるせいで、パンピーに混ざることも出来なかった。

だんだん引きこもるようになったおれは、一人でずっとイライラモヤモヤして、どんどん自分がコントロール出来なくなっていって…。


何て言うかさ、人間はみんな猛獣つかいで、その猛獣っていうのがその人の本性なんじゃないかな。

おれの場合は、ヘタレな自信家でイキりの弱虫っていうこの性格が猛獣だった。虎だったんだよ。


この虎が、おれの人生をめちゃくちゃにして、家族や友達に迷惑をかけて、最終的には姿もそのまんま虎になっちゃったんだ。

おれはあったかもしれない明るい未来を、自分で台無しにしちゃったわけ。


『人生って何もしないで過ごすには長すぎるけど、何かするには短すぎるんだよな〜』なんてそれっぽい事を言ってみたりしながら、実際は『つまらない一般人だと思われたくない』ってセコい心配ばっかしてる、努力嫌いの面倒くさがりだっただけなの、おれは。


おれよりも全然ショボかったのに、一生懸命がんばって、立派なポエマーになった人なんていくらでもいるわけじゃん。

虎になっちゃってから、やっとそのことに気づけた。後悔がやばすぎてしんどい。

もう人間としての生活なんて無理じゃんか。

たとえば今おれがすっごく良いポエムを作っても発表できないんだし。

しかもおれは毎日どんどん虎に近づいてるんだよ。

どうすればいいの?おれの人生って何だったの?もう本当に辛い。

そういう時、おれは向こうの山のてっぺんの岩にのぼって、一人でガオーッてほえるんだ。

この辛い気持ちを誰かに聞いてほしくて。

おれは昨日も、あそこで月に向かってほえたよ。誰かおれの辛さを分かってよー!って。


でも動物たちはその声を聞いてビクビクするだけ。

山も木も月も何もかも、虎がイライラしながら何かほえてるなーとしか思わない。

こんなに辛いのにってジタバタしても、誰もおれの気持ちは分かってくれない。

人間だったころ、おれのガラスのハートを分かってくれる人がいなかったのと全く同じ。


おれの毛皮、水滴がついてしっとりしてるけどさ、これ何割かは涙でしめってるからね」


ぼちぼち辺りも明るくなってきて、遠くからはコケコッコーと聞こえてくる。

そろそろお別れの時間。

もう虎に戻らないといけない時間だから…と李徴は言った。


「でも、さよならの前にもう一つお願いごとがあるんだ。


おれの家族、つまり奥さんと子供のことなんだけど。

家族はまだ前に住んでたところで暮らしてて、おれがこうなってることなんて全然知らない。

だから君が出張から戻ったら、お父さんは天国に行ったんだよって伝えてもらえないかな?

今日のことは絶対ナイショにしてほしい。

図々しいお願いなんだけど、おれの家族がひもじくてツラい思いをしないように今後もサポートしてもらえると、本当にありがたい…」


言い終わった李徴は、ワーッと泣き出した。

袁さんもウルウルしながら、「もちろんだよ!」と答えた。

でも李徴は、すぐにまた例の自虐ムードになっちゃう。


「普通の人なら先にこっちをお願いするよね。

ひもじい思いをしている家族のことよりも、自分のポエムの方を優先するようなやつだから、虎なんかになっちゃったんだよね…」


更につけ加えて


「袁さん、出張からの帰り道は、絶対にこの道を通らないでほしいんだ。

もし俺が虎モードだったら、友達だって分からなくて襲いかかっちゃうかもしれないから。


それと、さよならした後、あそこの丘にのぼってこっちを振り返ってほしい。

おれの姿をもう一度だけ見せるからさ。

カッコつけたい訳じゃないよ。

この恐ろしい姿を見て、『うわー、金輪際こいつに会うのは止めとこう…』って思ってほしいんだ」


袁さんは草むらに向かってお別れの挨拶をして、馬に乗った。

草むらからはウッ…ウッ…とめちゃくちゃ悲しそうな声が聞こえてくる。

袁さんは何度もそちらの方を振り返って、ウルウルしながら出発した。


丘の上に着いた袁さんたちは、李徴に言われたとおりに振り返って、さっきまでいた辺りをジーッと見た。

虎は、もうほとんど見えなくなってる月を見上げて、ガオーッガオーッとほえた後、また草むらに入っていって、


それっきり出てこなかったんだって。


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― 新着の感想 ―
自虐と自分のお願いだらけで、確かに友だちいなさそうである。
今こそこれ読むと身にしみるんじゃないかな…近代人みんなこんなもんだよね〜〜 大人になって読み返すとマジ自分の若かりし黒歴史の数々が思い起こされて辛すぎますよね……
悲しい話なのにふんわりしてるから笑っちゃいました 走れメロスも読みたいです
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