第97話「大祝賀フェスティバル」
契約が成立してから数日後。
アスヒラクフーズ本社には、ちょっとした“お祭りムード”が漂っていた。
魔王アマリエの音頭で「人類×魔族 共同経営記念・大祝賀フェスティバル」なるイベントが突如開催されることとなり、社内外のスタッフたちが一斉に動き出していたのだ。
「わーい! ワシ、祝賀会の目玉で“特製ポーション・ファウンテン”を考えたぞっ!
チョコじゃなくてポーションが滝のように流れて、カップで汲むスタイルじゃあああ!」
『……それ、香りが混ざって地獄になるニャ』
「大丈夫じゃ! “鼻栓プレゼントキャンペーン”も企画済みじゃ!」
『全然ダメニャ!』
会議室では、アマリエとヴォルフガングのやり取りが止まらない。
だが、その一方で、フロア全体には明るい空気が流れていた。
――共に歩むという意思。
それが、これまで“溝”とされていた魔族と人類の間に、確かに橋を架けようとしていた。
タケマルは、本社の各部署を見学して回っていた。
「いやあ、魔族の経理担当って、計算速度すごいですね……魔法ですか?」
「あはは、もう魔法は使えないけど!
あっし、オクトパスの化身なんで、8本の手を利用した“暗黒アバカス術”は、伝説級のタイピング力ですね!
ちなみに手元が遅れるとストレスで手を食べちゃいます!」
「……え? 食べるんですか?……冗談ですよね?」
「冗談……じゃないです。ま、2、3日で生えてきますけどね」
(なんて怖い経理部だ……)
そんな驚きと発見の連続の中で、タケマルは人類側にはない“文化的多様性”に目を見張っていた。
ヴォルフガングは、遠くからその様子を見つめていた。
(……意外と馴染んでるニャ)
彼女の内心には、ほんの少しの“警戒”もあった。
人類の起業家が共同経営者になる――それは裏切りのリスクも孕んでいる。
けれど、今のタケマルからは、そうした打算や欲望は感じられなかった。
むしろ、魔族社会の仕組みや文化を学ぼうとする誠実さが伝わってくる。
アマリエが元気よく走ってくる。
「ガンちゃん、タケマル殿に“魔王クイズ”出してきたぞ!」
『魔王クイズ……?』
「うむっ! “ワシの好物は?(1)焼き芋(2)焼き芋(3)焼き芋以外認めぬ”って問題じゃ!」
『答えの選択肢が機能してないニャ……』
「さらに! “ワシが初めて社会貢献した日は?(1)1年前(2)明日(3)明後日”!」
『時系列が壊れてるニャ』
マサヒロがその場に現れ、笑いながら声をかける。
「アマリエ社長、少しは真面目に経営の話を……」
「うむうむ、ちゃんとしとるぞ! さっき“魔王フェス”の予算を組んだんじゃ!
“フェス用ポーションの開発費:100万円”! “魔王の衣装レンタル費:50万円”!
“ガンちゃん用ちゅ~る代:5万円”!」
「最後の項目だけ明らかにおかしいです!」
「ニャ!?」
ヴォルフガングのしっぽがピクリと揺れた。
(ちゅ〜る…………悪くないニャ……)
アマリエの無邪気な行動に、タケマルも自然と笑みを浮かべるようになっていた。
「なんというか……すごく“自然”な会社ですね。
魔族だから、人類だから、って意識を忘れてしまいそうになる」
マサヒロがそっと答える。
「この人が、そういう空気を作っちゃうんですよ」
目線の先――
そこには、ピンク色の羽飾りがついたお手製の“魔王フェス・ステージ衣装”を着て、ポーズを決めているアマリエの姿があった。
「どうじゃ!? この衣装! “闇のティアラ”と“慈悲のマント”を兼ね備えた、正義の魔王じゃああああ!」
『衣装名の設定が矛盾してるニャ……』
その時、ふとマサヒロがつぶやいた。
「……でも本当に、アマリエ社長が選んだ人なら、僕は信じますよ」
ヴォルフガングは、そっと彼の顔を見上げる。
(そう、あの人は……誰よりも不器用だけど、誰よりも“信じる”ことができる魔王ニャ)
この小さな会社から始まった共存の物語は、今まさに新たなフェーズへと移ろうとしていた。




