第96話「肉まん屋さんとのコラボ?いや違うでしょ!」
会議室の空気は、静かに張りつめていた。
アスヒラクフーズ本社の応接室――
そこにいたのは、魔王アマリエと人類代表の青年起業家・タケマル。
そして、テーブルを挟んだ対面には、マサヒロと黒猫の姿で背筋を伸ばすヴォルフガングがいた。
「では、始めましょうか。共同経営に関する最終確認を」
マサヒロが柔らかく微笑む。タケマルは深く頷いた。
「はい。よろしくお願いします。
まずは、互いのビジョンをすり合わせることから始めたいと思います」
その瞬間――
「うおおおおおおおおおっ!? あれ!?そういえばタケマル殿って……?」
アマリエが椅子をガタンと倒し、勢いよく立ち上がった。
「えっ!? ワシ、ずっと”人類と共同経営”とは”肉まん屋さんとコラボ”じゃと思っとったぞ!?
その紙袋の中に肉まん入っとるんじゃろ!? なあ、ガンちゃん!」
(それはただの契約書ニャ……)
ヴォルフガングは、全力で首を横に振っていた。
タケマルは微笑を浮かべたまま、まったく動じる様子を見せなかった。
彼は飄々とした空気を纏いながら、まるでこの異種文化空間に溶け込んでいるようにすら見える。
「いえ、私は“肉まん屋さん”ではなくて……以前から御社の取り組みに注目していまして」
「ええええ!? ワシら、そんなに注目されとるのか!?
……もしかして、ワシの“踊ってみた動画”見て来た口か!?
『墓地ポーションで朝活ルーティーン☆』の回が人気じゃったからのう!」
「それはそれで驚きですけど……はい、あの動画も拝見しました」
「ふぉぉぉぉぉぉ! 見られとったか! ワシの魂のダンスが……!」
(魂のどこを振り絞っても、あれは“死霊の盆踊り”以下ニャ……)
ヴォルフガングは諦めたように目を伏せ、マサヒロも肩をすくめて笑う。
そんなコミカルなやり取りのあと、空気はようやく落ち着きを取り戻し
正式な契約の話へと入っていく。
マサヒロが資料を提示しながら説明する。
「共同経営の軸となるのは、“理念の共有”と“経営の透明性”です。
アスヒラクフーズは、ほぼ魔族主体の企業でしたが、ここから先は“魔族と人類の共存”を真に実現する企業体制を目指します」
「ふむふむふむふむ。……で、タケマル殿はどんな理念をお持ちなんじゃ?
あっ、肉まん以外の話で頼むぞ!」
「もちろんです。私のビジョンは、“世界を希望に変える”ことです。
魔族と人類が築いてきた技術、文化、そして失敗すらも再利用して、未来を作りたい。
御社のポーション事業には、その可能性を感じました」
アマリエの目が輝いた。
「うおおおおおお! 今の、かっこよかった! “世界を希望に変える”って!
それ、キャッチコピーにしてもええか!? あと、ワシの名刺に入れてもええか!?
“魔王、世界を希望に変える”って、超かっこええじゃろ!」
「……いや、ははは、社長、ちょっとそれは……」
マサヒロがそっと耳打ちするが、アマリエはまったく聞いていない。
だが、そんな彼女の天然さが、逆に会議の緊張をほぐしていく。
ヴォルフガングは、タケマルの表情をじっと見ていた。
彼は終始穏やかで、言葉には誠実さがあった。
人類の中にも、こうして対話を望む者がいる――
それは、かつて、母ヴァルハラが夢見た“未来”だったのかもしれない。
(この人なら……少しは、信じてみてもいいニャ)
アマリエが大きく手を叩いた。
「よしっ! タケマル殿、契約しようではないか! ワシと一緒に、世界の朝を変えようぞっ!」
「……“朝”に限定されるのですか?」
「うむ! 朝活ポーションで世界の夜明けを彩るのじゃ! “夜型の敵”を叩き起こすんじゃあああ!」
誰よりも無邪気な笑顔で、アマリエは両手を差し出す。
タケマルは笑いながらその手を握り返した。
こうして、“魔族と人類”の新たな共同経営の第一歩が、正式に踏み出されたのだった。




