第95話「魔族×人類、共同経営者誕生!」
黄金色の陽光が、アスヒラクフーズ本社のガラス張りの応接室を優しく照らしていた。
いつもの朝とは違う、どこか浮足立った空気。
だがそれは不安ではなく、未来に向かう期待が混じった、希望のざわめきだった。
応接室の中央には、長机が置かれ、両端に向かい合うように座っているのは二人の男。
一人はアマリエ社長の右腕として活躍する青年、マサヒロ。
そして、もう一人は、紺色のビジネススーツを身にまとった青年起業家、タケマル。
人類圏では新進気鋭の企業家として知られる存在だ。
「では……本日をもって、“魔族×人類 共同経営体制”を正式に発足いたします。契約締結に、ご同意いただけますか?」
マサヒロが、書類の末尾を指さしながらタケマルに尋ねる。
彼の声は穏やかでありながら、どこか感慨深げだった。
タケマルは、眉を軽く上げて笑った。
「もちろんです。やりましょう。……“壁”を壊すには、まず“共に稼ぐ”ことからです」
さらりとサインするタケマル。
その動きには、決断の速さと覚悟が滲んでいた。
静寂。
だが次の瞬間、ドアがばーん!と勢いよく開かれた。
「ま、待たんかーいっ! そのサイン、ワシが一番に見届けるつもりだったんじゃあああああ!」
魔王アマリエ――全力で遅刻してきた社長が、まるでヒロインの登場のように飛び込んできた。
「ニャっ!?」
ヴォルフガングが思わず短く鳴いた。テレパシーを使う隙すらなかった。
アマリエは、ばさばさとコートを脱ぎ捨て、ぐいぐいとマサヒロの横に陣取ると
タケマルの手に自分のサインペンを差し出した。
「さあ、タケマル殿! この“世界初の魔族と人類のコラボ企業”、一緒に築こうではないかっ!」
「いえ、もうサインは終わってますけど……」
「えっ!? は、早いのう!? ワシ、カッコいい演説を用意しとったのに……」
場が静まり返る中、ヴォルフガングだけが冷静にマサヒロに向かって筆談でつぶやいた。
【社長の演説原稿、最初の二行で語彙が尽きてました】
マサヒロが思わず吹き出す。
「大丈夫です、社長。まだ“共同会見”がありますから。そっちで、思う存分しゃべれますよ」
「おおっ! そうじゃ! そうじゃったああああ! ワシの出番、まだ終わっとらん!」
そして、ぐるりと一同を見渡して、満面の笑みで叫んだ。
「これより、魔族と人類の未来を切り開く、新たな一歩じゃああああああああ!!」
床が、わずかに揺れた気がした。
まるで大地すら彼女の熱意に震えたかのように――。
(……未来、かニャ)
ヴォルフガングは静かにアマリエの背中を見つめた。
その小さな瞳の奥に、ふと母・ヴァルハラの面影がよぎる。
(母上……今なら、少しだけ誇れるニャ)
そしてその横では、マサヒロとタケマルが新たな資料を手に取っていた。
「これは、“共存経営”に向けたロードマップです」
「へえ、初期フェーズで50店舗展開予定ですか。やっぱり本気ですね」
「はい。ただし、“魔族の文化”を壊さないことが最優先です。タケマルさんの人類圏ネットワークと、うちの理念が合致すれば……きっと、両方を守れる」
その言葉に、タケマルは真顔になった。
「……覚悟、決めてますよ。私は“金だけの起業家”ではありません」
その背後では、アマリエがすでにホワイトボードに落書きを始めていた。
「ふふーん♪ ワシの作戦名は“サラダボウル作戦”じゃ!
魔族も人類も野菜みたいに共存して、ビタミン社会を目指すんじゃあ!」
「えーと……一応、その案は“参考意見”として保留にしときますね、社長」
会議室の空気が和やかに笑いに包まれる中、静かに動き出した“魔族と人類の共同経営”――。
その先に待つ未来が、苦難か栄光かはまだ誰にも分からない。
だが確かなのは、そこに“希望”が生まれ始めているということだった。




