第89話「魔族の子たちに、光を」
春の柔らかな日差しが、アスヒラクフーズ本社ビルの窓から差し込んでいた。
魔王アマリエは、会議室の大きなテーブルにうつ伏せになっていた。
頬に押し付けたカーペットがひんやりしていて、眠気を誘う。
「うーん……募金て、どれくらい募れば……世界が平和になるんじゃろか……」
唐突な問いかけに、隣にいたヴォルフガングがテレパシーで答えた。
『それは募金の規模の問題ではなく、目的と透明性の問題ですニャ。』
「も、もくてき……? あっ! わかったぞ! えっと……“ポーションは地球を救う”!」
『違いますニャ』
相変わらずのズレたボケに、ヴォルフガングはしっぽをぱたぱたと揺らした。
しかし、今回はそのやり取りすら、彼女にとって特別な時間だった。
――基金の設立。それは彼女の“母”が遺した最後の希望の灯火だった。
ヴォルフガングはこっそり資料室に忍び込んでいた。
取り出したのは、あの日、母ヴァルハラが託してくれた小さな箱。
中には、古い紙で綴られた手紙が入っていた。
黄ばんだ封筒には、綺麗な魔族の文字でこう書かれていた。
『この星に生きる魔族の子らへ』
読み進めるうちに、ヴォルフガングの胸がぎゅっと締め付けられた。
『魔族の誇りは、魔法と剣ではなく、心にあります。
たとえ誰かに奪われようと、未来を託せる誰かがいる限り、我々は滅ぶことはありません』
『もし星が再び私たちを照らすなら、その日こそが未来です。
その日が来たら、この手紙の意味を知る者が現れるはず。
残された魔族の子どもたちに――光を。』
ヴォルフガングは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
(母上……約束しますニャ。私が……私が、子どもたちの光になる)
アマリエは、そんなヴォルフガングの想いに気づくことなく、
「基金ってのは、ポーションより甘いんじゃろか……」と真剣に考え込んでいた。




