第9話「共に広げる!これが新時代の魔王軍」
「つまりのう! “癒しのしずく亭”みたいな店を、あっちにも! こっちにも! どんどん増やしていけばええんじゃな!? ワシ、ついにわかったぞ!」
アマリエは丸テーブルの上に地図を広げ、まるで軍議のように指を滑らせていた。
「北の辺境に一店舗、中央大通りに一店舗、そして旧魔王城跡の観光地エリアに一店舗……」
『それは早すぎるのですニャ』
「ワシ、待てん!!」
机の向かいで、ヴォルフガングが大きなため息をついた。
ポーションジュースの空きグラスがいくつも並ぶテーブルの上。アマリエの瞳はきらっきらに輝いている。
「それが……その“ふらんちゃいず”というのか! すごいのう、まさに軍略じゃ!」
『はい。合法的な“軍拡”ですニャ』
ヴォルフガングの言葉に、アマリエがビシッと敬礼のようなポーズをとった。
「そ、それじゃ、あれか! “魔王軍再興”の第一歩は、この“フランチャイズ軍団”というわけじゃな!? いやぁ〜〜〜、やっぱりワシ天才じゃった!」
『……むしろそれ、完全にスターシスの手柄ですニャ』
そのスターシスは、少し離れたカウンターの中で、お客と静かに話しながら品出しをしている。
いつも通りの笑顔、丁寧な接客、スムーズな動線。
余計なことは一言も話さず、ただ目の前の仕事に集中しているその姿は、魔族時代の“闘士”ではなく、今や“現場主義の社長”そのものだった。
「……のう、ガンちゃん。あいつ、しゃべらんのう」
『“商いは見せるもの”ですからニャ。余計な講釈よりも、店の回り方が語るのですニャ』
「……なるほど……それも仕組みじゃな」
アマリエは、癒しのしずく亭の店内を改めて見回す。
決して広くないが、効率的に作られた厨房。
手作り風の看板には、「本日のおすすめポーション:ほっとする青のしずく」と記されている。
床にはゴミ一つ落ちていない。スタッフの動きも無駄がない。
ただ清潔で、丁寧で、それだけなのに――
それだけが、なにより“安心感”だった。
「これが……“継続する力”ってやつなんじゃな……」
『そうですニャ。魔力も剣もいらない。“仕組み”だけが支える力……』
「……仕組みってすごいのう。ワシ、昔、思いつきと気合で突っ込んどったけど……」
『知ってますニャ』
「うぅ、即答…………でものう!」
アマリエが急に立ち上がった。
客の一人がびっくりしてポーションをこぼしそうになる。
「ワシ、思いついたぞ! “戦わずして広がる軍”――これが新時代の魔王軍じゃ!!」
『そうですニャ』
「しかも、志願者が勝手に来て、店を出してくれるんじゃな!? おおお、これはまさに……」
『……合法的な軍拡ですニャ』
「すばらしいっっ!!」
ガタンと椅子が倒れる。ヴォルフガングが静かに起こした。
「でものう、ワシ、ちょっとだけ分からんこともあるんじゃ」
『なんですかニャ?』
「この仕組みで広がるんは分かった。じゃがのう、他の者にやり方を渡すっちゅうことは、ワシの力を“分ける”ということじゃろ?」
『その通りですニャ』
「……なんか、負けた気せんかの?」
少し寂しそうなアマリエに、ヴォルフガングはにやりと笑った。
『それは“昔の魔王”の発想ですニャ。今の時代、力は“独占”ではなく、“共有”でこそ強くなるのですニャ』
「共有……?」
『みんなが同じ仕組みを持てば、全体の価値が高まりますニャ。それが“ブランド”というやつですニャ』
「……ほう……ぶらんど……」
『つまり、“アマリエ陛下のやり方”を皆が使えば、“アマリエ印”として広がり、信頼され、もっと強くなるということですニャ』
アマリエは黙って、ポーションの空きカップを見つめた。
そこにはもう何も入っていない。けれど――不思議と心は満たされている。
「……ワシ、勘違いしとったかもしれんのう」
『なんですかニャ?』
「“奪う”ことで世界を征服するもんじゃと思ってた。じゃが、そうじゃないんじゃな」
『その通りですニャ』
「“渡す”ことで、広がる。“任せる”ことで、育つ。“共有”することで、強くなる」
『……急に頭良さそうなこと言うのですニャ……』
「えっへん、ワシ、将来の社長じゃからのう!」
笑いながら言ったその声は、少しだけ震えていた。
怖くないわけじゃない。知らない世界に足を踏み入れるのは、いつだって不安だ。
けれど――その先に、希望があると知った。
「のう、ガンちゃん」
『はいニャ?』
「ワシ……ようやく分かった気がするんじゃ。“征服”じゃなくて、“共に広げる”ってことが」
『それが、経営の第一歩ですニャ』
「ワシ、“商売つよつよビックリ大魔王”になるぞ!!」
『ネーミングだけは考え直すのですニャ……』
こうして、アマリエは初めて、
“誰かと共に歩む戦略”というものを理解しはじめた。
それは、かつての“支配者”にはなかった視点。
でも今のアマリエには――それが、何よりも誇らしかった。
世界征服ではない。
けれどそれは、もっと優しい形で、世界を変える力になるかもしれない。
合法的軍拡、その名も――フランチャイズ。