第87話「ガンちゃんの決意」
翌朝。
アスヒラクフーズ墓地前本社・研修フロア。
「いざっ! 魔王式接客術・最終奥義じゃーーーっ!」
魔王アマリエは、真剣な顔で研修生たちの前に立っていた。
……ただし、そのポーズは片足を挙げて謎のダンスのようである。
「お客様が来たら、まず“笑顔”じゃ! ワシのように! ふんすっ!」
「ふ、ふんす……?」
「つぎ! お辞儀は45度! 90度だと深すぎて頭を床にぶつける危険があるのじゃ!」
研修生たちが一斉にうなずく中、背後でヴォルフガングがそっとため息をついた。
(……でも、彼女の“本気”は、伝わっているニャ)
画面の向こうでは、全国の加盟オーナーたちが配信を見守っていた。
魔王式研修動画は、今やアスヒラクフーズの“魂”となりつつあった。
「マサヒロ! ワシの笑顔、100点満点で言うと……?」
「え、あ、はい! 130点です!」
「む、むふふ……やるのう、ワシ……!」
ホワイトボードには、CRM導入後の売上回復グラフが誇らしげに描かれていた。
「ワシら、ここまで来たんじゃのう……」
アマリエがふと呟く。
「でも、まだまだ足りん……ワシが“本当のけーえー者”になるには……」
「十分です、アマリエ社長」
「えっ?」
マサヒロが微笑む。
「“何かのために変わろうとする人”こそ、本当のリーダーです。
アマリエ社長は、本物の経営者です。僕は、そう思います」
その言葉に、アマリエの頬が赤く染まった。
──そんなふたりの様子を、廊下の隅から見つめていた小さな黒猫は、そっと視線を伏せた。
(……それでも、私はあなたのそばにいますニャ、社長)
ヴォルフガングの尻尾が、静かに揺れていた。
──その夜、アスヒラクフーズ本社の会議室。
「CRMの成果、すごいですね……」
マサヒロがホワイトボードの前で感嘆の声を漏らす。
売上のグラフは急激に右肩上がり。
問い合わせ件数とリピート率も、目を見張るほど改善されていた。
「ガンちゃん、本当に……ありがとうございました」
筆談で答えるヴォルフガング。
【お礼などいりません。これはチーム全員の成果です】
「でも、やっぱりガンちゃんの力が……」
マサヒロの真剣な眼差しに、ヴォルフガングは一瞬、琥珀色の瞳を揺らした。
(……いけませんニャ。期待しては)
黒猫の小さな心が、静かに波打つ。
マサヒロにメモを差し出した。
【マサヒロさん。明日の朝、屋上に来てほしいのです。社長抜きで】
「え?」
アマリエが机の上から飛び上がった。
「むっ!? ぬ、ぬぬぬ……ガンちゃん、それはもしや!?
ちょめちょめするつもりか……うぬぬ、ワシも行くぞっ!」
『あの、違いますニャ。社長は……お休みくださいニャ』
「ワシの知らぬところで、ふたりきり……うう、これは由々しき事態じゃ……」
マサヒロは困ったように微笑んだ。
「わかりました。明日、行きます」
──そして、朝が来た。
アスヒラクフーズ本社の屋上には、マサヒロ以外誰もいなかった。強い風が吹き、
雲の切れ間から朝日が射し込んでくる。
その隅で、黒猫の影が静かに立っていた。
──ヴォルフガング。
写真入りのロケットペンダントを咥え、マサヒロに歩み寄る。
写真に写った少女の姿は……
白のブラウスを着た、凛とした猫耳と黒くふさふさな尻尾を残した猫型獣人。
幻想的で、気高く美しく──マサヒロの“理想の女性”に限りなく近かった。
彼女は、そのロケットペンダントを開き、マサヒロに渡した。
「これは……うわ、めちゃくちゃ可愛い!!誰ですか?この娘??」
メモ用紙をマサヒロに差し出す。
【このペンダントと写真は私の宝物です。マサヒロさんにずっと持っていてほしいのです】
「えっ?そんな大切なものを……どうして僕に」
【この写真の人物がそれを望んでいるからです。これ以上詳しくは聞かないでください。
すみません】
「……よくわからないけど……ガンちゃんのお願いなら。ずっと大切にするよ」
【ありがとうございます】
マサヒロは優しくヴォルフガングの頭を撫でた。
感情が抑えきれず、黒猫はぽろぽろと涙を溢した。
琥珀色の瞳にうつるマサヒロの姿が、涙で滲む……
(これでいいのですニャ。私は、あなたの隣に立つ資格はありませんニャ)
ゆっくりと黒猫は去っていった。
『マサヒロ……』
その呟きは、風に消えた。
──その後、会議室。
「マサヒロ! ワシな、今日夢を見たのじゃ! ガンちゃんが猫型獣人になって、ワシより可愛かったんじゃ!」
「はは、それはショックですね、アマリエ社長」
「ぬぬっ……! ワシ、負けぬぞ!」
その横で、ヴォルフガングは何食わぬ顔で「ニャー」と鳴いた。
(……それでも、私はここにいます。社長の隣で、マサヒロさんを支えるために)
黒猫のしっぽが、ゆるやかに揺れた。




