第86話「それは恋ですニャ」
その夜。アスヒラクフーズ本社の屋上。
ポーションの空瓶を手に、アマリエは空を見上げていた。
「CRM……おぬし、思ったよりすごいやつだったのう……」
星空の下でつぶやくその声は、少しだけ真剣だった。
「なんじゃろ……最近、ワシ、変わってきてる気がするのじゃ」
そこに、黒猫のシルエットが静かに歩いてくる。
『社長……夜風に当たっているのですニャ?』
「うむ……なんか、今日は……胸が、きゅんってするのじゃ……」
『またポーション飲み過ぎたんじゃないですかニャ?』
「違うのじゃ!」
ヴォルフガングが隣にちょこんと座る。
「CRMのおかげで、オーナーたちも、なんだか“家族”みたいになってきたのう」
『はい、皆さんの表情が、少し柔らかくなった気がしますニャ』
「ワシ……昔は“人間も魔族も、皆ひれ伏せばええ!”って思ってたのに」
『今は?』
「皆で一緒に、ポーションで笑顔になろう!って思っておる!」
『……それは、素敵な成長ですニャ』
しばらくの沈黙。
「なあ、ガンちゃん……」
『はいニャ?』
「その……あの……ワシは…………マサヒロのこと、好きなんじゃろうか?」
『……ニャ?』
「なんかよくわからんのじゃが、マサヒロと話してると、ほわっとするのじゃ。
あと、ちょっと……ムカッとすることもあるのじゃ。
特に……ガンちゃんと仲良くしてるときとか」
「…………」
ヴォルフガングの尻尾がピクリと動く。
『社長、それは恋ですニャ』
「えええええ!?」
『というか、ヤキモチですニャ』
「えええええええええええ!?」
『私も……マサヒロのこと…………でも……社長がそうなら、私は──』
「ぬうわあああああああああ!言うなぁぁぁぁぁっ!!」
アマリエは頭を抱えて転げ回った。
「恋ってこんなにめんどくさいものだったのかああああ!」
『そうですニャ……だから今は、猫になる呪いが解けないでほしいと思ってるのですニャ……』
「それはずるいのじゃあああ!こんの猫族随一のちょーぜつ美少女めがぁぁあああ!
ガンちゃんの呪いが解けたらワシ、確実に負けるのじゃあああ……」
『……ご心配なく。解けないですニャ』
「ガンちゃん、知っておるか!?
マサヒロのパソコンに”お気に入りアイドルフォルダ”があってのう……
そこに入ってるアイドルの顔、呪われる前のガンちゃんそっくりなんじゃ……
いやいやいや、違う!比較にもならぬ!!
そのアイドルよりガンちゃんの方が圧倒的に美少女なんじゃ!」
『………私、美少女じゃないですニャ』
「たわけ!ガンちゃんの母上、”歴代猫族最高の知性と美貌の持ち主”と呼ばれておったのじゃぞ!?
ガンちゃん、母上そっくりだったじゃないかぁああ!!
あああああぁ……ワシ、負けた……」
『だから、呪いは永遠に解けないですニャ……』
──夜風の中、魔王と猫の切ない会話が、静かに響いていた。




