第83話「魔王式フランチャイズ経営マニュアル」
──数日後、社長室。
アマリエは、机の上に積み上げられた資料の山に埋もれながら叫んでいた。
「な、なんでじゃあああああ! ストーリーブランディングって、こんなに難しいのかああああ!」
『そりゃそうですニャ。物語というのは、魂を削る作業ですニャ』
「ガンちゃん! ワシの魂は……すでに紙くずの山の中じゃ……!」
アマリエのわめきに対し、ヴォルフガングは冷静に“ストーリーブランディング企画書”をテーブルに差し出す。
『マッスル食品との戦いを思い出して下さいニャ。
社長の“思い出”や“お客との交流”を題材にした、エピソード集形式にするのがベストですニャ』
「おおっ! さすがガンちゃん!」
『例えば、“墓地で開業した日”の話、“最初のクレーム処理”、“ポーションに救われた旅人”など……感情に訴える構成にするべきですニャ』
「むむむ……なんか急に現実的じゃな……!」
『当たり前ですニャ。ブランドは信頼で作られるのですニャ』
そこへマサヒロがやってきた。
「社長、オーナー会議の準備、進んでますよ!」
「おお! サンキュー、マサヒロ!」
「でも、魔王式のままじゃ、オーナーさんに理解されないと思いますよ。
そろそろ“人間社会でも通用する”内容にしませんか?」
「……ふむぅ、やっぱり魔王スマイルはダメかのう……」
「それは封印しましょう」
「土下座の美学は?」
「それも封印です」
アマリエは腕を組んでうなった。
「ならば、マサヒロ式のスマイルを教えてくれ!」
「えっ、僕の笑顔ですか?」
「うむ! その安心できる笑顔をワシも会得して“接客の極意”に昇華するのじゃ!」
「無茶なこと言わないでくださいよ……」
──そんなやり取りを、そっと見つめるヴォルフガング。
(……また、二人だけの世界になってるニャ)
そして、彼女はそっと猫背を丸めると、自分の企画書に小さく書き足した。
【※社長が暴走しそうな時は、マサヒロに鎮めさせる】
(これも“経営術”のうちニャ……)
──その晩、屋上。
星空の下、ヴォルフガングはひとり、静かに夜風に身を任せていた。
『……人間と猫族のあいだに、どれほどの距離があるのかニャ……』
琥珀色の瞳が月光を映す。
そこへ、足音もなく現れたのは──マサヒロだった。
「ガンちゃん、こんなところにいたんですね」
【いつから、その呼び名で呼ぶようになりましたか?】
マサヒロと筆談を交わす。
「社長がいつもそう呼んでるし、可愛い名前だと思って」
【バカですね】
そう書きながらも、ヴォルフガングはマサヒロの隣に腰を下ろした。
【マサヒロさん。あなたは、アマリエ社長のこと、好きなのですか?】
「……どうして、そんなこと聞くんですか?」
【聞きたくなっただけです】
しばらくの沈黙のあと、マサヒロがぽつりと答えた。
「社長は、僕にとって……すごく眩しい人です。
天然で、おバカで、でも、まっすぐで。だから放っておけない。
でも……恋とか、そういうのとは少し違う気もするんです」
【つまり、“好きだけど好きじゃない”というやつですか?】
「そうかもしれません」
(それなら、希望はあるかニャ)
ヴォルフガングはちょっと嬉しそうに鳴いた。
「……?」
(ふふ、なんでもないニャ)
ヴォルフガングは、そっと空を見上げる。星が、どこまでも透明に瞬いていた。
(アマリエ社長が夢を語り、マサヒロがそれを支え……私はその二人を支える。
ただ、それだけでよかったはずニャのに……)
【私は“夢”がありませんでした。でも今、ほんの少しだけ、叶えたい願いがあります】
「それは?」
【秘密です】
ふっと、風が吹いた。
翌朝、アマリエの机には──
改訂された“魔王式フランチャイズマニュアル”が置かれていた。
タイトルは──
《魂を届ける店づくり ~魔王式ストーリーマニュアル~》
そこには、ヴォルフガングとマサヒロが一晩かけて編集した、物語と実務が融合した“本物”の経営ノウハウが詰まっていた。
「うおおおおおおお! これぞワシの求めていたものじゃあああああ!」
叫び、感涙にむせぶアマリエ。
──魔王の経営術は、今日も進化する。




