第79話「文化を創る、企業に」
──数日後、アスヒラクフーズ本社 会議室。
アマリエはいつものように、逆さに貼られたホワイトボードを見つめていた。
「ワシ……これから何をすればよいのじゃ……」
『社長、ホワイトボードの上下逆ですニャ』
「そうか……ならばワシの思考も逆さなのじゃな……」
『逆さでも社長は社長ですニャ』
ヴォルフガングが静かにツッコむ横で、マサヒロがふと口を開いた。
「社長……僕、最近ポーションの売上表見てて、思ったんですよ」
「おおっ、どんなことじゃ!?」
「数値って、物語の裏にある“共感の量”じゃないかって」
その言葉に、ヴォルフガングが目を細めた。
『……いい言葉ニャ。数字を、想いで満たす……』
アマリエは両手を広げる。
「よしっ! じゃあ次は“共感量グラフ”じゃな! 感動で縦軸が爆発するやつ!」
「それはもはや測定不能です」
三人の掛け合いのなかで、新たなアイデアも次々と生まれていった。
“ポーションを贈ると同時に、オリジナルの物語を添えられる機能”
“UGC優秀作品を絵本化する企画”
“ポーションを使った演劇公演”──
顧客と共に物語を育てる仕組みが、現実味を帯び始める。
そこには、もはや“売る”だけではない、文化を創る企業の姿があった。
その夜。
屋上で一人星を眺めていたヴォルフガングの隣に、マサヒロがそっと立つ。
「……ガンちゃん、今日もお疲れさま」
「……ニャ」
「……最近、なんか……社長と話すより、ガンちゃんと話してる時間のほうが落ち着くんだ」
「…………ッ」
一瞬、しっぽが跳ねた。
「って言ったら、社長に怒られるかな……はは……」
ヴォルフガングはペンを咥えてメモに走り書きをする。
【それは、秘密にしておきます】
夜風がふたりの間を優しく通り抜けた。
アスヒラクフーズは、“物語を売る企業”として走り始めていた──。




