第77話「共感が、共感を」
投稿から数時間後。
「社長、やばいです! 投稿……トレンド入りしました!」
マサヒロが画面を指さして叫ぶ。そこには
「#わたしとアスヒラク」
「#わたしとポーション」
「#あの時の一杯」
「#大切な誰かと飲んだ記憶」
それと同時に
「#ポーションとワシの物語」
「#猫毛奇跡」
「#魔王に猫毛が生えた」
という不可思議なタグが並び、笑いと感動が交錯したコメントが殺到していた。
「うちの祖母も同じことしてた……泣ける……」
「アマリエ社長の“ポーション猫毛物語”、なんかアホすぎて元気出たわ」
「飲み物に感情がある気がしてきた」
ヴォルフガングがしっぽをゆっくり揺らす。
『共感が、共感を呼んでるニャ。……効果的ニャ』
アマリエはというと、手にティッシュを握りしめて号泣していた。
「ぐすっ……みんな……ワシの猫毛物語を……うぅ……」
「いや、猫毛には感動してないと思いますが……」
「うむ! もう3回も自分の投稿を読んで泣いたのじゃ……ワシは、ワシに感動したのじゃ……!」
「あ、いや、その……社長……さすがです……」
翌日。
ポーションにまつわる個人の物語が次々と投稿されるようになった。
「兄とケンカした後に飲んだこのポーション、なんかしょっぱかった」
「就職祝いに友だちが贈ってくれたポーション。宝物にしてたけど、期限切れてた(笑)」
「推しの配信者が飲んでたポーション、真似して買ったのがきっかけでした」
SNSには、まるで“詩”のような投稿が並ぶ。
『……これは、群衆の詩ニャ』
ヴォルフガングがしみじみと呟く。
マサヒロもまた、自分の体験談を一本の短編動画にまとめていた。
かつて、アルバイトのきっかけとなった小さな出来事を。
「“一杯のポーションが、誰かの記憶になる”……僕、そう思ってるんですよね」
その言葉に、アマリエはまたぽろぽろと泣き始める。
「マサヒロ……おぬし……ええこと言うのう……!」
こうして“物語で売る”UGC戦略は、顧客自身が語ることで熱を帯び、
アスヒラクフーズのブランドは命を宿し始めた──。
数日後。
UGCの流れは想像以上の広がりを見せ、
店舗では「このポーション、SNSで見たやつですか?」と客が尋ねる光景が日常となった。
「“語られるポーション”……ワシ、嬉しい……嬉しすぎて……胃がキリキリするのじゃ……!」
『それはプレッシャー由来だと思うニャ』
ヴォルフガングが冷静に分析する傍ら、アマリエは“ポーションの語り手認定証”という謎アイテムを勝手に作成し、希望者に無償配布し始めていた。
「こうしてワシの語り部を全世界に広めていくのじゃ!」
『まるで宗教ニャ……』
一方、ライバル企業「マッスル食品ホールディングス」でも、会議室の空気が変わりつつあった。
「……価格競争では確かに我々が優位だった。しかし……」
マリエルは、SNSに並ぶ“個人の物語”の投稿群を無言で眺めていた。
「……奴らのポーションには“人と心”がある。数字やスペックでは測れぬ、情熱が」
「マリエル社長、認めるんですか? 魔王アマリエを……?」
「ふん、あんなアホの子に負けるわけにはいかん。
だが──戦う価値はある。これは……感情の闘いだ」
強く拳を握るマリエル。
その目には、初めて“ビジネスではない熱”が灯っていた。




