第75話「物語を、世界へ!」
――翌日。撮影スタジオにて。
「よいか皆の者! これは単なるポーションのCMではない!
ワシらの魂を込めた、伝説の映像作品じゃ!!」
アマリエは肩にヴォルフガングを乗せたまま、威風堂々と現場を歩き回る。
「……このスタジオ、借りるのにいくらかかったんですか?」
「それは秘密じゃ! ガンちゃんがこっそり支払ってくれたから大丈夫じゃ!」
『こっそりではないニャ……請求書は社長宛ニャ』
スタッフたちが準備を進める中、マサヒロは控室の片隅で小さなノートを開いていた。
「……“物語のあるポーション”って、どう表現すればいいんだろうな」
彼の指先はゆっくりと動き、かつて出会った“旅人の話”を綴り始めた。
──「旅から帰って家族に会い、その時飲んだポーションの味が忘れられなくてね。
それが、家族の味だったんだって」
マサヒロのまなざしに、アマリエは気づいて近寄る。
「なにしておる? 詩でも書いとるのか?」
「はい。誰かの“ポーションとの思い出”を書き出してみてて」
「……ほう。やはり、ワシの“初恋ポーション”は入れんのかのう……?」
「それは、またの機会に……!」
アマリエがふふんと笑う。
「ならば、ワシの“未来の恋のポーション”として残しておこうかの!のぅ、マサヒロ!フヒヒッ!」
「あ、あのですね……」
マサヒロの耳がほんのり赤くなる。
一方そのやりとりを、ヴォルフガングはじっと見つめていた。
(マサヒロ……)
心に小さく痛むものを感じながらも、ヴォルフガングは再び台本に目を落とした。
『“誰かの思い出をつなぐ一杯”……これが、ブランドの核ニャ』
現場に、静かに熱がこもり始めていた。
――数日後、完成した動画は社内でお披露目された。
暗い画面に、一杯のポーションが映る。
そして、穏やかな声が語りかける。
「この一杯が、私の人生を変えました」
──両親が子供に語る思い出。
──旅芸人が路上で分けてもらった心の温かさ。
──ある村娘が、大切な人との時間をともに過ごしたポーション。
シーンごとに映し出される“物語”の数々に、社員たちは息を呑んだ。
「……な、なんじゃこの映像は……!? ワシの顔が……どこにも出ておらんぞ!!?」
「そのほうが感動的ですから」
「なんと!? ワシの感動力が足りぬというのか……!」
アマリエは唇を尖らせたが、上映が終わるころには誰よりも目を潤ませていた。
「……ワシ、この動画に出られなくてもええ。ポーションが、こうして誰かの支えになれるなら、それで……それで……!」
「泣いてますよ、社長」
「泣いてないっ! 汗じゃ、これは汗なんじゃぁ!」
ヴォルフガングはその横でそっとつぶやいた。
『“物語の力”は人の心に残るニャ。価格では勝てなくても、心で選ばれるブランドはつくれるニャ』
その言葉に、アマリエは黙って頷いた。
やがてアマリエはふっと笑い、
「よーし、動画の最後にワシのシルエットだけ入れるのじゃ! 幻の存在として伝説になるんじゃ!」
「……それは、ありかもしれませんね」
こうして、“ストーリーブランディング”の第一歩が踏み出された。
次は、この物語をどうやって世界へ届けるか。
魔王たちの挑戦は、次なる段階へと進み始めていた。
――その夜。アマリエは自室でひとり、窓の外を眺めていた。
「……ワシのシルエット、かっこよく映っておるとええのう」
彼女の隣では、ヴォルフガングが静かに丸まっていた。
「ガンちゃん……ワシ、本当に誰かの記憶に残る存在になれるかの?」
『すでに、なっているニャ。
……少なくともマサヒロの心には、確実ニャ』
「うむ……。それが本当なら、ちょっと……嬉しいのう」
ふと、マサヒロの名前を口にした瞬間、ヴォルフガングの耳がぴくりと動いた。
(……こっちの気持ちも、少しは考えてほしいニャ……)
そんな本音を飲み込み、ヴォルフガングはそっと瞳を閉じた。
その頃マサヒロは、社屋の屋上で夜風に吹かれていた。
「……社長って、ああ見えてほんとにまっすぐだよな」
彼はスマホで完成動画を再生しながら、つぶやいた。
「……どこまでいけるか分からないけど、僕、この会社の“物語”を信じたい」
その胸中には、確かな火が灯っていた。
そして――
翌朝。社内にて。
「みんな聞けぃ! 今日からワシらは“ストーリー部隊”を結成するぞ!」
「“ストーリー部隊”……またすごい名前を……」
「語り部、演出家、カメラマン、編集者、そして“涙担当”までそろえた完全体じゃ!」
「涙担当……?」
「もちろんワシじゃ! どんな時でも泣いて感動を演出する役目じゃ!」
「そ、それって自分で言うんですか……?」
こうしてアスヒラクフーズは、価格競争ではなく“心に残るブランド”という新たな戦場へ。
物語は、消費者の心を動かすUGC戦略へと続いていく――。




