第73話「勝つために必要なもの」
それから数日後――
アスヒラクフーズのSNS公式アカウントには、ひとつの動画が投稿された。
《#わたしとアスヒラク》
動画は、魔族の老婦人が静かに語る姿から始まった。
「このポーションはね……以前、夫が病気がちでね。よく一緒に飲んだのよ。“あったまるなあ”って言って……それが、今でも忘れられないの」
切り取られた記憶、消えかけた想い、けれどそこには確かに“生きた時間”が宿っていた。
映像の最後、アマリエの声がナレーションとして流れる。
「ポーションには、物語がある。あの日の笑顔。あの人の手。
あなたの暮らしの一部に、なれたら嬉しい。
アスヒラクフーズ――この一杯が、あなたの物語になりますように」
その動画は静かに、けれど確実に――拡散された。
『再生回数、10万超えニャ。コメントも感動の声が多いニャ』
ヴォルフガングがスマホを見ながら尻尾を揺らす。
「うおおおお! ワシの声、ちゃんと入ってた!? ワシ、ナレーション女優じゃった!?
もうポーション屋さん卒業じゃあああ!Vチューバーデビューじゃあああっ!!
それとも声優かのぉ??」
『……いいえ、卒業しませんニャ』
マサヒロも笑いながらポーションを手に取る。
「けど、これって……マッスル食品に、ちょっとは一矢報いたってことですよね?」
ヴォルフガングが静かにうなずき、メモを差し出す。
【人々が価格ではなく、“意味”にお金を払うようになれば、勝機はある】
アマリエは大きく頷いた。
「うむ! ワシらの戦いは、これからが本番じゃ!!」
そして、次なる戦略――
“物語と共にあるブランド構築”、すなわち「ストーリーブランディング」へと向かっていく。
アスヒラクフーズ本社、会議室。
魔王アマリエは、ポスターを片手にドヤ顔で立っていた。
「見よ! ワシが考えた新しいキャッチコピーじゃ! 題して――“飲めば誰でも戦隊ヒーロー気分!” どうじゃ!!」
「……」
社員たちが沈黙する中、マサヒロが苦笑しながら拍手を送る。
「さすが社長……でも、ちょっと伝わりにくいかもですね」
「なんと!? ワシのセンスが理解できぬとは、まだ修行が足らんのう!」
アマリエはふんぞり返って高笑いしたが、その足元でヴォルフガングがそっとメモを差し出す。
【社長。現状分析です。ライバル企業マッスル食品ホールディングスは、価格とスピードで圧倒してる】
「むむむ……たしかに、あいつらは値段で勝負しとる……しかし! ワシらには“心”があるんじゃ!!」
マサヒロが思い出したように口を開く。
「でも、昨日の動画って“思い出”がテーマでしたよね? ポーションって、誰かの人生の一部になるかもって」
アマリエの目がきらりと光る。
「それじゃあああ!! ポーションと物語をくっつけて、最強の戦略にするんじゃああああ!!!」
「言ってる意味はまだよく分かりませんが……賛成です」
ヴォルフガングが静かに頷いた。メモにペンを走らせる。
【ストーリーブランディング。ブランドに“語りたくなる物語”を与える手法です。
顧客はその体験を広めたくなります》
「おおおおお! それ、ワシが考えたことにしていいか!?」
「だめです」
アマリエの“ひらめき”が空回りしつつも、確実に新たな挑戦が始まろうとしていた――。