第72話「価格ではなく、心の価値で」
「ぐぬぬぬぬぬ……マリエルめぇ……絶対に倒してやるんじゃぁぁ……」
視察の帰り、アマリエは布団ごと路地裏の段ボールに倒れ込むようにして呻いていた。
「社長……今度は何してるんですか……」
「気合をチャージしとるんじゃ! ワシは布団の中でこそ真の力を得るのじゃ!」
ヴォルフガングは呆れながらも、ポータブル端末で現状の売上データを確認していた。
『……今日は各店舗で平均28%の売上減ニャ。特に都市部の店舗はマッスル食品に客を取られているニャ』
「えええぇっ!? ワシらの“とろける超回復ポーション”はどうしたんじゃああ!」
『もう商品名からしてブレすぎニャ……昨日まで“ぷるぷるはちみつポーション”だったニャ』
マサヒロが手にポーションを握りながら、ぽつりとつぶやいた。
「……僕、ここのポーション好きですよ。初めてアマリエ社長に出会ったとき、これ飲んで……
しかも無料で。ポーション名は……確か、元魔王の夢」
アマリエとヴォルフガングが顔を上げる。
「……ああ、アマリエ社長が俺に夢を託してくれたんだ。信じてくれたんだって。そう思えたんです」
「…………」
その言葉に、アマリエの目が潤んだ。
「誰かが誰かのこと、信じてるから……届けたいんじゃ。
……ポーションには“気持ち”が入っとるということじゃろう」
「え? あ……まあ、そういうかんじですかね……」
アマリエは急に立ち上がり、拳を突き上げた。
「やはりじゃっ!! ワシらの勝機は、そこにあるんじゃあああ!!」
アスヒラクフーズ本店の会議室。
アマリエはホワイトボードの前で仁王立ちしていた。
「今こそワシらの魂を見せるときじゃ! ワシらのポーションは、ただの液体ではない! それは“応援”じゃ! “想い”じゃ! 奇跡のしずくじゃああああ!!」
社員たちが微妙な表情を浮かべるなか、ヴォルフガングがホワイトボードに補足する。
【マッスル食品に対抗するには、価格ではなく“心の価値”で勝負するということ。
顧客が感じる物語、体験、感情……それをブランドの核に据えること】
「すげえ……猫なのにプレゼンうまい……」
と誰かがつぶやき、アマリエがふんすと鼻を鳴らす。
「よーし! ワシも負けてられんぞ! えーっと、まずは新しいポスターを作るんじゃ!」
「どんなポスターに……?」
「題して! 『あなたの涙に寄り添いたい、ポーションあります』じゃ!」
「うーん……なんか、通販番組っぽいような……」
ヴォルフガングがさりげなくポスター案を差し出す。
【“この一杯が、あなたの物語になる”――そのようなコピーの方が効果的】
「なっ!? ガンちゃん、すごすぎじゃあああ!! ワシ、社長辞める! コピーライターになる!!」
「だめです」
マサヒロの冷静なツッコミが入る。
だがそのやり取りの中にも、確かな希望の気配があった。
アマリエの表情は明るく、社員たちの目にも笑顔が戻りつつあった。
「戦うぞ、みんな。このポーションにかけて!!」