第70話「元女戦士・マリエル」
アマリエは彼女の姿を見た瞬間――背中に冷たいものが走った。
「おぬし……マリエル!? 勇者パーティの……あの、女戦士!?」
「そのとおりだ、魔王アマリエ。いや、アマリエ社長。
されど今は、マッスル食品ホールディングスの代表取締役社長としてここに来ている」
マリエルの視線は、アマリエを真っ直ぐにとらえていた。
「そなたのポーションは“想い”にすがりすぎている。これからは、数字がすべて。
市場は、理念ではなく数字で動くのだ」
「数字……? ワシのポーションはのう、飲んだら元気になって、にっこり笑顔になって、
それから……そ、それから……ええと……!」
アマリエが必死に言葉を探していると、ヴォルフガングのテレパシーが飛ぶ。
『理念・ブランド・顧客体験……“定性的価値”という論点に転換するニャ』
「そ、そうじゃ! ワシらのポーションは、心と心を……あー……うぅー……
繋ぐ、あれじゃ、なんかこう、情緒的エモさで、ブワァってなるやつなんじゃ!」
「……ふふ。昔から変わらないな。天然でまっすぐで、でも甘すぎる」
マリエルは背を向けた。
「忠告しておく。我々はこれから本格的に市場に入る。
供給量・人材・価格、すべてにおいて、こちらが上。そなたの会社は3ヶ月も持たないだろう」
彼女の言葉に、背筋が冷たくなるアマリエ。
だが――その言葉の裏には、かつての戦場で見た彼女の“本気”が滲んでいた。
「ま、待てぃ! ワシらだって、まだまだやれるんじゃ!」
その叫びは、虚しく冬の空に吸い込まれていった。
――その夜、アスヒラクフーズ本店・会議室。
アマリエは机に突っ伏していた。
ポーションの瓶が並ぶテーブルに、彼女の泣き声がこだまする。
「うわぁぁん……ワシ、あいつに完全に言い負かされたんじゃぁ……っ!」
「社長、ドンマイです……ほら、ポーションどうぞ」
マサヒロがそっと差し出す瓶に、アマリエは目を潤ませながら受け取る。
「マサヒロ……おぬしは、ワシの味方じゃよな……な、な!?」
「もちろんですよ。僕、社長のこと、ちゃんと信じてますから」
その笑顔に、アマリエの頬がほんのり赤く染まる。
その様子を、ヴォルフガングは部屋の隅で見つめていた。尻尾がふわりと揺れる。
(……また、この距離ニャ)
マサヒロの言葉に微笑むアマリエ。
そして無防備な優しさで「ガンちゃんも、一緒に飲むかのう?」と笑いかけられ、ヴォルフガングは思わず目をそらした。
(……自分の想いなど、踏み込むべきじゃないニャ……)
彼女の小さな背中に、月の光が射し込む。
そのとき、マサヒロがふと呟く。
「でも、マッスル食品の店舗、すごかったですね……。あれが“プロの経営”ってやつか……」
その言葉に、ヴォルフガングの瞳が光った。
(……なら、私たちも“戦略”で応えるまでニャ)