第63話「アスヒラク・スタンダードを開始せよ!」
ヴォルフガングが最初に手をつけたのは、POSシステムの導入だった。
『これは、各店舗の売上・在庫・時間帯・レシピ履歴までを一括管理できるニャ』
「へぇ〜……すごいのう!でも、これって“ぽすわーど”ってやつが必要なんじゃろ?」
『パスワードニャ』
「え?ワシ、魔封陣の呪文かと思ったんじゃが……違うんか……」
そして次に導入されたのは、接客動画研修制度。
アマリエ自身がモデルとして出演することになったのだが……。
「いらっしゃいませー!ポーションが、ぷりっぷりに発酵してまーす!」
『ダメニャ!菌がいるみたいになるニャ!』
動画は何度もNGを重ね、最終的にマサヒロが代役を務めることになった。
一方、フランチャイズ店舗の視察も始まった。
最初に訪れたのは、地方都市のとある新店舗。
入り口には、埃をかぶったチラシと、やる気のなさそうな男性店主。
「……おい、なんだよ。視察? 本社の社長様が、現場なんて来てどうすんのさ?」
その態度に、アマリエは思わず反論した。
「なんでじゃ! ワシは、客と話して、味を守りたいだけなんじゃ!」
すると店主は鼻で笑った。
「味?守る?――社長、現場で一回でも100杯作ったことあるの?」
……その言葉は、胸に刺さった。
作っていた。最初は。
でも、最近は……。
気づけば「仕組み」は他人任せになっていた。
続いて訪れた別の店舗。
そこには、小柄な女性店主が、清潔なカウンター越しに深く頭を下げた。
「ようこそ……! 社長。いつも、動画見てます……
あの“笑顔ポーションの踊り”とか、励みになってて……」
店主は泣いていた。
「私は、ずっと“社長の思い”に憧れてきたんです。でも最近、どの店舗もバラバラで……
これじゃ、お客様が不安になると思って」
アマリエも泣いた。
「ワシが守らねばならんのじゃ、ワシの“想い”を信じてくれた者らを」
数日後。本社には新しい貼り紙が掲げられた。
【品質回帰プロジェクト】
・全国接客動画研修の義務化
・POS全店導入、設定支援チーム発足
・監査制度:抜き打ち訪問調査、クレーム率モニタリング
・全店舗マニュアル統一化(PDF+紙媒体)
・従業員ランク制度(魔王バッジ進呈)
魔王は、その全てにサインをした。
「よし……これでワシの“味”が守られるんじゃな!」
『ニャ……守られるのは“信頼”ニャ。味も、笑顔も、全部“仕組み”で支えるニャ』
マサヒロが言った。
「そろそろ……名前を付けましょうよ、この“みんなで守るもの”に」
アマリエはきょとんとした。
「えっ……? それ、何にするんじゃ?」
ヴォルフガングの尻尾が、静かに揺れた。
『“アスヒラク・スタンダード”ニャ。次は、それを作るニャ』