第61話「組織改革方針発表」
その日の夜、本社に戻った魔王アマリエはデスクに突っ伏していた。
「うぅ……腰が……腰が砕けるぅ……」
初日の掃除ツアーは想像以上に過酷だった。
店舗ごとの環境、スタッフの士気、備品管理、それぞれが抱える問題を目の当たりにし、彼女の頭も体もクタクタだった。
「でも……ちょっとだけ、楽しかったのぉ」
アマリエは笑った。
その表情には、掃除に取り組む中で芽生えた手応えと、人々との触れ合いへの喜びがあった。
「……ワシ、ほんのちょっとだけ、ええ社長になったかもしれんのぉ」
ヴォルフガングがそっと近寄り、尻尾で魔王の頬をくすぐる。
『明日は北西地区の巡回。体力配分を考慮すべきニャ』
「うん、明日は気合入れてくのじゃー!」
だが次の日、アマリエは筋肉痛のあまり立ち上がれなかった。
「……ガンちゃん、ちょっとだけ……引っ張ってくれんかのぉ……」
ヴォルフガングは無言でペンを咥え、メモに【了解】と書き、アマリエの服の襟を口でくわえ
ズリズリと床を引きずるように移動を開始。
「ひぃぃぃ、いたたた!背中が、背中が摩擦でえぐれるうう!」
『社長、動けないなら今日は休んだ方がいいかもニャ……』
「だめじゃ!清掃の魂に休みなど存在せん!」
ズルズルと引きずられて会議室に入ったアマリエは、そこで行われる幹部会議に乱入する格好となった。
【社内会議:組織改革方針発表】
ヴォルフガングはホワイトボードの前に立ち、くわえたペンで素早く議題を書き始める。
【① 店舗品質の標準化
② 掃除を通じた理念教育
③ 指導班 設立案】
「クリーンセイバー!? それはなんか、ヒーローっぽくてかっこいいのぉ!!」
マサヒロは苦笑しながらも、ヴォルフガングの言葉に頷いた。
「実際、現場を巡って気づきました。清掃の徹底が現場の空気も変えるし、お客様の反応も良くなる。
店舗同士の競争も、清潔感で勝負するなら前向きになると思います」
アマリエはマサヒロの言葉に目を輝かせた。
「マサヒロ、やっぱりお主、只者ではないのぉ……顔は大してイケメンではないが、
考え方は……うむ、かなり好きじゃ」
「……え?」
「たわけぇぇ!!そういう意味ではないぞぉぉぉ!」
アマリエは両手で顔を覆い、イスごと後ろに転がって壁にぶつかる。
(しっかりするのじゃワシ!!……これは恋などではない!!)
その様子を見ていたヴォルフガングの耳がピクッと動く。
隣にいたマサヒロに、そっと寄って頬を擦り付ける。
「ん、どうしたの? ガンちゃん?」
マサヒロは優しく頭を撫でるが、ヴォルフガングの脳内では全力で香りを吸い込む“嗅覚センサー”が稼働中だった。
(……この匂い、嗅がんと落ち着かんニャ……私、匂いフェチになりつつ……)
ふと、思う。
(もし元の姿に戻れたら……マサヒロに、この気持ち……伝えられるかニャ……)
しばしの沈黙の後、ヴォルフガングはホワイトボードにもうひとつの提案を書き込んだ。
【「全国清掃ラリー」表彰制度案 】
これにはスタッフからも感嘆の声。
アマリエは勢いよく立ち上がり、(また腰を痛めたが)全体に向かって拳を掲げた。
「よし!掃除の聖戦を始めるのじゃあああああ!!」
「……いや、あくまで経営改善ですから……」
マサヒロのツッコミが室内に響いた。
夜、アマリエはひとりで本社バラックの窓を磨いていた。
磨き終えたガラスに、彼女自身の姿が映る。
「……あの頃と、少しだけ変わったかのぉ……」
涙が一粒、頬を伝った。
「でも、変わらんところもあるのぉ……ワシ、いつまでも……おバカちゃんなんじゃよなぁ……」
「おバカだけど、最高の社長ですよ」
いつの間にか隣に来ていたマサヒロの言葉に、アマリエは驚いて窓に鼻をぶつけた。
「なぬぅっ!!おバカとはなんじゃーーっ!!」
拳を振り回して暴れるアマリエ。
そしてふたりの背後で、ヴォルフガングがしっぽを立てながら、小さく鼻を鳴らした。
(……三角関係、続行ニャ)