表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/74

第58話「元魔王、原点を思い出す」

アスヒラクフーズの本社プレハブ、応接室。

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、まるで天界の怒りのように眩しくて、アマリエは椅子の上でゴロンと丸まっていた。


「ぐおおぉぉ……太陽よ、なぜワシにだけ牙を剥くんじゃあああ……!」


『……ただの日差しですニャ、社長』


黒猫のヴォルフガングが、机の上でしっぽをパタパタさせながら冷静にツッコミを入れる。


「うぅ、やっぱワシもう、社長辞める! 今日から“伝説の床拭き魔王”として生きることに決めた!」


『それ、以前に“幻の雑巾王”って名乗って撤回した設定ですニャ』


「そうじゃったか!? ワシ、また前世の記憶が混ざったかも……」


『いや、それはただの記憶違いですニャ』


しばらくの沈黙の後。


「……ワシ、もうダメかもしれん……」


うなだれる魔王アマリエ。

いつもは天真爛漫なおバカっぷりを振りまいている彼女だが、今はその顔に翳りがある。


『社長……顔色が優れませんニャ』


「ガンちゃん……ワシ、ほんとはずっと思っとったんじゃ……社長とか無理だったんじゃないかって……」


その言葉に、ヴォルフガングの尾がぴたりと止まる。


『……スラーリンの件で、かなり精神的なダメージを受けているニャ』


クレームの嵐、闇ポーション問題、社内の空気も重苦しく、誰もが疲弊していた。


「ワシが社長なんかやっとるから、こんなことになってしもうたんじゃろうか……」


机に突っ伏す魔王の頭の上に、そっと黒猫の前足が置かれる。

ふわりとした柔らかい感触。


「じゃがな……ガンちゃん……ワシ……ワシ……もうあの頃には、戻りとうないんじゃ……」


ヴォルフガングはそっと、足をどけ、ゆったりと応接室から去った。


墓石の脇にある社員食堂へアマリエは一人、塩辛味ポーションを手にして向かっていた。


「ハァ……この塩辛味を持ってしても、心の傷は癒えんのぉ……」


社員食堂のドアを開ける。すると、そこには懐かしい背中があった。

額にバンダナを巻き、年季の入ったモップを手に、黙々と床を磨いている魔族の少女。


「あ、あのぅ……もしかして……リンゼスちゃん!?」


「……」


少女は手を止め、振り向く。

優しい笑みが、記憶の中の“あの人”と重なった。


「やっぱり……アマリエちゃん!」


「わ、ワシ、生きとったんじゃよ!? 社長になったんじゃ!」


「社長……そりゃまた、ずいぶん出世したね」


「あ、いや、そんな……ワシなんて、まだまだ目くそ鼻くそ以下の存在じゃけぇ……」


「その口の悪さは相変わらずだね~」


リンゼスとの会話で、アマリエはかつての辛い清掃派遣時代を思い出す。


「ワシな、あのころ、ほんとにツラかったんじゃ。毎日朝から晩まで便器と向き合って、ついに便器に“ワシのところに来ないか”ってプロポーズしてしまったほどじゃ」


「……断られてたよね」


「しかも“私は既に使用中です”って断られたんじゃ……」


二人はしばし、無言で見つめ合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ