第57話「甘い理想で会社を回すな!」
――夜、アスヒラクフーズ本部・防犯モニタールーム。
ホワイトボードの前で、ヴォルフガングは尻尾をふりふりしながら筆を咥えた。
最近は顎が鍛えられたのか、長文でも大丈夫になってきている。
【スラーリンの闇ポーション配送ルートを突き止めました。彼の管轄外の倉庫に不審な出入りがありました】
「マジか……」
マサヒロは資料に目を通しながら、腕を組んだ。
彼の肩の上にちょこんと座ったヴォルフガングが、何気なく頬を擦り付けてくる。
「お、ガンちゃん、最近甘えん坊じゃないか?」
彼が優しく撫でると、ヴォルフガングはわずかに耳をぴくぴくさせた。
内心では、彼の匂いを嗅ぐことで安心していた。
(ふにゃぁぁぁ…………はっ、違うニャ!仕事ニャ!)
気を取り直して、ヴォルフガングは再びホワイトボードに向かいペンを走らせる。
【ドローン監視記録と物流IDタグの照合完了。スラーリンの私物USBに、違法販売ページの制作ログを発見】
マサヒロは無言でうなずいた。
これでもう、言い逃れはできない。
アスヒラクフーズ 本社・応接室。
アマリエは珍しく真剣な表情でスラーリンと向き合っていた。
「スラたん……本当に、やっとらんのかの?」
「……やってないって言ったら信じるのかい?」
アマリエは黙った。
いつものような“おバカちゃん”なノリはなく、瞳の奥に火が宿っていた。
ヴォルフガングがメモを差し出す。
【販売記録、取引ログ、闇サイト構築履歴。全部、貴殿のPCから発見済】
スラーリンはしばらく沈黙した。
「……ああ、そうかい。ならもう隠しても意味はないね」
彼の粘液の身体が、わずかに振動した。
怒りでも、焦りでもなく、ただ冷笑と共に変形していく。
「俺はね、夢とか理念とか、そんなもん信じてねぇんだよ。儲ける、それだけでいい」
「でも、それは……ワシの、夢を裏切ることじゃ……」
「夢だけじゃ社員は食っていけない。甘い理想で会社を回すなよ、アマリエ社長。
その甘さで勇者に負けたことも覚えてるだろ?現実を見ろよ」
アマリエは歯を食いしばった。
「ワシはな、甘いかもしれん。でも、みんなが安心して、誇りを持てるポーションを売るって決めたんじゃ!」
スラーリンはふっと息を吐いた。
「だったらその理想で、俺より売上げ出せるのかな? あばよ、社長さん」
【スラーリン、本日付で懲戒解雇】
ヴォルフガングが差し出したメモに目を向けると、スライムの姿で扉の下からスルリと抜け、姿を消した。
数日後──
社内では動揺が広がっていた。
「スラーリンさんが……? うそでしょ……」
「信じてたのに……」
マサヒロは対応に奔走しつつも、社員たちの不安を痛感していた。
ヴォルフガングは社内ホワイトボードに対策案を描き、アマリエと共に全体ミーティングを開いた。
「みんな、すまん……仲間を止められなかったワシが悪いんじゃ」
沈黙。
しかし彼女は深呼吸して、胸を張った。
「でもの!ワシはこれからも、信じる道を進む!安心・安全・誠実、その三本柱で世界制覇を果たすんじゃああ!」
空気が変わった。
「社長……!」
誰かがぽつりと呟いた。
「ワシらの理念は、誰にも汚させん!」
会場が拍手で満たされる中、マサヒロは彼女を見て、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ヴォルフガングはその横で、じっとマサヒロの横顔を眺めている。
(……ああ、また惚れとるニャ……)
しゅんとした顔をしながら、そっと彼の頬に身体を寄せる。
「ん?ガンちゃん? どうしたの?」
マサヒロは頭を撫でたが、ヴォルフガングは何も言えずに 「にゃ……」とだけ呟いた。
(うぅ……やっぱり出資方向に………あのとき、違う選択を……)
そう小さく後悔しながらも、
(マサヒロ……)
少し涙を浮かべる。
そのまま彼女はマサヒロの肩で眠りに落ちた。