第52話「バカと天才は紙一重」
経済番組『情熱経営者たち』に魔王アマリエが出演した翌日、世界は不思議な熱気に包まれていた。
空気が微かに色づくような、そんな錯覚すら覚えるほどに――。
その変化は、音もなく、しかし確実に、静かに広がっていた。
魔族自治区・鉱山廃村。
そこはすでに産業の灯が消え、ほとんど人の気配もない寂れた場所だった。
だが、その片隅のバラック小屋の中で、ひとりの老魔族がテレビの前に正座していた。
砂嵐の後、映像が切り替わる。
アマリエが満面の笑みで言い放つ。
「経営とは、魂の焼きそば作りじゃっ!!あ、いや、ポーションじゃ!!」
老魔族の耳がピクリと動いた。
「……はて?焼きそば……?」
だがその直後、画面のアマリエがふと真剣な眼差しで、視聴者に語りかけた。
「人間も魔族も、働いて、食って、疲れて、ちょっぴり泣いて、んで、笑って……それでええじゃろ?
ワシは、その“笑顔”が見たいんじゃ。魂に効くポーションを届けるために、ワシは立っとるんじゃぞ」
老魔族の目に涙がにじむ。
「……おお……あの子、魂に……“焼きそば”以上のもん、持っとるな……」
魔族の若者たちが集まる地下酒場。
ネオンに照らされた店内では、SNS映像が流れていた。
そこに流れるのは、アマリエの“おバカちゃん”炸裂のトークの数々。
「ワシの初任給はチョコバナナじゃ!」
「未来の夢は、世界をお布団で包み込むことじゃ!」
「目指せ!全墓地制覇のFC王国!」
酒場は大爆笑の渦に包まれる。
「何者だよあれ!」
「天才か? いや、バカだろ!あんなの俺の知ってる魔王じゃねぇ」
「魔王の偽物だろ?」
「でも……なんか、わかるんだよな」
笑いの直後に訪れる、ふとした静寂。画面に映る彼女の真剣な目に、誰もが心を奪われる。
そしてひとりが呟く。
「……スゲーよ、あいつ」
人類圏の大手ニュースサイト『ライター通信』。
編集部内では、魔王特集が急ピッチでまとめられていた。
【魔族のフランチャイズ創業者アマリエ氏、経済界に衝撃】
記者たちがざわめく中、編集長が言った。
「……あの目は、何かを持ってる。バカと天才は紙一重っていうが、あの社長は、その紙の裏と表を行ったり来たりしてる」