第45話「どうしたものかのう……」
――朝。雲ひとつない青空。
だが、魔王アマリエの心の中は、もやもやと濃霧のようだった。
「……むぅぅぅ……ガンちゃん。ワシ、ずっと考えてるのじゃ」
墓地の屋台の裏、木箱に腰かけながら、アマリエは鼻の下に指を当てて唸っていた。
「うーん、むーん……夢と金と社長の座……これ、三すくみの関係じゃな」
『どこで覚えてきたのですかその表現はニャ……』
ヴォルフガングがしっぽでパタパタと地面を叩いた。
『昨日から50回目の“うーん”ですニャ。そろそろ結論を出さないと、ウォルターさんがまた来ますニャ』
「……ウォルターのおじいちゃん、悪い人には見えんかったのじゃ。でも、ワシ……社長でありたいのじゃ」
『……』
アマリエはうなだれて、ごろりと木箱の上で横になった。
「ポーション売って、踊って、みんなが笑って……それだけで、楽しかったのになぁ。世界征服とかどーでも良くなるくらいにはのぉ」
そこへ、従業員のマサヒロが、掃除用のバケツを片手に現れた。
「あ、おはようございますアマリエ社長。あれ、具合悪いですか?」
「ううん……ワシ、脳がちょっと混乱しておるのじゃ。脳味噌、ポーションで洗いたい……」
「それたぶん、めっちゃ危ないです」
「じゃがマサヒロ、ワシ、最近“社長っぽいこと”してない気がしてのぉ……」
マサヒロは少し考えたあと、笑って言った。
「僕、社長が楽しそうに屋台で踊ってるの、好きでしたよ」
「……ほんとに?」
「はい。正直、あの時“この会社で働いてて良かった”って思ったんです」
アマリエはもぞもぞと木箱から起き上がる。
「ワシの踊りで!? ワシの美脚ターンで!? それとも腰のキレ!??」
「……いえ、熱意と……あと、なんかすごく必死だったから」
「うう……褒めとるのか馬鹿にしとるのか……」
ヴォルフガングがぽそりと呟く。
『でも本質を突いていますニャ……アマリエ社長の“真っ直ぐさ”が、人を動かすのですニャ』
午後。再び墓地の門前に、黒塗りのリムジンがやって来た。
ウォルター・グレイが静かに降り立ち、契約書を携えながら言った。
「さて、アマリエ社長。ご決断はいかがですかな」
アマリエは、天を仰ぐようにして、口を開いた。
「……ワシ、いままでいろんなことを考えたのじゃ。ポーションの数、屋台の数、社長の座、胃袋の位置……」
『胃袋は今、関係ありませんニャ』
「……でも、ひとつ気づいたのじゃ。ワシ、好きなんじゃ……この屋台が。この場所が。この仕事が……」
ウォルターは黙って聞いている。
「この屋台を、誰かの“計算”の道具にはしたくないのじゃ……でも、まだ答えは……出せない……っ」
渡された契約書を見つめるアマリエの手が、震えていた。
そのとき、ひとりの少年が手を振っていた。
「魔王のおねーちゃん! この前のポーション、すごく元気出たよ! ありがとうっ!」
アマリエははっとして少年の顔を見た。
「……ああ……ワシ、この笑顔が……見たかったんじゃな……」
ヴォルフガングがぽつりと言う。
『“魂”とは、誰かのために揺れ動くものなのですニャ』
アマリエは、涙目のまま契約書を胸元で抱えた。
「ウォルター殿……もうちょっとだけ……時間をもらってもよいかの?」
「……ふむ、誠実な回答をありがとうございます。明日までお待ちしましょう」
リムジンが再び去っていく。
アマリエは空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「魂って……どこにあるんじゃろな。ワシ……それを探してる気がするのじゃ」