第42話「ようこそ、アスヒラクフーズへ!」
静まり返った会場に、一人の女性がすっと手を挙げた。
「……今の言葉、嘘じゃないって思いました。私は……この会社に、少しだけ希望を感じてみたいです」
彼女の言葉をきっかけに、ぽつぽつと他の参加者も立ち上がり始める。
「すごい内容だったとは思わん。でも……この人、バカ正直で、嘘ついてる顔じゃないなって……」
「なんか、妙に心が温かくなった……」
「俺はまだ迷ってるけど、話だけはもう少し聞いてもいい」
魔王アマリエは、その声の一つ一つに、胸が熱くなるのを感じていた。
「……ありがとう、ありがとうなのじゃ……!」
アマリエが涙ぐんでいると、隣でヴォルフガングがそっと尻尾をぴんと立てていた。
テレパシーで声を届ける。
『よくやりましたニャ……社長』
「うぅ……ガンちゃん……ワシ、やれたかの……?」
『はい。心は、ちゃんと伝わったニャ』
そのとき、マサヒロがアマリエの背中をぽん、と叩いた。
「アマリエ社長、カッコよかったです。ほんとに」
「マサヒロ……!」
その笑顔を見て、ヴォルフガングの心が――静かに波打つ。
『…………』
彼女は、知らず知らずのうちにマサヒロの肩に乗っていた。
最近は……アマリエの肩ではなく、気づけばここにいた。
彼の優しさが心地よくて、けれど――
マサヒロの目が、ふとアマリエを見つめた。
その視線はまっすぐで、優しく、尊敬と少しの憧れが混じっていた。
(やっぱり……あの人は、魔王様を見てるニャ……)
「ガンちゃん?」
マサヒロの声に、ヴォルフガングはびくっとしながらも、首を傾げる。
「なにか伝えたいことある?」
黒猫は、そっとペンを咥えてメモに走り書きをした。
【ありがとう。無事に終わって、嬉しいです】
マサヒロは微笑むと、ヴォルフガングの頭をやさしく撫でた。
「ほんと、ありがとう。ガンちゃんのおかげだよ」
――ドクン。
想いは告げずに、そっと……そっと、マサヒロの肩で目を細めた。
その姿に、アマリエが気づく。
「ん? ガンちゃん、最近マサヒロの肩に乗るの、好きじゃのう?」
「にゃぁ〜〜ん……」
無言で目をそらした。
「ふふふ、ワシの肩が寂しがっておるぞ〜?」
「ニャ……!」
ヴォルフガングがマサヒロの肩の上で、舌をべーっと出した後、顔をぷいっと横に向けた瞬間、会場の笑いがこぼれる。
そして、説明会の最後に、一人の参加者が静かに歩み出た。
白髪まじりの中年の男――どこか商人風の佇まい。
「……あの社長さん。契約、ちょっと本気で考えてもいいですか?」
アマリエの目がぱぁっと輝く。
「ま、ま、まことに!? ぜひ! ワシ、契約の儀式、いつでも行けるぞいっ!」
『“だから、それは“儀式”じゃなくて、書面契約ニャ”』
「そ、そうじゃ! 書くんじゃ! お名前を、ピシっと!」
マサヒロがヴォルフガングに向かって言った。
「ガンちゃん、契約書、また用意お願いできる?」
【了解です】
そう書かれた紙を見て、男はふっと笑う。
「猫が筆談で契約説明してくるなんて……面白い会社だなぁ」
アマリエが力強く叫ぶ。
「ようこそ! 我らが“アスヒラクフーズ”へ!!!」
説明会終了後、控室。
アマリエは興奮冷めやらぬ様子で椅子に座り込み、マサヒロとヴォルフガングも一緒にいた。
「ふぅ……心臓が爆発するかと思ったわい……」
「でも、うまくいって良かったですね」
「うむ! ワシ、ちょっとだけ社長っぽかったかの?」
「ええ、情熱だけじゃなくて、ちゃんと伝える力もありました」
そのとき、アマリエがふとマサヒロを見つめた。
(……マサヒロは、ワシを“社長”って認めてくれるのぅ。ワシも、あいつを……信じとる)
“信頼できる大切な仲間”。
そんな確かな想いだった。
マサヒロに満面の笑顔を向ける。
一方、ヴォルフガングはマサヒロの肩に乗ったまま、静かに目を閉じる。
(ずっと……見てるだけで、今は……)
そして――3人の想いを乗せた“アスヒラクフーズ”は、またひとつ、前に進み始めたのだった。