第41話「炎上、鎮火させるのじゃ!(どうやって?)」
説明会の会場に、ざわめきが戻りつつあった。
「……もう帰ろうぜ」
「まじで金ドブじゃねえの?」
「つーか、あれが社長? 魔王って、ただのアホだろ」
残った参加者たちの声は、ひそひそとしたものから、あからさまな嘲笑に変わっていく。
壇上では、魔王アマリエがうつむいたまま、テーブルの端をじっと見つめていた。
ヴォルフガングは彼女の肩に静かに乗り、その目を細めていた。
『……社長、あなたの“想い”は本物ニャ。でも、それだけでは、今この場を変えることはできないニャ』
「ガンちゃん……ワシ、どうしたらいいんじゃろ……?」
アマリエが小声で呟いたその瞬間、ヴォルフガングの瞳が鋭く光る。
――そして、アマリエの頭の中に、強く優しいテレパシーの声が響いた。
『今から言う通りに喋るニャ。これは“魔王の言葉”じゃなく、“社長の言葉”ニャ。世界を変えるための、“論理”ニャ――』
アマリエははっと目を見開いた。
心臓の鼓動が早くなる。
「……わ、分かった! ワシ、やってみる! ワシは社長じゃ! 世界を切り拓く魔王社長なんじゃ!!」
そう叫ぶと、アマリエは壇上に再び立ち上がり、マイクの前に進んだ。
「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから、聞いてほしいんじゃーーっ!!」
その声に、帰ろうとしていた数名の参加者が、思わず足を止める。
『よし……ここからが勝負ニャ』
ヴォルフガングは、テレパシーでアマリエの脳内に次々と言葉を送り始めた。
「まず……まずワシは、すまぬと思っとる!」
アマリエが頭を下げた。
会場が一瞬静まりかえる。
「……ワシ、社長なのに、みんなに“分かりやすく伝える”ことをしてなかったんじゃ! フランチャイズってなんじゃ? どうすれば儲かるんじゃ? そういう大事なことを、ぜんぶ“想い”だけで押し通そうとしてた!」
その言葉に、聴衆の中から数人が眉をひそめて見つめた。
アマリエは続ける。今度は少し目を伏せながら。
「……ワシは、“自分のことを信じてくれ!”って、言いたかっただけなんじゃ。でも、知らぬ者を信じるなんて、怖いに決まってる。金を出すってのは、魂を賭けるのと同じ。なのに、それを軽く扱ってたんじゃ……」
ここでアマリエは、ヴォルフガングと目を合わせた。
(……ガンちゃん、ロジック、頼むぞい)
「――ここからは、ちと難しい話をするぞ!」
アマリエの目がギラリと輝く。
「アスヒラクフーズは、初期投資を極限まで抑えられるモデルを目指しておる!」
『“仕入れコストは自社直送体制。ライセンスフィーは初年度無料、利益還元型契約ニャ”』
「し、仕入れはワシらが直接送る! 初めの年は……なんじゃっけ、ら、ライセンス…ふぃ、タダ! 利益が出たら、その分だけ分けてもらう感じじゃ!」
『“研修はオンラインと現地指導の二本立て。販売マニュアルも随時更新ニャ”』
「研修は、あれじゃ! ワシかマサヒロか、あるいはガンちゃんが…おんらい…ん?直接でも教える! あと、使いやすいマニュアルも配布するぞい!」
参加者の中に、一人、若い魔族の青年が手を挙げた。
「でも、ポーションって、どこでも売ってますよね? 差別化は?」
ヴォルフガングが即座にテレパシーを送る。
『“味、物語、限定性の三点で差別化ニャ”』
「むむっ、それは――“味”と、“物語”と、“限定せぇ、じゃ!”」
「物語?」
「うむっ。ワシらは、商品を売るんじゃなくて、希望を売るんじゃ! たとえば、マサヒロ!」
唐突に振られたマサヒロが慌てて立ち上がる。
「は、はいっ!? えーと……僕、実はこのポーションを飲んで、アスヒラクフーズでアルバイトしようって思いました!!」
「そう! このポーションには、飲んだ者の背中を押す魔法が込められておる!」
『“※効果には個人差がありますニャ”』
「こ、効果には個人差があるけどのっ!!」
会場の何人かが笑った。
魔王はそこで、ふと一拍置く。
「最後に……ワシは、仲間を欲しとる。いっしょに、こんな辛く苦しいことしか無いような世界でも、笑って共に歩ける仲間を――」
そこまで言って、アマリエの目に涙が浮かぶ。
「ワシ……勇者に敗けた……それでな、ずっと20年辛い日々じゃったけど……ほんとうは、この世界が好きなんじゃ……。だから、変えたいんじゃ。笑顔が増えるように」
しん……と静まった空間に、魔王の言葉だけが残った。