第38話「フランチャイズ1号店、始動!」
研修は順調に進んだ。
ヴォルフガングが用意した資料を読み込み、ファンガードも徐々に慣れていく。
最初は読むのに時間がかかっていたが、数時間後にはスラスラと読み取れるようになっていた。
「この猫殿、すごすぎるっ!」
「だろう? ワシの筆頭補佐官じゃからのう!」
アマリエは胸を張るが、マサヒロはふと優しくヴォルフガングを見て言った。
「でも、誰よりも丁寧に伝えようとしてくれてるのが伝わってきます。ありがとう、ガンちゃん」
――また、優しく頭を撫でられる。
(ああぁ…………ふにゃぁぁぁ……)
ヴォルフガングの心は、静かに、だが確実に揺れていた。
だが、彼女の心には葛藤も渦巻いている。
(私は、魔王様の参謀。マサヒロが優しいのは、ただ人としての誠意ニャ……でも、それでも……)
彼女は自分の中の想いを受け入れた。
叶わぬものでも、否定することだけはもう、できなかった。
研修を終え、夕暮れが墓地を金色に染める頃。
ファンガードはきちんと揃えた身なりで、再び契約書の前に立っていた。
緊張の面持ちの彼の前に、ヴォルフガングが筆談で最後の確認を行う。
【契約内容はすべて理解しましたか? 不明点があれば、今のうちに聞くこと】
「はいっ!販売権とブランド利用、それに品質基準やポーション原液の仕入れルール……
すべて、きちんと頭に入りましたっっ!」
ファンガードはうなずいた。
その眼差しには、戦士としての覚悟とは違う、何か別の想いが宿っていた。
「この契約は、村を発展させる第一歩。……いや、吾輩自身の人生を変える一歩でもあります」
「よい心構えじゃ!」
アマリエが、ぽんと彼の肩を叩く。
「ワシはよう分からんが、なんかすごく頑張ったのう! 契約も研修も、儀式にしては随分地味だったが……結果がすべてじゃな!」
「それでも、吾輩は光栄です。アマリエ様の夢を広げる一翼になれるのですから……!」
そう言って、ファンガードは深く一礼し、契約書にペンを走らせた。
――カリ、カリ……
その音が、夕空に響く。
そして――
「調印、完了です!」
その瞬間、アマリエが――
「うわあああああああああん!!」
――泣いた。
ぽろぽろと、目から涙がこぼれ落ちた。
かつての辛い日々が脳裏にフラッシュバックする。
「うぅ……仲間が……仲間が、増えたんじゃな……! ワシの夢を、共に歩んでくれる者が……こんなに……!」
アマリエの涙は、まるで子どものように真っすぐで、まっすぐで。
それを見たファンガードも思わず、目頭を押さえた。
「アマリエ様……! これから、全力で村の店を守ります!! 吾輩の“魂の店”として!!」
「おうおう、よろしく頼むぞ、ファンガード! おぬしは今日から、“アスヒラクの同志”じゃ!」
マサヒロも拍手しながら言った。
「第1号店、おめでとうございます!」
「うむ! アスヒラクフーズ、ついに動き出したのう!」
そんな中、ヴォルフガングはそっと筆を取り、アマリエにだけ見えるようにテレパシーで呟いた。
『これで……“アスヒラクフーズ”の第一歩が本当の意味で始まったニャ……』
アマリエは、涙を拭きながらニコッと笑った。
「うむ……ありがとう、ガンちゃん」
夜――
その日、皆で簡単な祝杯をあげた後、ヴォルフガングはひとり、屋台の屋根の上に座っていた。
墓地に静けさが戻る中、彼女の琥珀色の瞳は、遠くの星を見つめていた。
――アマリエの夢は、今、仲間と共に動き始めた。
――ファンガードは、その第一の旗手として立ち上がった。
――そして自分は、参謀として、支える者として――
そっと、胸に肉球をあてる。
(私は……あの人が……)
(好きニャ……)
口には出せない、叶えてはならない感情。
それでも、確かにそこにある“恋”を、彼女はそっと受け入れた。
遠くの星は、彼女の瞳に淡く揺れた――。