第34話「敵か味方か?怪しい影、迫る」
墓地の朝は静かだった。
白い霧が墓石の間を這い、風が木々を揺らす。だが――。
「おぉーい! マサヒロー! 今日の特売は“青りんご味”じゃぞーっ!」
突然、空気を引き裂くような叫び声が墓地に響いた。
魔王アマリエは、屋台の天板に片足を乗せて仁王立ちしていた。
「魔王オリジナル墓石が背もたれじゃ!くつろぎ放題じゃぞーっ!え?不謹慎って怒られないかって?大丈夫じゃ!ワシ、元魔王じゃからな!えっへん!」
その堂々たる笑顔の裏には、微塵も自覚がない。天然ボケの天才である。
『……今日も絶好調ですニャ』
屋台の脇で黒猫――
ヴォルフガングが尻尾を揺らしながら、魔王にだけ通じるテレパシーでつぶやいた。
『それにしても……オリジナル墓石を販促グッズ扱いするとは、なかなか思いつかないニャ』
「のぅガンちゃん、最近ワシ、ちょっと頭良くなってきた気がするんじゃ。昨日“ふらんちゃいず”って言葉を5回も噛まずに言えたぞい!」
『それだけで賢くなった気にならないでほしいニャ』
「むっ、むぅ……。じゃが、ワシ、もう分かったんじゃ。“ふらんちゃいず”というのは、ワシの分身が全国にポンポン生まれて、世界征服に一歩近づく秘術じゃろう?」
『ズレてるニャ。“フランチャイズ”とは、事業の名前や製品を他の人に使わせて、仲間として一緒に店舗を増やす契約のことニャ』
「むむ……つまり……ワシのクローンはできんが、ワシの“名前”を使って増えるのはOKということじゃな? よーし!『アマリエMkⅡ』募集じゃーーーっ!」
『違いますニャ……』
そこへ、マサヒロが段ボールを抱えて戻ってきた。
「アマリエ社長、倉庫から新しいポーション届きました。あと、なんか……ずっとこっち見てる人がいますよ?」
「ん? どこじゃ?」
アマリエが指差す方を見ると、墓地の遠くの木陰に、ゴツい影が立っていた。
『……筋肉、でかいニャ』
「おお……あの肩幅、あの背中……これは、只者ではない気配じゃ!」
『もしかして、旧魔王軍の残党かもしれないニャ。いちおう警戒するニャ』
やがて、その影がゆっくりと歩み寄ってきた。