第33話「商標……表彰?なぜ褒められぬ!!」
「ガンちゃん、これは……契約書という呪文書じゃな……?」
アマリエは、山名弁理士から手渡された厚い契約書の束を見つめ、すでに瞳をぐるぐる回していた。
『内容を確認しないといけないニャ。訴訟や差止請求の前に、“模倣業者”と接触し、正式な警告と交渉を行うのが先決ニャ』
「ふぬぬ……ワシ、なんだか呪文の詠唱を間違えて爆発しそうな予感がするぞい……!」
アマリエの隣で、ヴォルフガングは静かに筆を咥え、契約書の端に自筆で一言書き添える。
【内容問題なし。社長署名により効力発生】
「ふむふむ……では、ガンちゃんの太鼓判つきなら……よし!」
アマリエは堂々と署名欄に「アマリエ様(社長)」と大きく書き殴った。
『様、いらないニャ……』
その後、ヴォルフガングは山名弁理士の補助のもと、正式な商標登録出願と内容証明郵便による警告書の送付を手配。
相手業者の連絡先を突き止め、直接交渉を行う準備に入った。
数日後。
アスヒラク屋台の裏手。白いスーツに身を包んだ男が、やや気まずそうに頭を下げていた。
弁理士の山名も立ち会っている。
「……申し訳ありませんでした。ネットで“アスヒラク”が話題になっていたのを見て……」
その男――通販模倣業者「アストレ・トレーディング」の代表は、ブランド力を利用して一儲けしようとした模様だ。
「ぬうう、ワシの名前で稼ごうとは……貴様、それでも商人かーっ!」
「もうしません! 全在庫も廃棄しますし、サイトも閉鎖します!だから訴えないで……!」
男は震える手で和解契約書を差し出した。
山名弁理士とヴォルフガングは一瞥。山名弁理士は頷くと、ヴォルフガングが筆談でアマリエに報告した。
【謝罪文・和解条項・再発防止条項すべて含む。訴訟回避のため和解を選択する価値あり】
「どうされますか?アマリエさん」
「ふぬぬ……むうう……ま、今回は“初犯”ということで許してやろうかの……しかしっ!」
アマリエは、男の目をじっと見て言い放った。
「ワシのポーションは、ワシの魂じゃ! 偽物などで民を惑わせるな!
次やったら、ゴブリンの生ゴミ味ポーションぶっかけてやるからな!!」
「は、はいぃぃぃぃっ!」
その日の夜。
屋台の灯りがゆらゆら揺れる中、三人は久しぶりの平穏な夕食を囲んでいた。
「ブランドってのは、“信頼”のことなんすね……」
マサヒロが、ふとつぶやいた。
「名前だけじゃなく、味も、想いも――全部、アマリエ社長の“本気”を乗せたもんですから」
マサヒロの腕を指でつつく。
「ふふん! おぬし、やはりワシのことが好きなんじゃろ? 正直に言うてよいぞ?
魔王の美貌にほだされるのは当然のことじゃからの!」
「あ、あの、そ、それは……!」
その横で、ヴォルフガングは黙って毛繕いをしていた。だが、耳だけがぴくぴくと動いている。
「ガンちゃん……どうしたかの?」
『……ふん、何でもないニャ』
けれどそのしっぽは、今日に限って、マサヒロのほうへほんの少しだけ寄っていた。
こうして、「アスヒラク・ポーションズ」問題は正式に終結。
ブランドの権利は守られ、法務の大切さを知ったアマリエ一行は、ひとつ大きく成長した。
もちろん――
魔王としては、“商標って表彰?何故褒められぬ?”という疑問は、いまだ解けないままだが。