第30話「バイトとは、チョコバナナ3本で働く奴隷かの?」
行列の最後尾。
ひとりの黒髪青年が様子を見つめていた。
マサヒロ――。ハッシュタグ#魔王の朝活ポーション の発端者その人である。
以前、偶然この屋台に立ち寄り、ポーションを口にした彼は、その味と雰囲気、そして何よりアマリエの笑顔に心を動かされていた。
「……やっぱすげえ。活気がある。魔王さん、今日も踊ってるし……」
列に並ぶ人々の熱気。
ポーションを受け取った人たちの満足げな表情。
彼は、自然と歩み寄った。
「すいませーん、バイトって募集してますか?」
その言葉に、魔王とヴォルフガングが同時に振り向く。
「ぬっ!? うおおおお、なんとタイミングの良い人間じゃ! ガンちゃん、これが“運命”というやつか!?」
『いいえ、ただの労働力ニャ』
「ワシの名はアマリエ! 世界を――いや、お客様の朝を変えるポーション屋の社長じゃ! お主、名前はなんと申す!」
「えっ、あ、マサヒロです。えっと、先日ポーション無料で飲ませてもらって……その、ごちそうさまでした!」
「おお! あの時の青年か! マサヒロ……おぬし命名センス、よいな!」
「いや、親がつけた名前なんですけど」
「では、マサヒロ! 汝を“第一号バイト”として認定するっ!!」
「え、あ、はい!? あ、ありがとうございます!!」
「ついにワシにも下僕ができたのじゃ……! これで、ガンちゃん以外にもお手伝いが!
ガンちゃん、バイトっていうのは“チョコバナナ3本で働く奴隷”じゃな?」
『違うニャーーーーっ!!!』
マサヒロは、ポーションの受け渡し、行列整理、トングでのお菓子トッピング、そして“踊る魔王撮影係”などを次々と任されていった。
「すごいなぁ……魔王さん、ホントにエネルギッシュだ……」
「むふふ、もっと褒めるがよいぞ! ワシは褒められて伸びるタイプじゃ! あと甘やかされるのも好きじゃ! お菓子好きじゃぞ? 甘党じゃ!」
「は、はい、元気もらえます! 魔王さん、最高っす!」
「うふふふ、ワシ、天才じゃなっ! じゃが時々、靴を左右逆に履いておる!」
一方、ヴォルフガングはポーション在庫管理をしながら、マサヒロとアマリエの様子をじぃっと見ていた。
(この空気……ちょっとだけ、ざわざわするニャ)
しかし彼女は、そっと尻尾をたたみ、黙って仕事に戻った。
その日の午後。行列は途切れることなく続き、「アスヒラクフーズ」は売上過去最高を更新した。
「いや〜、いい汗かいたっす」
「よいぞマサヒロ! 汝には“トングマスター”の称号を与えよう!」
「名誉かどうか微妙ですけど……ありがとうございます」
『アマリエ社長、そろそろ片付けに入るニャ。次回分の仕込みもしないといけないニャ』
「おおっ、わかったぞ! でもポーションの材料って……いまだにどこから湧いてくるのか、ワシは謎なのじゃ!……とれびの泉かの?」
『あのですね……それ、わたしが全部発注してるニャ!』
笑顔とポーションの香りが漂う中――
静かに、そして確実に。アスヒラクフーズへ暗い影が忍び寄る。
彼らの次なる戦いは――“法務”の舞台へ。