第25話「魔王の朝活ポーション」
初めてポーションを手にとってもらえた日から1週間後。
朝日が昇る。
それは、魔王アマリエにとって、「人々のため」に迎える朝であった。
屋台の幌に朝露が光る。魔王が作ったポーションが、ずらりと木製カウンターに並べられていた。
「ふむ……これでよいじゃろ、ガンちゃん!
あれからちっとも売れんが……もう戻れぬ!やるしかないのう!!」
この1週間、墓地のベンチで寝泊まりしている。
このままもう売れないのだろうか……空を見上げて考える日々。
失敗だったのかと毎晩涙を堪えていたが、もう後戻りはできない。
ヴォルフガングも懸命にハーブを詰めてポーションを作ってくれている……ここで終わらせる訳にはいかないのだ。
アマリエは両手を腰に当て、屋台を見渡して笑った(空元気だが)。肩に乗った黒猫――ヴォルフガングは、ゆっくり尻尾を揺らす。
『整列はまあまあニャ。だが価格表が斜めニャ。あと“魔力0%”の注意書きが目立ってないニャ』
「うぬ、細かいのう……」
『細かいことが商売では命ニャ』
魔王の語尾はいつもの通り豪快に響くが、ヴォルフガングの声はアマリエにしか聞こえない。
それでも、並ぶ瓶たちはきちんと拭かれ、雑巾の匂いまでする。
「しかし……ここ、本当に人間たちが通るのかのう?1週間前はたまたまじゃった……?心配になってきよる」
屋台の背後――広がるのは静まり返った早朝の墓地。
「いや、まさかワシの一言から始まったとはいえ……死霊たちに売る気か、ワシらは」
『諦めてはいけないニャ。ここは“人間たちのお墓参りと散歩コース”の一部ニャ。地元住民のルートとSNS動線を冷静に分析した結果、朝5時〜8時に墓参り・散歩・犬の散歩が集中するニャ。高校の通学路も兼ねているニャ』
ヴォルフガングは、口に咥えていたペンを置き、顎をくいと上げた。
『地形を活かすのは兵法の基本ニャ』
「おぬしの発想、やはり軍略そのものじゃな……」
アマリエは苦笑しながらも、内心では信頼していた。ガンちゃんがそう言うなら、間違いはない。
すると、遠くから“カラカラカラ”と自転車の音が聞こえた。
魔王は反射的にポーション瓶を持ち直した。
「ぬうっ……客人か!?」
『構えるニャ。ファーストインプレッションは“清潔感と元気さ”ニャ』
アマリエは自分の髪を両手でぐしゃぐしゃとかき上げて整える。天然の癖っ毛爆発ヘアは、今日も元気であった。
自転車の主は、高校の制服を着た青年だった。黒髪、スラリとした体型、どこか親しみやすい雰囲気をまとっている。
「ん? ……なんだこれ、屋台?」
青年は思わず自転車を止めた。
「おお、そこの人間よ! よくぞ来た!」
「……へ?」
「朝の一杯に、元魔王が自信を持って勧める“ポーション”はいかがかの?」
「……魔王?」
「うむ。おぬし、魔王をご存じないとは!?」
青年はきょとんとしながらも、笑った。
「へぇ……面白そうっすね。てか、朝からテンション高いなぁ、お姉さん」
「お、お姉さん!? ワシは“お姉さん”ではなく、魔王アマリエ様じゃ!
あ、いや、アスヒラクフーズの……!」
「あーはいはい、魔王さん。えっと……なんか、ポーションの種類いっぱいありますね」
「うむ! これは“朝目覚めたい人向け”、こっちは“脳がシャキッとする系”、それと……これは“なんとなく効きそうな気がする味”じゃ!」
青年は笑いを堪えながら、一本を手に取った。
「これ、SNS映えしそう。買ってもいいっすか?」
「もちろんじゃ! そなたのような若者に飲まれるとは、光栄の至りじゃ!」
そのとき――ヴォルフガングがぴくりと尻尾を揺らした。
(この青年……気になるニャ)
青年は財布を取り出そうとしたが、アマリエが手を差し出した。
「いや、最初の一杯は無料じゃ! ワシの“夢”の始まりとして、そなたに贈ろうではないか!」
「え、いいんすか?」
「もちろんじゃ。これが“元魔王の夢”の味じゃ!」
青年はそのポーションを受け取り、一口飲んだ。
「……わ、うまっ」
「ふふん♪ 当然じゃ!」
「なんか元気出そうっすね。しかも、ちょっと不思議な感じ。エナドリとも違うし……うーん、“魔王ドリンク”って感じ?」
「“魔王ドリンク”……ええのう、それ!」
その瞬間、青年はスマホを取り出し、屋台の写真を撮ってアップした。
タグは “#魔王の朝活ポーション”
「今のは……!? ヤツも「くらふぁん」 しとるのかの?」
『SNSニャ。タグは“#魔王の朝活ポーション”になっていたニャ』
「にゃにぃぃぃ!?」
魔王はまだ知らなかった。
それが、全ての始まりだということを。