第18話「融資の壁、信用ゼロのスタートアップ」
――世界征服の第一歩は、まず資金調達から!
「いざゆかん、銀行へ!」
朝の光を浴びながら、アマリエ・ヴァル=グリムは拳を突き上げた。
見た目は18歳少女、しかしその実年齢は800歳の老年。
魔王として君臨していた過去も、今となってはただの“履歴に書けぬ黒歴史”である。
「ガンちゃん! 財布は持ったぞ! 残金は……えーと……476円じゃ!」
彼女の呼びかけに、傍らの黒猫――ヴォルフガングが無言で頷いた。
この黒猫はアマリエとだけテレパシーで会話ができるが、他人からすれば“ただのよく鳴く猫”。
『社長、それは財布とは言わず“空っぽの器”と呼びますニャ』
「ちっ……! 昨日のあんパンが痛手じゃったのう……でも大丈夫!
銀行というのは金を貸すところじゃからな!」
『ちがいますニャ。信用に基づいて貸すところですニャ』
「ふむ……つまり“ワシは信用ある魔王ですぞ”と名乗れば……勝ちじゃな!」
ヴォルフガングは、ため息すら吐けない猫の身体で、心の中で盛大にため息をついた。
ここは都市中央・第一国立銀行法人窓口。
お硬いスーツ姿があふれる中、ひときわボロいスーツを身にまとった少女と艶の良い黒猫が妙に目立つ。
異変を感じた警備員が、少女の目線に入らないよう背後からじっと睨みつけている。
「ごきげんよう。アスヒラクフーズ株式会社代表、アマリエ・ヴァル=グリムと申す!」
段ボール製の名刺を差し出すアマリエ。
だが行員の女性は、ぴたりと動きを止めた。
見た目は若い少女、名刺は段ボール、同伴者は猫。
「……あの、代表の方は……ご同伴されてますか?」
「ワシじゃよ、ワシ! 社長じゃから!」
「……お、恐れ入りますが、ご年齢は……?」
「800歳!」
行員の顔が凍りついた。
少女の隣の黒猫は「ニャー」としか言えない。
ヴォルフガングの会話は魔王にしか通じないのだ……
「ア、アマリエ様……ですね……少々お時間を……」
法務局の登記簿謄本を提示して、ようやく“見た目18歳の社長”という現実を受け入れてもらえた頃、融資の話題へ移る。
「それで、本日はご融資のご相談ですね?」
「うむ! ゼニを貸してくれ!」
「では、まず自己資金は?」
「無い!」
「ご職歴は?」
「魔王じゃった!あ……清掃会社の派遣……かのぅ」
「営業実態は?」
「これから作る!」
行員はフリーズした。
その横で、アマリエは意気揚々と身を乗り出す。
「ちなみに魔王としての800年の実績があるぞ!
城を7つ持っとった! 軍勢は2000万!」
「……そ、そうですか。で、担保となる不動産や保証人は?」
「ガンちゃんがおる!」
「……猫ですか?」
「猫じゃが、めちゃくちゃ優秀じゃぞ! 頭もええし、たまに目が光る!」
「……」
『社長、あまり口を開かないほうが良いですニャ』
「なんでじゃ!」
結局、第一国立銀行では“実績ゼロ・信用ゼロ・保証ゼロ”ではどうにもならなかった。