第17話「希望が、未来を創るのじゃ」
「……では、一応こちらでお預かりしますが、不備があった場合は補正命令となりますので」
「ふむ、それは“再チャレンジのチャンス”というやつじゃな!」
「……はい、まあ、そういうことです」
職員はやや困ったような顔をして、書類を受け取った。
だが、目の端には確かな驚きがあった。――記載内容は、確かに法的に成立していたのだ。
「……ところで」
別の職員が、席の奥からやってきた。年配の男性職員だ。
彼はアマリエの姿を一瞥し、尋ねた。
「お嬢ちゃん、これ、本当に自分で考えたのかい?」
「ふふん、ワシじゃぞ。“アスヒラクフーズ”の社名も、ワシのひらめきじゃ」
「ほう。どうしてその名前を?」
アマリエは、少しだけ目を伏せた。そして――段ボールの切れ端をそっと掲げた。
そこには、太い線でこう書かれていた。
『明日を 切り開け。』
「……昔、魔王だったころ。ワシは、力だけが世界を変えると思っておった。
でも今は違う。希望こそが、未来を創るんじゃ」
段ボールの筆跡は震えていた。
拾ったボールペンで、手がかじかみながらも一文字ずつ綴った文字。
涙で滲みたあともある。
「この名前には、“未来を信じる力”を込めた。
戦うためではなく、“明日を開く”ためにな……」
職員たちは、その言葉にしばし黙った。
「この書類、問題ありません。本日付で登記、受理いたします」
「……!」
アマリエは、ぐっと拳を握った。
目元に涙が浮かぶが、ぐっとこらえて笑顔を浮かべる。
「ワシはもう……魔王ではない。“社長”なんじゃ……!」
法人登記にかかる費用は、ヴォルフガングがこっそり貯めていたヘソクリを使った。
(蓄えが……尽きたニャ……)
受領書と謄本を手にしたアマリエは、法務局の玄関を出て、夕焼けの下で立ち止まった。
風がスーツの裾を揺らす。
「ガンちゃん……これが“法人”というやつかのう……」
『おめでとうございますニャ、社長』
「ニャはは! なんかちょっと照れるのう……!」
二人は静かに歩き出す。
地位も、金も、信用も、まだ何もない。
だが――たった今、生まれた「名前」があった。
それは、かつて世界を滅ぼしかけた魔王が、
もう一度、世界と向き合うための旗印だった。




