第15話「未来を縫う者」
「ところで、ガンちゃん……社長ってやつは、格好も大事なんじゃろ?」
『もちろんですニャ。“第一印象”は、信頼の最初の扉ですニャ』
「でも、ワシ……スーツなんて買う金、持っとらん……」
アマリエは肩を落とし、ボロボロのカバンの中から小銭入れを出し逆さまに振る。
じゃら、という音とともに出てきたのは、37円とガチャのカプセル。
『37円で買えるスーツは、たぶん無いですニャ……』
「うぅ……それじゃ、魔王の威厳もクシャクシャじゃ……」
そのとき、ヴォルフガングが何かを思い出したように目を光らせた。
『そういえば、近所の廃品置き場に……ボロボロのリクルートスーツがありましたニャ』
「なんと!? それは、すなわち、運命のスーツではないかのう!」
数時間後。
アマリエの部屋には、針と糸と、誰かが捨てたくたびれたレディス用スーツが転がっていた。
手縫いで破れをふさぎ、ポケットのほつれを直し、ボタンの代わりに貝殻を縫いつける。
ヴォルフガングの肉球では裁縫はできず、アマリエがひたすら手作業で黙々と針を動かした。
「ワシ……こんなに真面目に針を持ったの、はじめてかもしれんのう……」
『その姿、すっかり“社長”ですニャ』
アマリエは真剣な表情のまま縫いながら、にやりと笑った。
「よいかガンちゃん。“社長”とはな、“未来を縫う者”なんじゃ」
『なんかそれっぽいこと言ってるけど、ちょっとだけカッコいいですニャ』
翌朝。
アマリエは、直したスーツに袖を通し、スカートのほつれをギリギリまでごまかし、
貝殻のボタンを撫でた。
「ガンちゃん、いざゆかんぞ! これがワシの……いや、“アスヒラクフーズ株式会社”の第一歩じゃ!」
『登記所へ、出発ですニャ!』
彼女たちは、小さなアパートの扉を開けて、一歩踏み出した。
拾ったボロい革靴は少し軋み、直したスーツはところどころほつれていた。
だが、その姿には――何よりも眩しい“覚悟”があった。
この瞬間、魔王アマリエは、過去の「王」ではなく、未来の「社長」として、確かに歩き出した。