第14話「明日を切り開け!アスヒラクフーズ」
ヴォルフガングが新しいペンを取りに行ったとき、アマリエは静かにベランダの窓を開けた。
薄曇りの空を見上げ、風にそよぐ電線をじっと見つめる。
その表情は、ふだんの“おバカちゃんな魔王”の顔ではなかった。
「……のう、ガンちゃん」
『なんですかニャ?』
「ワシ……昔のこと、よう思い出すんじゃ」
『……』
「戦ばかりしておったあの頃。勝っても負けても、誰かが泣いておった。ワシも、お主も、部下たちも……そして人間たちも」
彼女は少し俯いた。口元は笑っていたが、その目はどこか遠くを見ていた。
「今のワシには、魔力も軍勢も、あの頃の栄光もない。でもな……」
『でも?』
「最近な……朝起きるたびに、スターシスの顔が思い浮かぶんじゃ。
そう。魔族なのに、笑顔で一所懸命働いとった。ワシの知らん“強さ”を持っとった。
ワシ、あんな風になりたいんじゃ」
彼女は拳をぎゅっと握りしめた。
「なれるかどうかは、わからん。けど、ワシは……そうなりたいと、思ってもうたんじゃ」
ちょうどそのとき、一陣の風が窓から入り、壁に貼られていたポスターを吹き飛ばした。
ポスターが空中を舞い、アマリエの目の前でふわりと落ちてくる。
ポスターには大きな文字があった。
明日を切り開け!
――希望ある未来へ
それは、就職支援センターの宣伝ポスターだった。
しかしその瞬間――アマリエの表情が変わった。
「……明日を……切り開け……?」
彼女は、震えるような声で呟いた。
「ガンちゃん。“アスヒラク”って、どうじゃ?」
『アス……ヒラク……?』
「そうじゃ。“明日を開く”んじゃ。ワシも、魔族たちも……過去の敗北に縛られるんじゃなく、“明日”へ進むんじゃ!」
アマリエの目には、涙が浮かんでいた。
「この名には、“希望”を込めるんじゃ……ワシの、そして魔族たちの、いや……魔族と人類、これからの未来を!」
ヴォルフガングは、しばらく無言だった。
だがすぐに、口にペンをくわえ、段ボールの中央にこう書いた。
『アスヒラクフーズ株式会社』
その字は、震えていた。だが、たしかに、真っ直ぐだった。




