第12話「現実と向き合う魔法陣」
「ワシは……もう魔王じゃない。社長じゃ!」
それは、世界を震わせるような宣言ではなかった。
でも、アマリエにとっては人生で初めて、自分自身の“これから”を語る言葉だった。
「聞いたか、ガンちゃん……このワシが社長じゃぞ、社長!」
『そう名乗ったからには、まずは現実的な準備が必要ですニャ』
ヴォルフガングはちゃぶ台の上のスケッチブックに右手を置いた。
『早速ここに“事業計画書”をまとめていきますニャ。これがないと、人類社会では信用も資金も得られませんニャ』
「むむ……また何やら難しげな響きじゃな……」
『ですが、魔王軍の戦略会議と似たようなものですニャ。目的を定め、戦力を数値で把握し、勝利条件を言語化する』
「なんと!? それはワシが一番得意なやつじゃ!」
『……そういうことにしておくのですニャ』
アマリエは早速ペンを握る。
「よし、書くぞ。“我が社の最終目標は、全世界ポーション販売店舗制覇!”」
『まず“最終目標”じゃなくて、“事業の目的”なのですニャ』
「む、では……“世界を癒やすための、心あたたまるジュース屋さんを広げる”!」
『だいぶ良くなりましたニャ』
「ちなみに社名は、“魔王のしずく帝国”とかどうかのう」
『やめてくださいニャ』
「“癒やしの波動企業・株式会社ほわんほわん”」
『それはそれで怪しいのですニャ』
ヴォルフガングは小さくため息をつきつつも、楽しそうに指導を続けた。
『“事業内容”としては、“ポーションジュースの販売”が主軸ですニャ。ただ、売るだけでは競合に勝てませんニャ』
「むむむ……では、売る時に“魔族の癒やし、ガチ語り”を添えるとか!?」
『勝手に朗読サービス始めないでくださいニャ』
「では、店の内装を紫の炎がメラメラ燃えて――」
『火災報知器が作動しますニャ』
「じゃがな、ガンちゃん。こうして書いていると……なんか、夢が形になっていくようで、楽しいのう」
アマリエは小さく笑った。
「ワシ、ずっと“魔王”という過去に囚われておった。だがこうして、“社長”という未来を言葉にすると、少し……自分が前に進んでる気がするんじゃ」
『その気持ち、経営者にはとても大切なものですニャ』
「むふふ……ワシ、もしかして素質ある?」
『天然おバカ社長として伝説級になる予感ですニャ』
数時間後。
アマリエ(1%)とヴォルフガング(99%)の手により、“事業計画書”の骨子が完成した。
事業目的、商品の特徴、ターゲット層、展開戦略、初期コスト試算……。
その一つひとつが、アマリエにとっては初めての“現実と向き合う魔法陣”だった。
「うむ、うむ……これはすごいぞ。まるで、頭の中で考えていた戦略が、現実に召喚されるようじゃ!」
『事業計画書とは、いわば“紙の召喚陣”ですニャ。夢を形に変えるための、最初の魔法ですニャ』
「ワシの夢が……紙に宿っておる……!」
アマリエは書類を抱きしめた。
「だが、ワシはこれでもう逃げられぬ。書いた以上、実行せねばならぬ。これはすなわち、ワシ自身との契約……!」
『そこまで重く考えなくていいのですニャ』
「ワシ、立ち上がるぞ。この身がボロボロでも、貯金が数百円でも、魔力がゼロでも!」
ちゃぶ台に拳を叩きつける。
「ワシは! 社長じゃあああああああ!!」
その叫びに、天井の電球がびくりと揺れた。
下の階の住人が天井を棒でコンコン叩く音がしたが、アマリエは気づかない。
「さあ、次は出店先を探すんじゃな!? 戦場を見ねば、作戦は立たぬ!!」
『正確には“市場調査”というやつですニャ。視察に行く準備が必要ですニャ』
「よーし、カリスマ社長の冒険じゃ! 行くぞガンちゃん、我らの“店ゼロ号作戦”開始じゃー!!」
『まあ、でもその前にせめて店の名前を決めてからにして欲しいのですニャ……』
こうして、魔王アマリエは。
いや、社長アマリエは。
ようやく、自分の夢に、現実の一歩を踏み出したのだった。




