第10話「立ち上がれ…ビジネスで人類に挑め!」
「よいか、ガンちゃん! ワシは決めたぞ!」
朝焼けの差し込む小さなボロアパートの一室――
畳の上に両膝をつき、胸を張って堂々と宣言したのは、元魔王アマリエである。
見た目18歳少女、実年齢800歳の老年魔族。
もともとの癖っ毛に寝癖と頭は凄まじいが、瞳は誰よりも真剣だ。
「魔族の誇りはな、もう“魔力”にあるんじゃない。“経営”にあるんじゃッッ!!」
机の上で拾った新聞をめくっていたヴォルフガングが、しっぽを揺らしながらちらりと視線を向けた。
『よく分かってない段階で、世界観をひっくり返すのはやめた方がいいのですニャ』
「だがのう、ワシ、気づいてしまったのじゃ。スターシスの“癒やしのしずく亭”を見て、はっきり分かった!」
アマリエは両手をぶんぶん振り回しながら、語気を強めた。
「信頼を積み重ね、継続の仕組みを広げ、仲間と共に旗を掲げる――これはまさに魔王軍じゃ!! 経営こそ、新たなる魔族の戦いじゃ!!」
『……それっぽいことを言ってるようで、わりと勢いだけですニャ』
「しかもな、ガンちゃん……聞いてくれ」
アマリエはヴォルフガングの前にドンと腰を下ろし、真面目な表情で言った。
「ワシ、昔はただ強ければよかった。だが今は違う。誰にも迷惑をかけず、誰も傷つけず、それでも世界を変える方法がある」
『……』
「それが――“経営”じゃ。ワシ、もう一度“世界を征服”する。今度は、店と、商品と、仕組みで、正々堂々と!」
その言葉に、ヴォルフガングの耳がピクリと揺れた。
『本気なのですニャ?』
「うむ。ワシ、本気じゃ」
ふわっと口元が緩む。
『了解ですニャ。それならば――我々、事業計画を練りましょう』
さっそく広げられる、安物のスケッチブック。
アマリエが得意げに「魔王軍作戦図!」と書いたが、ヴォルフガングがすぐに二重線を引いて「ビジネス構想案」に書き換えた。
『さて。まずは“何を売るか”ですニャ。アマリエ陛下は、何かイメージがあるのですニャ?』
「うむ。ポーションじゃ!」
『……あの、癒しのしずく亭のまんまですニャ』
「いや、それじゃがのう、ただのポーションではつまらぬ。もっとこう……派手な感じに」
『派手……?』
「名前とかも、こう、“毒蜘蛛級ポーション”とか!」
『食品で毒蜘蛛とか言い出すのやめてほしいのですニャ……』
アマリエはふむ、と腕を組んだ。
「じゃが、ワシたちは“魔族らしさ”を出さねば意味がない。人類に負けて、全部を封じられて、それでも立ち上がった我ら魔族! そこに、誇りがある!」
『その通りですニャ』
「だから、魔族らしく! 黒くて! 紫で! なんかドロドロしてて! 発光してるポーションとか!」
『衛生管理という概念はどこに行ったのですニャ』
「じゃが、そうか。見た目じゃなくて……“理念”じゃな」
アマリエは壊れかけのちゃぶ台の上に肘を置き、じっと考えた。
「ワシら魔族は、これまで“恐怖”で支配してきた。だがこれからは“安心”を提供するんじゃ」
『……それ、ちょっと感動したのですニャ』
「つまり、商品は“癒やし”じゃ。世界でいちばん、ホッとできるポーション……。そんな店を、広げたいんじゃ」
『……アマリエ陛下、すごく成長してませんかニャ?』
「フヒヒッ、ワシ、天才じゃからのう!」
『すぐ調子に乗るところは成長してないのですニャ……』
ヴォルフガングが呆れた顔で欠伸をした。




