セリアへの料理本贈呈
次に俺はセリアさんに向き直った。
「セリアさんにも、特別な本があります」
『Receitas Tradicionais』を手渡す。表紙には色とりどりの料理の絵が描かれている。
「料理の本…」
セリアさんがページをめくると、彼女の目が輝いた。
「こんなにたくさんの料理法が…」
肉料理、野菜料理、魚料理、パン、お菓子。様々なレシピが美しい挿絵と共に紹介されている。
「この『砂糖』という甘味料…」セリアさんが首をかしげる。「聞いたことがありません」
「それは…俺の世界でよく使われる調味料です。甘い味をつけるのに使います」
「『醤油』『胡椒』『シナモン』…どれも知らない調味料ばかり」
「材料で困ったものがあれば、日本…俺の世界から持ってきます。作ってみたい料理があれば、なんでも言ってください」
セリアさんが俺を見つめた。
「本当に?こんなに親切にしていただいて、私たちには何もお返しできません」
「いえ、俺の方こそ、いつもお世話になりっぱなしで」
「この本があれば…」セリアさんがまたページをめくる。「家族にもっと美味しい料理を作ってあげられるかもしれません」
「リナちゃんも、新しい料理を楽しみにしてくれるでしょうね」
セリアさんが微笑んだ。俺はその笑顔を見ているだけで胸が温かくなった。
リナへの児童書贈呈
最後にリナちゃんの前に座った。
「リナちゃん、君にも特別な本があるよ」
四冊の児童書を取り出すと、リナちゃんは小さな悲鳴を上げた。
「わあ!こんなにたくさんの本!お父さん、お母さん、見て見て!」
『Contos para Crianças』『Aventuras do Cavaleiro』『História Natural』、そして詩集。どれも美しい挿絵がたくさん入っている。
リナちゃんが一冊を開いて読み始める。
「『王女と魔法の森』…昔々、美しい王女が住むお城がありました…」
スラスラと読んでいく彼女を見て、ロウガンさんとセリアさんが驚いた表情を浮かべている。
「ご存知なかったんですか?」俺が聞くと、ロウガンさんが少し照れたような、申し訳なさそうな表情を見せた。
「もちろん文字の読み書きは教えておりました」
ロウガンさんが丁寧に答える。
「ですが恥ずかしながら、本を買い与えてやることができませんでした。紙に文字を書いて練習させる程度で……これほどまでに流暢に読めるとは、正直驚いています」
セリアさんも優しい笑顔で頷く。
「この子は覚えが早くて、教えたことはすぐに身につけるのですが、実際に物語を読む機会がなかったものですから」
「お父さん、この本、本当にもらっていいの?」リナちゃんが顔を上げて、まだ信じられないといった様子で尋ねる。
「もちろんだよ」俺は微笑んで答えた。「君のための本だからね」
ロウガンさんが深く頭を下げる。
「ケイトさん、こんな貴重な物を……本当にありがとうございます。この子にとって、何物にも代えがたい宝物になります」
リナちゃんは本を大切そうに胸に抱きしめて、「ありがとう、ケイト兄さん!」と声を弾ませた。
「この物語、とっても面白そう!」リナちゃんの目がキラキラしている。「お父さん、魔法って本当にあるの?」
「さあ…どうでしょうね」ロウガンさんが苦笑する。
「お兄さんは魔法使いなの?」リナちゃんが勢いよく俺を見た。「だって、お兄さんはいつも不思議なものを持ってくるし、急にいなくなったりするし」
「魔法使いじゃないよ」俺は笑った。「ただの普通の人間だ」
「でも不思議…」
リナちゃんはまた本に夢中になった。騎士の冒険小説を開いて、挿絵を指でなぞっている。
「この騎士さま、格好いいね。お兄さんも騎士さまみたい」
「俺は騎士じゃないよ」
「でも、困ってる人を助けてくれるでしょ?それって騎士さまと同じだもん」
俺の胸が熱くなった。
知識共有の時間
夕食後、家族全員でそれぞれの本を読む時間になった。
ロウガンさんは医学書を真剣に読んでいる。時々「ほほう」「なるほど」とつぶやきながら。
セリアさんは料理本のページをめくり、指で材料を追っている。
リナちゃんは物語に夢中で、時々声に出して読んでいる。
「お兄さん」リナちゃんが顔を上げた。「この本に出てくる『城』って、お兄さんの世界にもあるの?」
「ああ、似たようなものはあるよ。でも今はもう、お城に王様が住んでいるわけじゃないんだ」
「どうして?」
「時代が変わったからかな。俺の世界では、王様がいない国の方が多いんだ」
ロウガンさんが本から顔を上げた。
「ケイトさんの世界は、どんな風になっているのでしょう?」
「そうですね…」俺は考えた。どこまで話していいものか。「病気で死ぬ人は昔に比べてとても少なくなりました。お腹がすいて困る人も、この国より少ないと思います」
「素晴らしい世界なのですね」セリアさんが感嘆した。
「でも、俺のような人間もいます。仕事がなくて困ったり、一人ぼっちで寂しかったり」
「お兄さん、一人ぼっちなの?」リナちゃんが心配そうな顔をした。
「ああ…家族はいないんだ」
「じゃあ、わたしたちが家族になる!」リナちゃんが元気よく言った。「お父さん、お母さん、いいでしょ?」
ロウガンさんとセリアさんが顔を見合わせて笑った。
「リナの言う通りです」ロウガンさんが言った。「ケイトさんは、もうこの家の家族も同然です」
俺の目頭が熱くなった。
「ありがとうございます…」
医学知識の実践
翌日、ロウガンさんの診療を手伝うことになった。
「ケイトさん、この本の知識、早速実践してみたいのです」
「でも、急に新しいやり方を始めるのは危険じゃないですか?」
「もちろん、慎重に行います。まずは基本的な衛生管理から」
最初の患者は、腕に切り傷を負った男性だった。
「マルコさん、いつものように傷薬を塗りますが、今日は少し手順が違います」
ロウガンさんは、まず手を石鹸でよく洗った。それから俺が前回持ってきたアルコール系ウェットティッシュで手を拭く。
「先生、今日は妙に丁寧ですね」患者のマルコが笑った。
「手を清潔にすることで、傷の治りが良くなるんです」
傷口もアルコールで清拭してから薬を塗る。最後に清潔な布で包帯を巻いた。
「いつもより気持ちいいですね」マルコが感心している。
次の患者は熱を出している子供だった。
「体の熱を正確に測ってみましょう」
俺がデジタル体温計を取り出す。
「これは…」ロウガンさんが驚く。
「37.8度…やはり熱がありますね」
「37.8?それは高いのですか?」母親が心配そうに聞く。
「健康な人は36度台です。お子さんは確かに熱を出していますが、命に関わるほどではありません」
正確な体温がわかることで、診断の精度が格段に上がった。
「この道具は素晴らしい…」ロウガンさんがつぶやく。
午前中だけで五人の患者を診た。全員、いつもより丁寧な手当てに満足して帰っていった。
「ケイトさんの知識のおかげで、患者さんたちにより良い治療を提供できます」
「俺も嬉しいです」
「この調子で少しずつ新しい知識を取り入れていけば、町の医療水準も向上するでしょう」
ロウガンさんの目が希望に輝いていた。