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「再会と発見」

準備万端の再転移



青白い光が視界を包み込み、次の瞬間、俺は異世界の草原に立っていた。今度は倒れることなく、しっかりと両足で地面を踏みしめている。


「よし……今度は準備万端だ」


新鮮な空気を深く吸い込む。地球の排気ガスが混じった空気とは明らかに違う、清らかな空気だった。空は透明感のある青さで、遠くに見える雲も純白だ。


ナップサックを背負い直し、医療用品の重さを確認する。絆創膏、包帯、アルコール系ウェットティッシュ、小型LEDライト、簡易体温計。約1万円分の「恩返し」が詰まっている。


前回は朦朧とした意識で薬師一家の家まで運ばれたため、正確な道筋を覚えていない。記憶を頼りに町の方向へ歩き始めたが、実際に歩いてみると、思った以上に複雑な道のりだった。


「あれ?この分かれ道、どっちだったかな」


草原から森へ、森から農地へと風景が変わる中で、何度も迷いそうになった。畑で働く農夫たちが俺の現代的な服装を珍しそうに見つめているのが分かる。


それでも2時間ほど歩き続けると、遠くに見覚えのある町の建物が見えてきた。


「バルトハイム……」


石造りの建物が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の町並み。煙突から立ち上る白い煙、石畳の道路、馬車が通る音。まさに異世界の町だった。


町の入り口で、農作業の帰りらしい男性に声をかけた。


「すみません、薬師のロウガンさんという方をご存知ですか?」


40代くらいの農夫風の男性は、俺の服装を上から下まで眺めてから答えた。


「ロウガン?ああ、下層区の薬師か。良い人だぞ、あの人は。この間も、うちの息子が怪我した時に……」


男性が途中で口を止め、俺のナップサックを見つめる。


「その光る石は何だ?」


男性がじっと見つめているのは、ナップサックから少し顔を出しているLEDライトだった。スイッチに触れたのか、微かに光っている。


「え、あ、はい……」


「まさか永続明かりの石か?そんな貴重な物を持っているとは……お前さん、何者だ?」


予想以上の反応に戸惑った。まさかこっちも似たようなもんがあるのか?


「その……遠いところから来た者です。ロウガンさんの場所を教えていただけませんか?」


男性が指さす方向を見ると、町の奥の方、石造りの立派な建物群とは対照的に、木造の簡素な家々が立ち並ぶ地区が見えた。


「真っ直ぐ行って、石の橋を渡って左に曲がったところだ。でも本当に、そんな貴重な品を持ち歩いて大丈夫か?盗賊もいるからな」


「気をつけます。ありがとうございました」


慌てて礼を言い、教えられた方向へ急いだ。





感動の再会



石の橋を渡り、左に曲がると、確かに見覚えのある家々が並んでいる。石造りの立派な建物とは違い、木造で質素だが、清潔で温かみのある住宅街だった。


そして、ついに見覚えのある家を発見した。小さな庭に薬草が植えられ、軒先に薬草を干すための木枠が設置されている家。


庭先で、セリアさんが洗濯物を干していた。


後ろ姿だったが、栗色の髪を後ろで結んだ小柄な女性。間違いない。緊張で胸が高鳴りながら、声をかけた。


「あの……以前、お世話になった者です」


セリアさんがゆっくりと振り返る。しばらく俺の顔を見つめていたが、やがて目を見開いた。


「え?まさか……あの時の……」


その時、家の中から元気な声が響いた。


「お母さん、誰?」


扉が勢いよく開いて、リナが顔を出した。俺を見るなり、目を輝かせて駆け寄ってくる。


「あ!ケイト兄さん!」


抱きつこうとするリナを、セリアさんが優しく制止した。


「リナ、お行儀よく……でも、本当にあの時の方ですね」


セリアさんの表情に、驚きと喜びが混じっていた。


「本当に心配していたんです。あの夜、いきなり姿が消えて……神隠しにでも遭われたのかと」


そこへ、仕事から戻ってきたロウガンさんが現れた。薬草の入った袋を背負い、作業着に薬草の染みをつけた姿は、記憶の通りだった。


俺を見るなり、驚きと喜びの表情を浮かべる。


「本当に……本当に心配していたのです。あの夜に姿が消えて……まさか天使様がお迎えに来られたのかと」


「すみません、急に姿を消してしまって。事情がありまして……」


ロウガンさんが首を振る。


「いえいえ、無事でいてくださったことが何よりです。また体調を崩されたのではありませんか?顔色はどうでしょう……」


さすが薬師、俺の健康状態を即座にチェックしようとする。


「大丈夫です。今日は、そのお礼を持参したんです」


ロウガンさんが慌てたように手を振った。


「お礼など……人として当然のことをしただけです」


「でも、俺にとっては命の恩人です。中へ入らせていただけませんか?」


「もちろんです。さあ、どうぞ」





奇跡の医療用品



家の中に案内されると、記憶通りの温かい居間だった。簡素だが清潔で、薬草の良い香りが漂っている。薬草を束ねて吊るしてある光景が、なんとも懐かしい。


「それで、お礼と申しますと……」


ナップサックから医療用品を取り出しながら答えた。


「俺の故郷の治療具です。きっと薬師のお仕事に役立つと思います」


まず手に取ったのは絆創膏のパッケージだった。


「これは何でしょうか?」リナが興味深そうに尋ねる。


実は、リナの左手の人差し指に小さな切り傷があることに気づいていた。料理の手伝いでもしたのだろう。


「リナちゃん、その指、痛くない?」


「ちょっとピリピリするけど大丈夫」


リナが怪我を隠そうとする。きっと心配をかけまいとしているのだろう。


「ちょっと見せてもらえる?」


「私で良ければ、お手伝いしますよ」ロウガンさんがリナの手を取り、傷を確認する。「浅い切り傷ですね。薬草を煎じて……」


「待ってください。これを試してみませんか?」


絆創膏を取り出し、説明しながら丁寧に傷口に貼った。現代の絆創膏は粘着性が高く、傷口にぴったりと密着する。


「わあ……痛みが、消えた!」


リナが目を輝かせる。セリアさんも驚いたような表情で見つめている。


「これは……傷口がぴったりと閉じて……」


ロウガンさんが絆創膏を詳しく観察している。


「素晴らしい……これは革新的な治療具ですね。この薄い布のような材質、そして粘着の力……どのような技術で作られているのでしょう」


「俺の故郷では、傷を清潔に保ち、治りを早くするための基本的な道具です」


「基本的な……」ロウガンさんが呟く。「こんな素晴らしい物が基本的だなんて……あなたの故郷は、どれほど進んだ土地なのでしょう」







薬師一家の家・居間


驚きが一段落した後、ロウガンが真剣な表情でケイトを見つめる。


ロウガン:「ケイトさん…一つお聞きしたいことがあります」


ケイト:「はい、何でしょう?」


ロウガン:「あの夜、あなたが現れた時の青い光は何だったのでしょうか?そして、あなたは一体どこから…」


ケイトは一瞬躊躇したが、この家族には正直でいたいと決意する。


ケイト:「……実は、俺は別の世界から来ました。この時計を使って」


懐中時計を取り出し、その機能について説明する。


ケイト:「異世界なのか、遠い過去か未来なのか、正直よくわからないんです。でも、確実に俺が知ってる世界とは違う場所です」


最初は信じられないという表情のロウガン一家。


ロウガン:「別の世界…ですか。にわかには信じがたい話ですが…」


ケイト:「当然だと思います。でも、これがその証拠です」


さらにいくつかの地球の品物を取り出す:スマートフォン、現代の硬貨、プラスチック製のボールペンなど。


リナ:「わあ…これ、何?光る板?」(スマートフォンを指差して)


ケイト:「俺の世界では、これで遠くの人と話したり、知識を調べたりするんです」


ロウガンがボールペンを手に取り、紙に線を引いてみる。滑らかで均一な線に目を見開く。


ロウガン:「これは…羽根ペンでも炭でもない。こんなに滑らかに…」


硬貨を見ながら:「この文字も、この国のものではありませんね。デザインも技術も…」


しばらく沈黙した後、ロウガンが深くため息をつく。


ロウガン:「……信じます。あなたの持ってきたものは、そうでなければ説明のつかないものばかりです」


リナ:「お兄さんは本当に違う世界の人なの?すごーい!じゃあ、お兄さんの世界ってどんなところ?」


セリア:「リナ、そんなにたくさん質問しては…」


ケイト:「いえ、大丈夫です。俺の世界は…」


簡単に現代社会について説明する。電気、自動車、高層ビル、病院など。


リナ:「空を飛ぶ乗り物があるの?!病気がすぐ治るの?!」


ロウガン:「それで、この治療具の数々も納得がいきます。あなたの世界は、我々より遥かに医学が進んでいるのですね」


ケイト:「はい。だから、少しでも恩返しができればと思って」


次に、デジタル体温計を取り出した。


「これは、人の体の熱を正確に測る道具です」


「体温を……測る?」ロウガンさんが首をかしげる。「手で触れて熱があるかどうかは分かりますが、正確に測るとは……」


「ロウガンさん、ちょっと協力していただけますか?」


体温計をロウガンさんの脇の下に挟んでもらう。数十秒後、電子音が鳴って「36.5℃」の表示が出た。


「36.5……これは何を意味するのでしょう?」


「健康な人の基準です。これより高いと熱があるということになります。37度5分を超えると、明らかに病気だと判断できます」


家族全員の体温を測った。セリアさんは36.2℃、リナは36.8℃。全員が正常範囲内だった。


「これは素晴らしい……」ロウガンさんの目が輝いている。「患者さんの診察が格段に正確になります。これまでは手の感覚に頼っていましたが、これがあれば……」


薬師としての職業的興味が強く刺激されているようだった。


続いてLEDライトを取り出した。スイッチを入れると、部屋が明るく照らされる。


「永続明かりの石……」セリアさんが息を呑む。


「これはそんなに珍しいものなんですか?」


「この世界には、魔法で光る石が稀に見つかることがあります」ロウガンさんが説明する。「でも、貴族しか手に入れることができませんし、こんなに明るく、安定して光るものは見たことがありません」


「一つ金貨2枚はしますからね」セリアさんが付け加える。


金貨2枚ということは、地球円換算で4万円。確かに高価だ。


「皆さんに一つずつ差し上げたいのですが……」


「え、こんなに貴重なものを……」


3個持参したLEDライトを、家族それぞれに渡した。リナは自分専用の光る石に大興奮だった。


「わたしの光る石!夜でも本が読める!」


「皆さんに助けていただいた恩は、これくらいでは返しきれません」


アルコール系ウェットティッシュも紹介した。実際に使ってもらうと、その清浄効果に全員が驚嘆した。


「清めの布……手がこんなにさっぱりと」


「薬を作るときに使えば、より清潔に作業できそうです」ロウガンさんが興奮気味に言う。「不純物が混入する危険が減りますね」


包帯も現代の物は品質が違った。伸縮性があり、肌触りも良い。


「完璧な巻き布ですね。怪我の治療に重宝します。この伸び縮みする性質は……」


ロウガンさんが包帯を伸ばしたり縮めたりして、その特性を確認している。


「これらの品々……もしかして、あなたの故郷は医術が非常に発達した土地なのですか?」


「まあ、そうですね。でも俺は医者じゃありません。これらは誰でも使える一般的な道具です」


「一般的な……」


すべての贈り物を渡し終えた時、家族全員が感動の表情を浮かべていた。


「本当に……こんなに素晴らしい品々を」セリアさんが目に涙を浮かべている。


リナが俺の前に立って、丁寧にお辞儀をした。


「前回のお守りのお礼、ちゃんと言えなかったの。本当にありがとう、ケイト兄さん」


「こちらこそ……本当に、ありがとう。君たちのおかげで俺は変われたんだ」


今度はしっかりと感謝の気持ちを伝えることができた。前回は朦朧とした意識だったが、今回は心から言葉を交わすことができる。




5日間の交流



1日目の夜


「夕食をご一緒していただけませんか?今夜は特別に、心を込めて作らせていただきます」


セリアさんの申し出を快く受けた。


夕食は前回よりもずっと豪华だった。野菜スープに肉が入り、黒パンも温かく、チーズらしき乳製品もある。


「前回よりも随分と豪華ですね」


「実は、あなたが来てから商売が順調なんです」ロウガンさんが説明する。「あの時、あなたが熱を出している時に、看病の方法を色々と考えたんです。それが他の患者さんにも役立って」


「本当ですか?」


「患者さんの体を冷やす方法、水分補給の大切さ……あなたを助けることで学んだことが、薬師としての技術向上につながりました」


俺が助けられただけでなく、薬師一家にとっても良い経験になっていたのだ。


夜が更けると、リナが俺に近づいてきた。


「ケイト兄さん、今度は何日いてくれるの?」


「5日間だよ」


「やった!今度はいっぱい遊べるね!」


翌朝、俺は薬師一家の日常生活に参加することになった。




2日目:薬師の仕事を学ぶ


朝早く、ロウガンさんと一緒に薬草摘みに出かけた。町の外れの森で、様々な薬草を採取する。


「この葉っぱは熱を下げる効果があります。茎の部分は胃の不調に効きますね」


ロウガンさんが一つ一つ丁寧に説明してくれる。地球の植物と似ているものもあれば、全く見たことのないものもある。


「すごい知識ですね」


「代々受け継がれてきた知識です。私の父も、その父も薬師でした」


午後は、持参した医療用品を使って実際の患者さんを診察した。足を怪我した子供に絆創膏を貼ると、その効果に母親が感激した。


「こんなに素晴らしい治療を……お代は……」


「いえいえ、今日は私たちからの贈り物です」ロウガンさんが微笑む。


体温計も大活躍だった。熱があるかどうか曖昧だった患者の症状が、数値で明確になる。


「38.2度……これは確実に熱ですね」


「数字で分かるなんて、まるで魔法のようです」




3日目:リナとの時間


リナが俺を町の案内に連れ出してくれた。


「ケイト兄さん、こっちは市場だよ。いろんなものが売ってるの」


市場は活気に満ちていた。野菜、果物、肉、魚、布、道具……様々な商品が並んでいる。


「これは何?」俺が珍しい果物を指差すと、リナが得意げに説明してくれる。


「それはシルベリー。すっぱいけど甘くて美味しいの。お父さんがたまに買ってくれるの」


商人がリナを見て微笑む。


「おや、リナちゃん。今日はお客さんと一緒かい?」


「うん!ケイト兄さんっていうの。とっても優しいんだよ」


リナが俺を紹介してくれる。商人たちも俺の現代的な服装に興味を示すが、リナが一緒だと警戒心が薄れるようだった。




5日目:深まる絆と別れ


最後の日、家族全員で特別な夕食を囲んだ。セリアさんが腕によりをかけた料理で、これまでで最も豪華だった。


「この5日間、本当に楽しかったです」俺が心から言うと、皆が笑顔で頷いた。


「私たちこそ、多くのことを学ばせていただきました」ロウガンさんが答える。「あなたが持参してくださった医療具のおかげで、多くの患者さんを助けることができました」


「そして、リナの文字の勉強も進みました」セリアさんが付け加える。


「ケイト兄さんが教えてくれたから、難しい字も書けるようになったの」リナが嬉しそうに言う。


食事を終えた後、リナが大切そうに何かを取り出した。


「ケイト兄さん、これ」


丁寧に折りたたまれた紙を受け取る。手紙のようだった。


「リナちゃん、文字が書けるんだね」


「お父さんとお母さんが教えてくれたの。でも、まだ難しい字は書けないの」


「ありがとう、大切に読ませてもらうよ」


手紙をポケットにしまい、転移の時間が近づいていることを告げた。


家族全員が見送ってくれた。青白い光が俺を包み、再び地球へと戻った。



アパートに戻り、時計を外してからリナの手紙を開いた。


「え……これ、アルファベット?」


文字がラテン文字の古い形に似ている。よく見ると、語順や単語が現代語に似ているものがある。


「これは……ポルトガル語じゃないか?」


大学で第二外国語として学んだポルトガル語の知識を総動員して分析した。基本構造は確かにポルトガル語と同じだった。文字体系はラテン文字の古い形で、中世ポルトガル語に近い。


手紙の内容は温かい感謝の言葉と再会への期待が綴られていた。リナの素直な気持ちが伝わってくる美しい文章だった。


「まさか、俺のように、異世界に迷い込んだポルトガル語圏の人たちが国を作ったのだろうか?」


新たな謎が生まれたが、同時に薬師一家への愛情がより深まったことを実感した。言語が分かることで、今後のコミュニケーションがより深いものになるだろう。


次回の転移では、もっと具体的な支援ができそうだった。ポルトガル語の知識を活かし、より深い交流を築いていこう。


異世界での新たな冒険への期待と、薬師一家への感謝の気持ちを胸に、俺は次の転移の準備を始めた。


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